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zoom RSS Wikipediaにおける歴代天皇の項目のページ数

<<   作成日時 : 2018/10/08 12:44   >>

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 Wikipediaの個人的な楽しみの一つとなっているのが、ある項目のページ数がどれくらいあるのか、確認することです。これを、ある項目についての、世界規模での知名度・関心度の指標とすることは妥当ではないでしょうが、お遊び的な楽しみはあると思います。そこで、歴代天皇の項目のページ数を調べて、画像ファイルで掲載しました。以下、閲覧数は2018年10月8日時点のもので、赤字の天皇は女性です。なお、「天皇」の項目のページ数は62です。

 詳細に分析したわけではありませんが、前近代の天皇に関しては、現代日本社会における知名度・重要度の認識とページ数は基本的に相関していないように思います。例外は、神武・仁徳・後醍醐・後小松でしょうか。もっとも、仁徳・後小松は近い年代の天皇と比較してそこまで突出しているわけではありませんが。神武は、初代ということで(まあ、「実在」はかなり怪しいのですが)、ページ数が多いのは当然かもしれません。仁徳は、公式には日本最大規模の古墳の被葬者とされているので、日本以外でもそれなりに注目されているのかもしれません。後醍醐は近い年代の天皇と比較して明らかにページ数が多く、前近代の天皇のなかでは、日本以外でも知名度や注目度が高めなのかもしれません。確かに、後醍醐は歴代の天皇の中では、行動面では異例と評価できそうですし、歴史に与えた影響は大きそうですから、日本以外でも注目されて不思議ではないように思います。後小松は、南北朝合一時の天皇ということで注目されたのでしょうか。

 前近代の各天皇のページ数に関しては、室町時代にかけて減少傾向にあるのが注目されます。これは、各言語版の執筆者が、途中で力尽きたり面倒になったりしたことを反映しているのかもしれません。ページ数の下位はおおむね北朝の天皇で占められているのですが、これは北朝の諸天皇が、南北朝合一時の後小松を除いて、125代のなかに公式には数えられていないためなのかもしれません。一方、室町時代の天皇を底として、戦国時代〜江戸時代にかけてページ数は増加傾向にあります。これは、通俗的な天皇権威の盛衰と相関している可能性も考えられますが、単にページ数を調べただけなので、はっきりとは分かりません。

 近代の天皇のページ数は前近代の天皇より明らかにずっと多く、世界的には、日本の存在感が近代になって大きくなったことを窺わせます。とくに昭和天皇のページ数は今上天皇とともに他の天皇を引き離して多く、今上天皇がネット時代に在位中であることを考えると、世界的な知名度では歴代でもずば抜けているのかもしれません。まあ世界的には、第二次世界大戦の主要参戦国の最高指導者という位置づけなのでしょうから、それも当然でしょうか。

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