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zoom RSS 百田尚樹『日本国紀』(後編)

<<   作成日時 : 2018/11/15 05:26   >>

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 前編の続きです。


第7章 幕末〜明治維新(P233)

●ペリー来航(P233)
 ペリー来航時の幕府の対応が腰抜けと糾弾されていますが、彼我の力関係を冷静に判断した妥当な判断だと思います。まあ、対外関係では、実力以上に強硬な姿勢を示すことも時として必要でしょうし、個人単位であれ戦闘であれ、幕末の攘夷が欧米列強に日本侵略を阻止させた、という側面もあるとは思いますが。もっとも、幕末日本が列強の植民地にならなかった理由としては、やはり近隣の「中国」と比較して経済的魅力に乏しかったことも大きかった、とは思います。

●不平等条約(P234〜237)
 不平等条約など、幕末の幕府の対応が厳しく批判されていますが、当時の知識層のほとんどにとって夷華秩序的枠組みこそが常識であり、「不平等性」が理解されにくかった、という事情がありました(関連記事)。その中で幕府は、本書のような通俗的見解で想定されているほど情けない対外交渉を行なっていたわけではない、との見解が近年では有力だと思います(関連記事)。

●坂本龍馬(P262〜268)
 幕末政局では、坂本龍馬が「武力討幕」に反対していた、とありますが、桐野作人『龍馬暗殺』(吉川弘文館、2018年)は、龍馬の最後の上京は武力挙兵のためのものであり、龍馬は大政奉還にほとんど貢献しておらず、小松帯刀の貢献が大きかった、と指摘します。同書は、大政奉還前後の政治情勢の対立軸は、「武力倒幕派」と「公議政体派」ではなく、「廃幕派」と「保幕派」だと指摘します(関連記事)。

●赤報隊(P274〜275)
 赤報隊も取り上げられており、予想していたよりもずっと、新政府に批判的な記述となっています。


第8章 明治の夜明け

●明治初期の近代化(P286〜294)
 明治初期の近代化は急激だった、と強調・称賛されています。しかし、後発国の優位性という観点が欠落していると思います。後発国は、先行国の試行錯誤の結果を効率よく学べる可能性が高くなります。もちろん、後発国固有の条件があるので、急速な成功を収められるとは限りませんが。また、日本人は変化や改革を嫌うが、明治初期は例外だった、とも主張されていますが、基本的に人間は変化や改革を嫌う傾向にあるものだと思います。


第9章 世界に打って出る日本

●議会開設(P301)
 大政奉還までは、「農民や町人は、殿様が行なう政道に何一つ口を差し挟むことはできなかった」とありますが、P203で日本史上初の画期的システムと評価されている目安箱は何だったのでしょうか。一応は政治に関しても庶民の声を聞く、という建前だったはずですが。なお、本書では言及されていませんが、明治時代の議会開設への熱望には、幕末に根強く主張された「公議(公論、衆議など)」の観念があると思います(関連記事)。

●大韓帝国の対外政策(P312〜315)
 三国干渉後に日本からロシアへと傾いた大韓帝国にたいして、独立の精神が見られない、と批判的ですが、力関係を考慮に入れた慎重な方針とも解釈できるように思います。率直に言って本書は、古代における朝鮮半島から日本への影響にほとんど言及していないことも含めて、朝鮮を過小評価しているように思います。

●韓国併合(P326〜328)
 韓国併合について、武力を用いておらず合法的だ、と主張されています。しかし、軍事力を背景とする日本の圧力に大韓帝国が屈した、という側面はとても否定できないでしょう。また、人口増加・平均寿命の向上・社会資本整備などから、日本の朝鮮半島統治は収奪ではなかった、と本書は主張します。「日本は朝鮮半島に凄まじいまでの資金を投入して、近代化に貢献した、と主張されていますが、じっさいには日本は朝鮮を比較的低コストで統治しており、財政面での日本政府の負担は小さく、収奪ではないとしても、身長を指標とすると、日本統治下の朝鮮では一般人の生活水準は大きくは変わらなかっただろう、と推測されています(関連記事)。また、朝鮮は植民地ではない、と力説されていますが、「内地」と完全に同一の法体系が適用されているわけではないので、植民地と規定するのが妥当でしょう。


第10章 大正から昭和へ

●第一次世界大戦後の世界(P338〜340)
 ロシア革命では内戦により夥しい死者が出た、と述べられていますが、日本軍のシベリア出兵をはじめとして列強の干渉に言及しないのは、さすがに日本の通史として著しく偏っていると思います。

●張作霖爆殺事件(P355)
 「事件の首謀者は関東軍参謀といわれているが、これには諸説あって決定的な証拠は今もってない」と述べられています。具体的にコミンテルンを出さないだけ、まだましと言うべきでしょうか。

 第10章は全体的に、日本人が中国でいかに被害にあったか、ということが強調されていますが、そもそも日本人が中国に「進出」して利権を得ているような状況が前提としてあるわけで、中国でナショナリズムが高まるのは当然と言うべきでしょう。逆に、中国人が日本で同様の行動を取っていたら、日本人は「法に従って行儀よく」すべきなのか、と問うと、本書の根本的な問題が見えてきます。


第11章 大東亜戦争

●東南アジアでの日本軍(P391〜392)
 「日本はアジアの人々と戦争はしていない」とありますが、たとえばフィリピンではゲリラ戦が行われていますし、ベトナムとではなくフランスと戦ったとされていますが、この時のフランスはヴィシー政府で、P381ではヴィシー政府と条約を結んで北部仏印進駐が行なわれた、とあります。日本がベトナムで戦ったのは「(東南)アジアの人々」に他ならないと思います。この矛盾もそうですが、本書には、本当に同一人物が執筆したのか、と疑いたくなるような記述が散見されます。本書は、日本が植民地宗主国と(東南)アジアで戦ったことにより、植民地だった地域が戦後独立したのだ、と「大東亜共栄圏」の意義を強調します。しかし、日本には「大東亜共栄圏」の盟主としての実力が欠け、できたことは帝国のもっとも古代的な形態としての戦利品の略奪だった、との指摘が妥当でしょう(関連記事)。


第12章 敗戦と占領

●WGIP(P421〜425)
 GHQのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)により日本人は洗脳された、と強調されています。しかし、WGIPで重視された捕虜虐待の罪を日本人が理解したとは言い難い、との指摘もあります。


第13章 日本の復興

●朝日新聞の報道(P465〜470)
 朝日新聞の報道が批判されていますが、正直なところ、500ページ程の日本通史で5ページも使うことなのか、はなはだ疑問です。しかも、他のページでも執拗に朝日新聞が批判されています。まあ、それが「売り」の通史ということなのでしょうが、もっと「日本の復興」を取り上げるべきではなかったか、と私は思います。なお、朝日新聞の報道により日本人の多くが「南京大虐殺」をあっさりと信じた、とありますが、朝日新聞が取り上げ始めた当時もその後もずっと、日本人の多くは「南京大虐殺」について知らないか、関心がきわめて低いと思います。


終章 平成

●現代日本社会の課題(P497〜498)
 大災害・経済の低迷・少子高齢化など、現代日本の問題点が取り上げられています。しかし、冷戦構造とソ連の崩壊、中国や北朝鮮の動向などと比較すると、明らかに分量が少ないと思います。まあ、「左翼批判」が本書の売りというか骨格なので、仕方のないところでしょうか。

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