新井孝重『戦争の日本史7 蒙古襲来』

 吉川弘文館より2007年5月に刊行されました。日本史の文脈でモンゴル襲来というと、文永・弘安の役となります。一般向け書籍でモンゴル襲来が扱われる場合、その前史としての日本とモンゴルとの交渉と、弘安の役後も日本がモンゴル襲来に備えており、それが被害妄想ではなく、かなりのところ現実的だったことにも言及されることが多いように思います。本書も同様なのですが、日本史の文脈で刊行される他の一般向け書籍と比較すると、モンゴル帝国自体の解説の分量が多めになっていることが特徴となっています。また、南北朝時代直前の後醍醐天皇の登場までが叙述されているのも特徴です。

 本書は、モンゴル襲来時の日本の社会構造が、モンゴルに対する日本の軍事的劣勢をもたらした、と論じています。幕府の家臣たる御家人は小規模なイエの集合体であり、公的・集団的に練磨・管理されることがなかったように、「国家」としては統制が緩やかだったことが、対モンゴル戦では軍事的に弱点だった、というわけです。この軍事的衝撃が、軍事編成・幕府の権限強化など社会の在り様を変えていった、と本書は指摘しています。また、弘安の役の暴風雨による神国思想の浸透や、貨幣経済の浸透も、社会変容をもたらしたことが指摘されています。

 船の構造やそれをもたらした社会背景についてやや詳しく論じているのも本書の特徴です。当時の日本の船・航海技術は外洋遠征にじゅうぶん耐えられるものではなく、とても高麗への遠征には耐えられなかったのではないか、と指摘されています。遣唐使の頃には、国家の指令で渡来人系集団も活用し、外洋航海に何とか耐えられる構造の船を建造していたものの、遣唐使が廃止(実際は延期)となり、国家の関与がなくなると、小規模な民間業者による日本列島沿岸での運用を前提にした船・航海技術になったしまった、というわけです。本書を読んでこの記事を執筆したのはかなり前のことで、本書の刊行後、モンゴル襲来に関しては重要な一般向け書籍も刊行されているので(関連記事)、併せて読むのがよさそうです。

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