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zoom RSS 大河ドラマ『西郷どん』第34回「将軍慶喜」

<<   作成日時 : 2018/09/09 18:59   >>

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 第二次長州征伐の最中に第14代将軍の徳川家茂が死亡し、長州藩との戦いで苦戦中の幕府は、勝安房守(麟太郎、海舟)を停戦交渉の使者として派遣します。幕府の苦境にさいしても、一橋(徳川)慶喜は第15代将軍に就任する素振りを見せませんでしたが、孝明帝に懇願されたことを契機として、将軍就任を決意します。慶喜との縁の深い西郷吉之助(隆盛)は、慶喜の将軍就任を予想していました。慶喜はフランスとの関係を強化し、幕府を立て直そうとします。そんな時、孝明帝が崩御し、吉之助と大久保一蔵(正助、利通)は岩倉具視に、幕府と天皇を引き離す好機だと進言します。吉之助は薩摩に帰国し、島津久光に上洛を進言します。有力諸侯を上洛させ、慶喜を牽制しよう、との意図でした。しかし、慶喜は久光以外の諸侯を懐柔しており、四侯会議は吉之助と一蔵の思惑通りにはいきませんでした。慶喜はフランスとの提携を強化しようとしますが、フランス公使ロッシュは幕府を支援する代償として、薩摩を差し出すよう、要求します。吉之助は、慶喜に見受けされた「ふき」から、慶喜が薩摩藩に対して何か画策している、と聞きます。さらに吉之助は、イギリス公使館の通訳のサトウから、慶喜が薩摩藩を差し出そうとしている、と聞かされます。しかし吉之助は、支援を申し出るサトウに対して、日本の問題は日本人が解決する、と毅然として答えます。

 慶喜が日本を異国に売ろうとしている、と知った吉之助は、武力討幕の意志を一蔵に打ち明けます。一蔵は決起を促すために長州藩をはじめとして有力諸藩に赴き、吉之助は岩倉に、討幕の勅命が出るよう朝廷工作を依頼します。薩摩藩が武力討幕に動くなか、坂本龍馬は、土佐藩重臣の後藤象二郎に倒幕の秘策を進言します。薩摩藩が武力討幕に動いていることを知った慶喜は、先手を打って大政奉還の方針を打ち出します。吉之助は大政奉還を進言した龍馬に不満で、慶喜はすぐに政権が返ってくると確信しての一時凌ぎで大政奉還を決意したにすぎない、と武力討幕の方針を変えようとはしません。一方龍馬は、幕府と諸藩とで戦争をしている場合ではない、と譲りません。

 今回は、第二次長州征伐での幕府の敗戦から、慶喜の将軍就任、孝明帝の崩御、四侯会議を経て大政奉還まで一気に進みました。ここは幕末でもとくに重要な時期なので、1話に盛り込むのは薩摩藩視点の大河ドラマとしてどうなのか、とさすがに疑問に思います。同じく西郷隆盛が主人公ということで、本作と比較対象になる『翔ぶが如く』は1990年放送で、今年(2018年)と日付・曜日が一致していますが、『翔ぶが如く』の9月9日放送分はすでに明治編で、大久保一蔵(正助、利通)は欧米視察団の一員としてすでに日本を発っています。これまでの展開が遅かったので、今回のように展開を速めるのはある程度仕方ないのかもしれないとはいっても、やり過ぎの感は否めません。まあ、本作が政治的描写に力を入れていないことは、私も含めて多くの視聴者は感じとっていたでしょうから、この展開に驚いている人は少ないだろう、とは思いますが。ただ、列強の脅威のなか、日本国内での戦いは避けねばならない、と考えていた吉之助が、強硬な武力討幕派に転じる過程は、駆け足の政治描写のなかで最低限は描かれていたと思います。まあ、この時期の政治構想に関して、吉之助と龍馬との対立を強調するような描写は、幕末に詳しい視聴者には不満が残るところでしょうが、あくまでも娯楽ドラマなので、これでもよいかな、とは思います。

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