ドイツ南西部のネアンデルタール人化石のmtDNA

 これは7月6日分の記事として掲載しておきます。ドイツ南西部の人類の大腿骨化石のミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析に関する研究(Posth et al., 2017)が公表されました。この研究が解析したのは、ドイツ南西部のホーレンシュタイン-シュターデル(Hohlenstein–Stadel)洞窟(以下HST洞窟と省略)で発見された人類の大腿骨化石のmtDNAで、現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)と比較しました。

 HST洞窟の人類化石の保存状態はさほど良好ではなかったので、現時点では核DNAの信頼性の高い解析には成功していないそうです。HST洞窟の人類の年代は、汚染により判断の難しいところがあるようですが、放射性炭素年代測定の限界値(5万年前頃)を超えている可能性が高いそうです。シカの骨の分析から、HST洞窟人の頃のヨーロッパ北西部の環境は、後期ネアンデルタール人の頃と比較すると、森林が多く閉鎖的だったと推測されています。

 HST洞窟人のmtDNA解析および現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人との比較において問題となるのは、mtDNAと核DNAで異なる系統樹が推定されていることです。mtDNAに基づく人類進化系統樹では、まずデニソワ人の祖先系統とネアンデルタール人および現生人類の共通祖先系統とが分岐し、その後にネアンデルタール人の祖先系統と現生人類の祖先系統とが分岐したことになります(関連記事)。ところが、核DNAに基づく人類進化系統樹では、まずデニソワ人およびネアンデルタール人の共通祖先系統と現生人類の祖先系統とが分岐し、その後にデニソワ人の祖先系統とネアンデルタール人の祖先系統とが分岐したことになります(関連記事)。これまで、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と現生人類の祖先系統との推定分岐年代は、ゲノム規模の解析では765000~550000年前頃(関連記事)、Y染色体の解析では806000~447000年前頃(関連記事)と推定されており、ネアンデルタール人の祖先系統と現生人類の祖先系統の分岐年代は、mtDNAでは498000~295000年前頃と推定されていました。

 さまざまな部位の豊富な人骨が一括して発見されている中期更新世の遺跡として有名な、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された、ネアンデルタール人との類似性が指摘されている人骨群に関しては、mtDNA解析では現生人類およびネアンデルタール人よりもデニソワ人の方と近縁で、核DNA解析ではデニソワ人よりもネアンデルタール人の方と近縁だ、と推測されています(関連記事)。このため、元々ネアンデルタール人のmtDNAは「デニソワ人型」だったものの、どこかの時点でアフリカ起源の現生人類とより近縁な人類系統からもたらされたmtDNAに置換されたのではないか、と推測されています。

 この研究は、HST洞窟人のmtDNAを解析し、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人と比較した結果、HST洞窟人をネアンデルタール人系統に分類しています。またHST洞窟人は、既知のネアンデルタール人のなかでは最も早く分岐した、と推定されています。この研究でのmtDNA系統の推定分岐年代(95%の信頼性)は、現生人類および(後期)ネアンデルタール人の共通祖先系統とデニソワ人系統とが1410000~720000年前、ネアンデルタール人系統と現生人類系統とが468000~360000年前、HST人と他のネアンデルタール人が316000~219000年前、デニソワ洞窟のネアンデルタール人と(HST人を除く)他のネアンデルタール人が199000~125000年前となります。

 この研究は、上述した、後期ネアンデルタール人のmtDNAがアフリカ起源の現生人類とより近縁な人類系統からもたらされたとする仮説が妥当ならば、ネアンデルタール人系統におけるmtDNAの「前期型」から「後期型」への置換は、上限年代が468000~360000年前、下限年代が316000~219000年前(27万年前頃)と推測しています。ただ、この研究は、HST洞窟人系統と他のネアンデルタール人系統とでそれぞれ、アフリカ起源集団からのmtDNA置換が生じた可能性も指摘しています。

 HST洞窟人のmtDNA解析により、ネアンデルタール人のmtDNAの多様性が、中期更新世においては後期更新世よりも高かった可能性がある、とこの研究は指摘しています。また、HST洞窟人のmtDNA解析を踏まえたネアンデルタール人の人口史では、中期~後期更新世を通じて人口が減少していったものの、絶滅前に急速な人口拡大が起きたのではないか、と推測されています。

 ネアンデルタール人のmtDNAの「前期型」から「後期型」への置換については、下部旧石器時代(アフリカでは前期石器時代)~中部旧石器時代(アフリカでは中期石器時代)の移行がアフリカとユーラシア西部で類似しているという、考古学的な研究成果と整合的ではないか、と指摘されています。様式3(関連記事)の石器技術を携えたアフリカ起源の集団が、400000~300000年前頃にユーラシア西部に進出してきたのではないか、というわけです。この研究はたいへん興味深く、ネアンデルタール人の新たなDNA解析が増えていき、さらに研究が進展することを期待しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【進化】ネアンデルタール人の進化過程の手掛かりとなる古代のミトコンドリア

 ドイツ南西部で発見された古代のヒト族の大腿骨の化石に含まれていたミトコンドリアDNA(mtDNA)を解析したところ、このヒト族が他のネアンデルタール人から約27万年前に分岐していたことが分かった。この新知見により、アフリカのヒト族からネアンデルタール人への遺伝子流動に関する時間境界の精度が従来よりも高くなった。

 核DNA分析に基づく推定によれば、765,000~550,000年前に現生人類がネアンデルタール人とデニソワ人から分岐したとされるが、mtDNA分析からは現生人類とネアンデルタール人との近縁性が明らかになっている。この食い違いの説明には、アフリカのヒト族から初期ネアンデルタール人への遺伝物質の移入事象(1つの種から別の種への遺伝子流動)が援用されるが、化石が少ないために不確実性が残っている。

 今回、Cosimo Posth、Johannes Krauseたちの研究グループは、ドイツ南西部のホーレンシュタイン・シュターデル洞窟で発見された古代の大腿骨化石の完全なmtDNAゲノムを再構築した。このゲノム試料は、これまでに発見されたネアンデルタール人のmtDNAの中で最も古く分岐したmtDNA系統となった。今回の発見は、更新世後期のネアンデルタール人のmtDNAの起源が27万年以上前のアフリカのヒト族からの遺伝子流動であり、それより古いデニソワ人様mtDNA系統が置き換わった可能性のあることを示唆しており、ネアンデルタール人の進化に関する新たな手掛かりとなっている。その一方で、Posthたちは、核DNA分析によってネアンデルタール人、デニソワ人、現生人類の間のゲノム的関係に関するさらなる情報が得られる可能性があることを指摘しているが、ドイツで発見された大腿骨化石に含まれる核DNAの保存状態は悪く、完全な核DNAを採取することはできない。



参考文献:
Posth C. et al.(2017): Deeply divergent archaic mitochondrial genome provides lower time boundary for African gene flow into Neanderthals. Nature Communications, 8, 16046.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms16046

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