文永の役日本勝利説は歴史修正主義?(追記有)

 表題のような呟きがTwitterで流れてきました。まあ正確には、引用画像で流れてきたので、検索して見つけたわけですが。

アンゴルモア、100%見る気もしないけどよもや「実は日本が勝っていた」という歴史修正主義に走るつもりじゃないだろうな。

とのことです。『アンゴルモア』という漫画があることは私も知っており(読んだことはありませんが)、モンゴル襲来(文永の役・弘安の役)を扱った作品だと思っていたのですが、検索してみると、文永の役における対馬での戦いを扱っているそうです。『アンゴルモア』はアニメ化されて今年(2018年)7月~9月まで放送されていたそうで、上記の発言はアニメ版を対象としているようです。近年でも、文永の役は日本側の惨敗だった、との見解をまともな研究者が提示することもあり(関連記事)、文永の役で日本が負けたとの見解を非専門家が主張しても、とくに問題はないと思います。しかし、文永の役日本勝利説は歴史修正主義的なのか、大いに疑問です。

 そもそも、戦争の勝利・敗北の判定には難しいところがあります。最も一般的と思われる基準は、開戦時の目的をどれだけ達成できたか、ということでしょうが、各陣営で目的が一致していない場合も多々あったでしょうから、判定は難しいと思います。また、開戦時の目的が曖昧だったり、途中から目的が変わったりすることも珍しくなく、たとえば豊臣政権の朝鮮侵略はその具体例です(関連記事)。その意味で、文永の役がどちら側の勝利だったのか、判定するのは難しいところがあります。

 しかし、25000とも27000とも33000とも推定されているモンゴル・高麗軍がわざわざ渡海して九州にまで攻めてきて、最終的には土地を占領できずに撤退したわけですから、モンゴルの敗北との評価もじゅうぶんあり得ると思います。少なくとも、「歴史修正主義」と判断されるほどの与太話ではないでしょう。文永の役も含めてモンゴル襲来を見直した研究では、文永の役の九州における戦闘は1日だけではなく10日ほど続き、大宰府まで攻め込んできたモンゴル・高麗軍を退けるなど、日本軍が善戦していた、と評価されています(関連記事)。モンゴル史研究の側からは、たとえば杉山正明『中国の歴史08 疾駆する草原の征服者』(関連記事)において、モンゴル側も日本側も自軍の敗北と考えたのではないか、と推測されています(P325)。

 確か、文永の役におけるモンゴル側の意図は威力偵察だった、との見解をどこかで読んだ記憶がありますが、それも有力な根拠のある推測ではないと思います。文永の役において、モンゴル・高麗軍が撤退し、戦闘において日本軍が惨敗したわけではなく、善戦していたらしいことから、日本が勝ったとの評価はさほど的外れではないと思います。もちろん、九州での当初の戦闘ではややモンゴル・高麗軍が優勢だったようですし、戦闘での被害者数は、あるいは日本軍の方が多かったかもしれません。しかし、それを根拠に日本の敗北とするのは、ノモンハン事件で日本軍が勝った、と評価するようなものでしょう(関連記事)。

 なお、上記の発言主は「わさび盛友」と名乗るアカウントです。わさび盛友氏は以前、今では凍結されたアカウントにて騎馬民族征服王朝説を支持する発言をしており、否定的に引用したことがあります。その時は、見かけた記憶があるものの、どこで見たのか、思い出せなかったのですが、その後、私がフォローしているアカウントとやり取りをしており(関連記事)、それをほぼリアルタイムで見ていた、と思い出しました。その時のわさび盛友氏のアカウントは凍結されているので、今では発言を確認することはできませんが、やり取りをしていたアカウントの発言からある程度のことは分かりますし、ある意味で衝撃的な発言でもあったので、私も割とよく覚えています。

 その時、わさび盛友氏は、日本史教科書の江戸時代の項目から「士農工商」という用語が消えることにたいして、「歴史修正主義」と批判していました。これにたいして、わさび盛友氏は、江戸時代の身分制度を否定する、と反発していました。それに対して、研究の進展により、江戸時代の身分制を示す用語として「士農工商」は相応しくないと明らかになった、と丁寧な説明があったのですが、わさび盛友氏は、『カムイ伝』に描かれた強烈な身分差別を否定するのか、と「反論」しました。さすがにこれには私も含めて多くの人が呆れたようです。

 そもそも、日本史教科書の江戸時代の項目から「士農工商」という用語が消えるのは、当時の身分制を示す用語として相応しくないと明らかになったからで、江戸時代の身分制を否定しているわけではありません。わさび盛友氏は、それを丁寧に解説されても認めるわけではなく、半世紀ほど前の漫画を「反論」の根拠として提示したわけで、本当にふざけた態度だと思います。本気でそう考えているのなら、知性にかなりの問題がありますし、理解していても自分の間違いを認めたくないだけで、ふざけた態度で誤魔化そうとしたのなら、人間性に問題があります。あるいは、その両方かもしれません。わさび盛友氏のこの態度は嘲笑されても仕方のないところで、ここまで愚劣な発言となると、アンチ「リベラル」のなりすましではないか、と疑いたくもなります。わさび盛友氏のその他の発言も少し読んでみた限りでは、本気である可能性の方がやや高いかな、と私は判断していますが。

 上述した文永の役に関する発言もそうですが、わさび盛友氏は自分の歴史観とは異なる見解を、安易に「歴史修正主義」と判断する傾向にあるようです。しかし、「士農工商」をめぐるやり取りにおける、歴史学の方法論・根拠・研究の進展を無視して、半世紀ほど前の創作を根拠に提示する、といったわさび盛友氏の言動は、まさに「リベラル」側でよく批判される「歴史修正主義」そのものだと思います。わさび盛友氏こそ、「リベラル」側の批判する「歴史修正主義者」と言うべきでしょう。なお、あまりにも低水準な懸念なのですが、一応念のために前もって述べておくと、現在・過去に関わらず「日本」を批判していることは、たとえその一定以上の割合が妥当だとしても、「歴史修正主義者」ではないことの証明にはまったくなりません。

 また、

ウヨさんやたら神風美化するけど北条時宗が元からの手紙無視したり使者切り捨てたりあり得ないことをしたから元が怒って元寇が起きたこととなんとか神風で追い返せたけど元から土地勝ち取ったわけじゃないから一生懸命戦った武士にあんまり恩賞与えられなくて幕府滅亡に繋がったこと知ってるのかな?

との呟きも見かけましたが、これは的外れだと思います。モンゴル襲来に関する近年の「ウヨさん」の見解は大まかには、神風を美化するのではなく(神風特攻隊を美化する「ウヨさん」は少なくないかもしれませんが)、日本軍が奮闘して勝利したのに、それを神風のおかげだと主張してきた歴史学は自虐的だ、というものだと思います。現代日本社会の非専門家層においても、モンゴル襲来に多少なりとも関心があるのならば、「神風史観」から脱却すべきなのだと思います(関連記事)。


追記(2018年10月18日)
 『アンゴルモア』でどこまで文永の役が描かれるのか分かりませんが、文永の役において対馬が占領されるところまでだとすると、日本が勝ったとの評価はかなり問題で、「(歴史捏造という程度の通俗的な意味合いでの)歴史修正主義」と言っても、大過はないかもしれません。しかし、わさび盛友氏は上記の発言以前に


鎌倉武士がモンゴル軍に勝ったとか、最強の軍団だとか。歴史修正主義どころか、歴史妄想主義ではないか。


とも呟いており、文永の役に限らず弘安の役に関しても、日本が勝ったとの評価は「歴史修正主義」、あるいはもっとひどい「歴史妄想主義」と考えているようです。ひじょうに偏向した認識だと思います。なお、本文では述べ忘れましたが、呉座勇一『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』では、文永の役におけるモンゴル軍優勢との見解は虚構で、初戦はモンゴル軍の事実上の敗北とみるのが妥当であり、一部で指摘されている、文永の役のモンゴル軍は威力偵察に過ぎず、撤退は予定通りだった、との見解も疑わしく、モンゴル軍が撤退したのは日本側の抵抗が予想以上に強力だったからではないか、と指摘されています(関連記事)。

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この記事へのコメント

kzau
2018年11月13日 11:03
ツイッターみるの時間の無駄では?
2018年11月13日 17:27
確かに、わさび盛友氏のようなアカウントの呟きを見るのは時間の無駄だと思います。

その他にも無駄と思えることはありますが、Twitterは情報収集のために必要でもあると考えているので、最近ではなるべく最低限の情報を得るために使うようにしており、発信はブログの新規記事更新の自動通知のみにしています。

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