ヒヒ属の複雑な進化史

 ヒヒ属の進化史に関する研究(Rogers et al., 2019)が公表されました。ヒヒ属は霊長類の中でも現代人とは比較的近縁です。現生ヒヒ属は、サハラ砂漠以南のアフリカを中心に、アラビア半島西部~南部沿岸に生息しています。現生ヒヒ属は、マントヒヒ(Papio hamadryas)、アヌビスヒヒ(Papio anubis、オリーブヒヒ)、ギニアヒヒ(Papio papio)、キイロヒヒ(Papio cynocephalus)、チャクマヒヒ(Papio ursinus)、キンダヒヒ(Papio kindae)の6種に区分されます。地理的に大きく南北に分けると、北方系がマントヒヒ・オリーブヒヒ・ギニアヒヒで、南方系統がキイロヒヒ・チャクマヒヒ・キンダヒヒです。これら6種は、生息範囲が一部重なりつつも分散しています。ヒヒ属の社会は各種により異なり、複雄複雌型が多いものの、単雄複雌型も存在します。本論文は、ヒヒ属のゲノムを解析し、その進化史を復元しました。

 ヒヒ属6種の系統関係は、大まかには地理的範囲と対応しています。まず、150万年前頃に北方系統と南方系統が分岐します。北方系統では、80万~70万年前頃にマントヒヒ系統とオリーブヒヒおよびギニアヒヒの共通祖先系統が分岐し、オリーブヒヒ系統とギニアヒヒ系統は40万~30万年前頃に分岐します。南方系統では、70万年前頃にキイロヒヒ系統とチャクマヒヒおよびキンダヒヒの共通祖先系統とが分岐し、60万年前頃にチャクマヒヒ系統とキンダヒヒ系統とが分岐します。

 さらに本論文は、ヒヒ属において複雑な交雑があったことを示しています。ギニアヒヒは、北方系統において130万年前頃に分岐して現在では絶滅した系統から、10%程度の遺伝的影響を受けています。キンダヒヒは、チャクマヒヒと近縁な南方系統と、北方系統3種の共通祖先から80万~70万年前頃に分岐した系統より、ほぼ同程度の遺伝的影響を受けて形成された、と推定されています。この関係は複雑なので、以下に本論文の図を掲載します。
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 ヒヒ属は、500万年前頃に分岐したゲラダヒヒ属(Theropithecus)との間に繁殖力のある交雑個体を、1000万年前頃に分岐したアカゲザル(Macaca mulatta)との間に繁殖力のない交雑個体を産むことから(関連記事)、以前よりホモ属の各系統間の交雑の有無やその影響の理解に役立つのではないか、と考えられていました。本論文は、ヒヒ属の過去200万年間の分岐と複数回の交雑を明らかにし、改めてホモ属の進化史に役立つ可能性を示しました。ホモ属も過去200万年間に各系統間の複数回の交雑を含む、複雑な進化史が想定されているからです(関連記事)。もっとも、ヒヒ属は現在でも6種に区分できるのにたいして、ホモ属は現生人類(Homo sapiens)1種しか存在しない、という大きな違いがあります。

 こうしたホモ属とヒヒ属との類似点および相違点についての理解は、現生ヒヒ属の交雑状況を調査することで、さらに深まっていくのではないか、と期待されます。ヒヒ属は現在でも、野生状態で種間交雑が生じ、交雑個体は繁殖能力を有しています。一方で、交雑しつつも、各種間は遺伝子・表現型・行動の点で明確に分離され続けています。これは、現生人類やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といった後期ホモ属の間で複雑な交雑がありつつも、各系統が短くとも10万年以上の期間、異なる分類群として存続し続けてきた状況と類似しています。遺伝子流動が一定以上の頻度で起きつつも隔離的状況はいかに維持されるのか理解するうえで、現在も交雑が続くヒヒ属は貴重な手がかりを示すと期待されます。

 オリーブヒヒとキイロヒヒの交雑個体は、頭蓋や歯の異常頻度が顕著に高くなっています。両種の交雑個体は繁殖能力を有するものの、適応度は非交雑個体よりも低く、それが両種の隔離を維持しているのかもしれません。これは、ホモ属の各系統間の交雑でもあり得そうなことです。チャクマヒヒとキンダヒヒの交雑個体では、チャクマヒヒからのY染色体DNAとキンダヒヒからのmtDNAを有する個体が、その逆の場合よりも少ない、と報告されています。これは、チャクマヒヒの雄とキンダヒヒの雌との間では生殖的隔離が生じていることを示唆します。それは、この組み合わせの交配を避けるようなもの(接合前隔離)か、流産の可能性を高めたり、交雑第一世代が生まれても、何らかの要因で繁殖能力がないか低かったりするようなもの(接合後隔離)が想定されます。現生人類とネアンデルタール人の交雑に関しても、ネアンデルタール人男性と現生人類女性との組み合わせでは、男児が生まれにくかったか、生まれても繁殖能力が低かった可能性も指摘されています(関連記事)。

 オリーブヒヒとマントヒヒの間でも交雑が起きています。しかし、両者の社会構造は大きく異なります。オリーブヒヒが母方居住で複雄複雌なのにたいして、マントヒヒは父方居住でハーレム様の単雄複雌社会を形成し、集団において1頭の雄が1頭もしくは複数の雌と排他的に交配します。両者の雑種雄は、少なくともおもに交雑個体で構成される集団においては、かなりの繁殖的成功を達成できます。表現型で認識可能な雑種個体群の地理的範囲は狭いものの、これら2種間の遺伝子流動への障壁の明確な証拠はありません。両者の間で遺伝子流動と分離がいかに共存しているのか、解明することは、後期ホモ属の進化史の理解に大きな手掛かりを提供することでしょう。ヒヒ属は、異なる種が現存しており、交雑も続いている現代人の近縁系統という点で、今後の研究の進展が大いに注目されます。


参考文献:
Rogers J. et al.(2019): The comparative genomics and complex population history of Papio baboons. Science Advances, 5, 1, eaau6947.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aau6947

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