熱帯雨林環境におけるスリランカの初期現生人類の狩猟戦略

 熱帯雨林環境におけるスリランカの初期現生人類(Homo sapiens)の狩猟戦略に関する研究(Wedage et al., 2019)が報道されました。他の人類系統と比較しての現生人類の特徴は、砂漠・熱帯雨林・高地・北極圏といった極限環境への拡散です(関連記事)。これらのうち、熱帯雨林の生物多様性は高いのですが、大型哺乳類(44kg以上)が基本的には存在しないこともあり、人類にとって食資源の豊富な暮らしやすい環境とは言えません。そのため、熱帯雨林は人類にとって障壁と考えられてきました。しかし、アジア南部のスリランカ(関連記事)・アジア南東部(関連記事)・メラネシア(関連記事)では、現生人類の最初期の痕跡はしばしば熱帯雨林環境で見られます。ただ、詳細な動物遺骸分析の欠如のため、熱帯雨林環境における初期現生人類の食性や狩猟戦略に関しては不明なところが多分にあります。

 本論文は、スリランカでは最古の遺跡となる、南西部のファーヒエンレナ洞窟(Fa-Hien Lena Cave)を調査しました。ファーヒエンレナ洞窟では5.5~6.5歳くらいの子供と若い成人女性の遺骸が発見されており、年代は30600年前頃と推定されています。人類の痕跡は45000~3000年前頃まで確認されており、本論文は後期更新世・末期更新世・前期完新世・中期完新世に区分しています。ファーヒエンレナ洞窟の動物相の大半は、後期更新世~中期完新世までずっと小型哺乳類(体重25kg未満)で、総標本数の90%以上を占めます。魚など非哺乳類も、全期間で少ない割合ながら見られます。後期更新世~中期完新世まで、哺乳類の体格に基づく割合に大きな違いはありません。ウシやシカのような大型動物もいますが、その割合は4%未満とひじょうに低くなっています。サルと樹上性オオリス類の割合が全期間で圧倒的に多く、全体で70%以上となり、非人為的堆積と推測される動物遺骸を除くと、82.4%となります。歯の分析から、比較的若い成体のサルが標的にされていた、と推測されています。合計92点の骨の断片で屠殺痕が記録されており、その大半(92.2%)は小型動物です。また、小型動物には焼かれた痕跡も見られます。サルの多様な骨格が確認されていることから、サルの死体は洞窟に持ち込まれて処理された、と推測されています。発見された道具では、細石器と骨器が注目されます。熱帯雨林環境の小型動物の狩猟では投げ矢や吹き矢も使われており、骨器はそうした使用に適しています。サルと樹上性オオリス類の骨の分析から、道具に用いられていた、と推測されています。つまり、獲物を食べるだけではなく、その骨を道具に加工して獲物を狩っていた可能性が高い、というわけです。

 ファーヒエンレナ洞窟では一貫して小型哺乳類の割合が高く、熱帯雨林環境に関する民族誌ではそうした偏りがほとんど見られません。50000~35000年前のボルネオ島のニア洞窟群(Niah Caves)では、樹上性霊長類の狩猟の痕跡が見られますが、ファーヒエンレナ洞窟とは対照的に、主要なタンパク源は巨大有蹄類に依存していたようです。小型で俊敏なサルや樹上性オオリス類の狩猟は高度な技術を示します。また、乱獲にたいして脆弱な熱帯雨林環境の霊長類や樹上性オオリス類の狩猟が45000~4000年前まで続いたことから、これら小型哺乳類の生活史や生息環境および持続可能な狩猟戦略に関する深い知識が、スリランカの南西部の後期更新世~中期完新世の狩猟採集民集団にあったのではないか、と本論文は推測しています。これらは現生人類の柔軟な行動を示しており、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)など他の人類系統が絶滅するなか、現生人類が生き延びた要因ではないか、と本論文は指摘します。ファーヒエンレナ洞窟の人類集団が、後期更新世~中期完新世まで、食資源として動物ではサルと樹上性オオリス類への依存度が高かったとしても、食資源全体ではどうなのか、人類遺骸の同位体分析結果が得られないと不明なところが残るのではないか、との疑問は残ります。食資源全体に占める動物の割合が比較的低いため、「持続的な狩猟戦略」が可能だったのではないか、というわけです。もちろん、これは私の的外れな感想かもしれませんし、本論文の見解がたいへん興味深いことに変わりはありません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【考古学】サル狩りとリス狩りに特化したホモ・サピエンスがいた

 スリランカにおいて、現在知られる最古のホモ・サピエンスの一部が、半樹上性や樹上性のサルとリスの個体群の狩猟に特化していたことを報告する論文が、今週掲載される。この知見は、捕まえるのが難しい小型哺乳類の捕獲がホモ・サピエンスの可塑性行動の1つであり、そのおかげで近縁のヒト族が足を踏み込まなかったと思われる一連の極限環境に急速に移住できたことを示唆している。

 人類は、後期更新世(12万6000~1万1700年前)以降、アフリカを離れて多様な環境で生活した。この動きを妨げる障壁になったと考えられているのは熱帯雨林で、大型哺乳動物相が存在しないことがその理由だ。これに対して、スリランカと東南アジア、メラネシアでは、人類が居住していたことを示す最古の証拠に多雨林環境が関係していることが多い。動物相の詳細な解析が行われていないために、このホモ・サピエンス集団を維持するための食料は何だったのか、そしてどんな狩猟戦略を用いたのかは明確になっていなかった。

 今回、Patrick Robertsたちの研究グループは、いくつかの手法を用いて、スリランカにおいて年代測定された中で最古の考古遺跡であるFa-Hien Lena洞窟(3万8000年前と推定されている)の分析を行った。その結果、この洞窟のホモ・サピエンスが、約4万5000~3000年前に骨や細石器(小型の石器)の複雑な加工技術を用いて、霊長類とオオリス類の狩猟に特化していたことが分かった。ホモ・サピエンス集団がこのように乱獲に最も弱い動物種を利用できていたことから、Robertsたちは、これらの動物種の生活環と生息地を詳しく知っていて、持続可能な狩猟戦略を用いていたという考えを示している。



参考文献:
Wedage O. et al.(2019): Specialized rainforest hunting by Homo sapiens ~45,000 years ago. Nature Communications, 10, 739.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-08623-1

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