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zoom RSS アンデス高地住民の古代ゲノム

<<   作成日時 : 2018/11/11 13:11   >>

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 アンデス高地住民の古代ゲノムを報告した研究(Lindo et al., 2018B)が報道されました。日本語の報道もあります。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。アンデス高地における恒久的居住に関しては、12000年前頃までさかのぼるとの見解も提示されていますが(関連記事 )、9500〜9000年前頃に始まった、との見解もあります。本論文は、アンデス高地への人類集団の適応を、古代ゲノム解析と現代人との比較により検証しています。

 本論文は、ペルーのチチカカ湖周辺地域の7人の古代ゲノムを解析しました。内訳は、定住農耕が確立していた1800年前頃以降のリオアンカラネ(Rio Uncallane)遺跡の5人(男性3人と女性2人)、遊動性採集から農牧定住生活への移行期となる3800年前頃以降のカイラチュロ(Kaillachuro)遺跡の女性1人、遊動性狩猟採集生活だった8000〜6500年前頃のソロミカヤパジャクサ(Soro Mik’aya Patjxa)遺跡の男性1人です。この7人のうち5人は放射性炭素年代測定法により較正年代が提示されており、最古はソロミカヤパジャクサ遺跡の男性の6882年前頃、最新はリオアンカラネ遺跡の男性の1514年前頃となります。この7人のミトコンドリアDNA(mtDNA)のハプログループは、いずれもアメリカ大陸先住民集団に見られるB・C・Dに分類され、全ゲノム解析の網羅率は0.08〜0.99倍です。この7人と主要な比較対象となった現代人は、ボリビアの高地に住むアイマラ(Aymara)人と、チリ南部の低地沿岸地域に住むウィジチェ-ペウェンチェ(Huilliche-Pehuenche)人です。

 まず明らかになったのは、アンデス高地の古代人は現代のアンデス高地住民と遺伝的に最も近縁で、高地集団と低地集団との遺伝的な推定分岐年代は9200〜8200年前頃ということです。次に、古代アンデス人の高地適応について検証されました。ユーラシア東部の高地住民であるチベット人には、血中ヘモグロビン値を減少させる遺伝的多様体があり、低酸素環境でも効率的に行動できます(関連記事)。なお、チベット人のそうした遺伝的多様体の一つは、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑により継承された、と推測されています(関連記事)。古代アンデス人のゲノムには、チベット人のような多様体は見つかりませんでしたが、心臓血管の健康と心筋の発達に関連するDSTという遺伝子の正の選択の徴候が見られました。これにより、右心室の拡大傾向が見られ、その結果として酸素摂取量が増え、肺への血流が向上します。古代アンデス人にはチベット人と異なる高地適応が見られる、というわけです。

 アンデス高地住民に関しては、デンプン消化を促進するマルターゼ・グルコアミラーゼ(MGAM)という腸内酵素関連遺伝子多様体において、さらに強い正の選択の兆候が見られました。ジャガイモはアンデス地域で遅くとも5000年前頃には始まりました。古代アンデス人にもこの遺伝子多様体が見られます。デンプン質のジャガイモはアンデス地域で栽培され、すぐに肉に代わって主食となるような食性の大きな変化があったので、強い選択が作用したのではないか、というわけです。しかし、アンデス高地住民のゲノムには、デンプン質への依存度の高い食性への移行後も、ヨーロッパの農耕民のゲノムには一般的に存在する、デンプン消化を促進するアミラーゼ関連遺伝子のコピー数の増加は見られませんでした。高地だけではなく食性への適応でも、アンデス高地住民は他地域の住民と異なる遺伝的適応を示す、というわけです。

 また、アンデス高地住民においては、病原耐性と関連する遺伝子座における正の選択の証拠も明らかになりました。これにより、ヨーロッパ人が15世紀末以降にアメリカ大陸にもたらした破壊的な病気、たとえば天然痘に、アンデス高地住民は一定水準以上対応できたのではないか、と推測されています。それとも関連しますが、ヨーロッパ人のアメリカ大陸征服活動の過程で、アンデス高地住民は低地住民と比較して、有効人口規模の推定減少率がずっと低いことも明らかになりました。ヨーロッパ人のアメリカ大陸侵略以降、ペルー沿岸の低地住民の祖先集団は有効人口規模の96%が減少したのにたいして、アンデス高地住民の祖先集団では27%です。これは、ヨーロッパ人にとって、アンデス高地が低酸素・寒冷・強い紫外線という厳しい環境だったことも要因なのでしょう。アメリカ大陸先住民集団系統においても、現在のペルーでは、移住の主要な方向は高地のアンデス地域から低地のアマゾン地域・沿岸地域でした(関連記事)。やはり、低地から高地への移住は、高地に先住集団が存在する場合はなかなか難しいのでしょう。

 しかし、本論文の見解に疑問を呈する遺伝学者もいます。まず、沿岸地域のウィジチェ-ペウェンチェ人はアンデス地域のずっと南方に住んでおり、古代と現代の比較に適切ではない、と指摘されています。また、高地系統と低地系統の分岐は、高地への移動の証拠ではなく、南アメリカ大陸へと移住してきた人々にすでに見られた遺伝的多様性を反映しているのではないか、とも指摘されています。そのため、高地適応関連遺伝子の判定には、古代アンデス人とペルーまたはチリ北部の近隣沿岸の古代人を比較すべきだ、と提言されています。こうした疑問はもっともで、今後の研究の進展により、さらに信頼性の高い結果が得られるのではないか、と期待されます。


参考文献:
Lindo J. et al.(2018B): The genetic prehistory of the Andean highlands 7000 years BP though European contact. Science Advances, 4, 11, eaau4921.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aau4921

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