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zoom RSS アフリカ外最古の現生人類に関する議論

<<   作成日時 : 2018/10/28 10:31   >>

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 今年(2018年)1月に、イスラエルのカルメル山にあるミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で発見された現生人類(Homo sapiens)化石に関する研究(Hershkovitz et al., 2018A)を当ブログで取り上げました(関連記事)。これは現時点ではアフリカ外最古となります。この研究(H論文A)にたいして、年代に疑問を呈する論文(Sharp, and Paces., 2018)と、それに対する反論(Hershkovitz et al., 2018 B)が公開されました。以下、Hershkovitz論文Aの提示した年代に疑問を呈した論文(S論文)と、それにたいする反論(H論文B)を取り上げます。まずはS論文の内容についてです。


 ミスリヤ洞窟では、現生人類的な上顎(Misliya-1)の一部が発見され、H論文Aでは、その年代は194000〜17700年前と推定されました。これは、上顎化石ミスリヤ1の歯のエナメル質や象牙質、さらにはミスリヤ1を覆う付着した土壌炭酸塩の年代測定に基づいています。H論文Aでは、ミスリヤ1を覆う土壌炭酸塩の年代測定が主要な根拠とされました。ウラン-トリウム法によるその年代は185000±8000年前と推定されています。また、エナメル質の年代測定に用いられた、ウラン系列法と電子スピン共鳴法の組み合わせによる方法(US-ESR)では、174000±20000年前と推定されています。しかし、US-ESRに関しては、年代測定前の3回のコンピュータ断層撮影スキャンによる照射の影響を考慮しなければなりません。また、象牙質に適用されたレーザー焼灼術を用いたウラン-トリウム法では、年代は83000±9000年前と62000±3000年前の間で一貫しています。

 このように、185000±8000年前というミスリヤ1の推定年代は確実ではありません。何よりも、その根拠となったミスリヤ1を覆う付着した土壌炭酸塩の年代測定に問題があります。この標本は、炭酸塩の正確な年代測定に必要な「閉鎖系」が明らかに維持されていません。そのため、ミスリヤ1の堆積後に新たにトリウム230が入り込んでおり、じっさいよりも古い見かけ上の年代値が得られてしまいます。信頼性の高いウラン系列年代を提供できるのは2点の標本だけで、その下限年代は6万年前頃となり、象牙質の年代と類似します。ミスリヤ1が7万年以上前だと示す、信頼できるウラン系列年代は存在しません。レヴァントの既知の現生人類の年代は12万〜9万年前までさかのぼり、ミスリヤ1の上限年代もこの範囲に収まりそうなので、ミスリヤ1はアフリカ外最古の現生人類遺骸とは言えません。既知の考古学的証拠では、ミスリヤ洞窟の焼かれた石器の熱ルミネッセンス年代が212000〜140000年前と推定されています。しかし、人類遺骸であるミスリヤ1の信頼できる年代は、焼かれた石器の年代より新くなる、という可能性を除外できません。


 次に、H論文Bの内容についてです。S論文は、ミスリヤ1を覆う土壌炭酸塩(方解石)のウラン系列年代が7万〜6万年前で、ミスリヤ1の下限年代になる、と主張しますが、それはH論文Aでも言及されています。この年代測定に関して、S論文の再分析は堅牢に見えますが、他の年代測定を軽視しています。

 まずはミスリヤ洞窟の石器についてですが、ミスリヤ1と関連する前期中部旧石器時代の石器群はすべて、タブンD型(Tabun D-type)に区分される、早期レヴァントムステリアン(Early Levantine Mousterian)石器インダストリーとなります。これらはタブン(Tabun)とハヨニム(Hayonim)という同じくイスラエルの洞窟遺跡でも確認されており、その推定年代は276000〜140000年前頃です。ミスリヤ1と近い前期中部旧石器時代層の区画の上部で発見された、9点の焼かれた燧石の熱ルミネッセンス年代測定による平均年代は179000±48000年前です。ミスリヤ1とは若干離れた区画でも、熱ルミネッセンス年代測定では同様の年代を示し、これらの平均年代は185000±50000年前です。

 ミスリヤ1の直接的な年代測定は、ウラン系列法では702000±1600年前で、US-ESRでは174000±20000年前です。生物の死後のウラン摂取は遅れる可能性があり、またコンピュータ断層撮影(CT)スキャンの放射線影響を正確に評価することは困難であるため、これら2点の年代はそれぞれ、下限および上限年代とみなされるべきです。ミスリヤ1のCTスキャンは電子スピン共鳴法年代測定分析の前に3回行なわれ、CTスキャン中のX線線量はひじょうに変化しやすくなります。総X線線量と有効線量の再検証の結果、US-ESRの対応年代は152000±24000年前と推定されました。しかし、歯の試料が吸収する実際のX線線量の不確実性を考慮すると、174000±20000年前という上限年代は、直接的かつ合理的な解釈です。

 S論文の主要な批判は、ミスリヤ1を覆う土壌炭酸塩皮殻のウラン系列年代、とくに標本6についてです。H論文Aでは、ウラン系列法の年代は査読者の一人の要請により追加され、補正が年代に大きな影響を及ぼした、と指摘されています。注目されるのは、ミスリヤ1の近くの区画からの燧石に堆積した皮殻も、ウラン系列年代は標本6と明らかに類似していることです。H論文Aのウラン系列年代を割り引いても、ミスリヤ1の年代測定に現実的な影響はありません。

 S論文は、ミスリヤ1の年代がH論文Aの推定よりずっと新しく、同じくイスラエルにあるスフール(Skhul)とカフゼー(Qafzeh)の現生人類遺骸の、12万〜9万年前という年代範囲に収まる可能性を示唆します。上述したように、イスラエルというかレヴァントの前期中部旧石器時代は14万年以上前となるので、これはミスリヤ1の後の嵌入を示唆します。嵌入の可能性は、ミスリヤ洞窟の前期中部旧石器時代よりも後の文化の証拠がなく、洞窟の屋根が崩壊して明らかに放棄されていたことから、却下されます。ミスリヤ1は明確な考古学的文脈に位置づけられ、豊富な石器と動物の骨が共伴し、同じ場所で炉床も確認されています。詳細な化石生成論的・地質考古学的研究は、元々の状態の保存状態が良好で、堆積後の嵌入がないことを示唆します。これは、考古学的な層位とミスリヤ1が同年代であることを示唆します。

 S論文は熱ルミネッセンス年代測定について簡単に触れていますが、重要性を軽視しています。ミスリヤ1に最も近い標本の平均年代は179000±48000年前で、近接する他の標本と合わせた平均年代は185000±50000年前です。前期中部旧石器時代石器群はタブンとハヨニムという他の2洞窟遺跡でも発見されています。タブンでは1区画の平均年代が256000±52000年前、空間的に孤立した他の2区画の平均年代は、222000±54000年前と196000±42000年前です。ハヨニムでは、FおよびE層の平均年代が251000±40000年前〜140000±32000年前の範囲に収まります。ミスリヤ・タブン・ハヨニムの3ヶ所の洞窟遺跡では、前期中部旧石器時代の石器インダストリーはいずれも14万年以上前となります。ミスリヤ1の嵌入を示唆する証拠はないので、熱ルミネッセンス年代測定による185000±50000年前という平均年代は、ミスリヤ1の信頼できる間接的推定年代である、と結論づけられます。

 S論文はミスリヤ1の年代が元論文の推定より新しい可能性を支持する証拠として、スフールとカフゼーの人類遺骸の12万〜9万年前という年代を示しています。しかし、ミスリヤ1洞窟の前期中部旧石器時代のタブンD型石器群は、典型的な長いルヴァロワ(Levallois)および非ルヴァロワ尖頭器が豊富で、スフールとカフゼーで発見された中部旧石器時代の石器群とは明らかに異なっており、また層序学的に古いものです。この地域(レヴァント)の他の人類の年代は、ミスリヤ1の年代にほとんど影響しません。

 なお、『世界の考古学5 西アジアの考古学』によると、スフールとカフゼーの中部旧石器時代の石器群はタブンC型です(関連記事)。タブンD型はルヴァロワ尖頭器が特徴的で、ルヴァロワ・非ルヴァロワ式の石刃も豊富に発見されています。単軸的な石核調整が採用されており、被二次加工石器には彫器を中心とした上部旧石器的石器が比較的多く見られます。タブンC型には幅広のルヴァロワ剥片が多く、全体に幅広で石刃はわずかしかありません。求心的調整による典型的ルヴァロワ石核が用いられ、単軸的な石核はほとんど確認されていません。被二次加工石器は削器が主で、上部旧石器文化的石器は少ないのが特徴です。

 S論文の見解は、H論文Aの提示したミスリヤ1の年代と矛盾しません。ミスリヤ1を覆う土壌炭酸塩のウラン系列年代に関するS論文の解釈は健全かもしれませんが、その結果としての7万〜6万年前という下限年代は、利用可能な他の年代データと矛盾します。ミスリヤ1標本の直接的年代測定、前期中部旧石器時代のインダストリー、熱ルミネッセンス年代測定などの証拠からは、ミスリヤ1の下限年代が14万年前で、最も可能性の高いのは185000年前頃だというH論文Aの提示した年代が支持されます。


 以上、H論文Aの提示した年代に疑問を呈したS論文と、それにたいして反論したH論文Bの内容を見てきました。S論文の指摘にもっともなところはあるものの、総合的に考えて、ミスリヤ1の年代が14万年前よりも新しい可能性はきわめて低く、H論文Aの見解の妥当性が改めて示されたのではないか、と思います。ただ、ミスリヤ1は部分的な上顎化石なので、どこまで形態が現代人的だったのか、不明です。その意味で、ミスリヤ1を現生人類とは認めない見解もあるかもしれません。

 しかし、現生人類の起源に関する最近の議論では、アフリカ単一起源説を前提としつつも、現生人類の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、との「アフリカ多地域進化説」が有力だと私は考えています(関連記事)。その意味で、ミスリヤ1は、現生人類の複数の起源系統の一つもしくはそのきわめて近縁な系統と把握するのが妥当ではないか、と思います。


参考文献:
Hershkovitz I. et al.(2018A): The earliest modern humans outside Africa. Science, 359, 6374, 456-459.
https://doi.org/10.1126/science.aap8369

Hershkovitz I. et al.(2018B): Response to Comment on “The earliest modern humans outside Africa”. Science, 362, 6413, eaat8964.
https://doi.org/10.1126/science.aat8964

Sharp WD, and Paces JB.(2018): Comment on “The earliest modern humans outside Africa”. Science, 362, 6413, eaat6598.
https://doi.org/10.1126/science.aat6598

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