東アジア仏教史でモンゴルやチベットも対象とされるべきか

 岩波新書の石井公成『東アジア仏教史』を購入してまだ読んでいませんが、同書について、

岩波新書の東アジア仏教史、案の定モンゴルやチベットの仏教を無視してる。
岩波は江戸以前の文化に関しては妙に保守、というか守旧なところがあるのだけど著者が師匠筋の学説から外れたがらないだけなのかもしれない。


との指摘があることを知りました。同書をまだ読んでいないので、同書が「モンゴルやチベットの仏教を無視」していることを「守旧」的と言えるのか、判断を保留しておきますが、この指摘は重要な問題を含んでおり、興味深いと思います。それは、「東アジア」とはどう定義されるのか、どの年代・範囲に適用できるのか、という問題です。もちろん、程度の差はあれ、どの地域区分にもそうした問題はあるでしょうが、「東アジア」に関してとくに高い関心を抱くのは、私には日本人としての意識が強く、当事者であることが要因です。

 この問題について、的確かつ簡潔に解説している文献は杉山正明『ユーラシアの東西』だと思います(関連記事)。同書はまず、「東アジア」という発想や括り方は、せいぜいここ100年ほどのことでしかなく、「東アジア」といっても、具体的にどの範囲を指しているのか、使う人の都合によってまちまちだと指摘します。日本国・大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国・中華人民共和国の範囲に限定される場合もあれば、東南アジアを含む場合もある、というわけです。

 さらに同書は、歴史家たちが使う「東アジア」も、日本史・東洋史・考古学・美術史・思想史などを問わず、しばしば人ごと・テーマごと・時代ごとに伸縮して定まらない、どこか鵺のようなものだ、と指摘します。たとえば、内陸アジア地域・マンチュリア・モンゴリア・チベット・雲南・広西・ベトナム・タイ北部・ミャンマー北半などは、歴史上の「東アジア世界」を謳う日本の研究・著述・出版物では、たいていは「辺境」視されているのか、そもそもはじめから眼中にないのか、ともかくほとんど気にしていないかのようだ、と本書は疑問を呈します。それを学術研究としてあまりの質朴さのゆえとは、あえて言わないものの、いずれにしても、ようするにご都合主義か、あるいは無意識のうちの中華主義ではないか、と同書は指摘します。

 同書は、近年の日本人の歴史家による「東アジア論」について、おおむね日本列島の視線から朝鮮半島やユーラシア東部沿岸との接触・交渉・つながりを主要な対象とする「海の東アジア」であって、大陸の内側にほとんど入ろうとしていないことから、それが「東アジア世界」と言われることに疑問を呈しています。また同書は、前近代における海域交流の過大視は近現代史の逆投影になりかねない、と指摘します。歴史が人々の現代的な問題意識を反映するのは当然しても、それに常に自覚的でなければならない、と思います。私のような凡人にはなかなか難しいことではありますが。

 そのうえで同書は、歴史上、確かな事実として現在の日本・朝鮮半島・中華人民共和国の国域の総和に近いかたちで辛くも「東アジア」と言えそうになってくるのは、せいぜいダイチン・グルンが乾隆帝時代にジューンガル遊牧国家を滅ぼし、西方と南方に大きく領域拡大して、新疆・チベット・緬滇方面などを緩やかな間接統治下に入れてからなので、早くても1760年代以後、大局的にはロシアの海と陸での南下が目立ち始める18世紀末頃ではないか、との見通しを提示しています。

 同書は、「東アジア」の語はもともと輪郭のボンヤリしたイメージ語でしかなく、それは100年ほど前から基本的にはずっと変わらない、と指摘します。しょせんは近代における欧米目線の造語にすぎない、というわけです。「東アジアの漢字文化」とか「東アジアの考古世界」とかいっても、一見わかったような気分になるものの、実はよくよく考えるとどこか奇妙で、率直に言えば、東アジアというフワフワしたパッケージか看板をあらかじめ用意し、都合のよいものだけをそこに押し込み、それで何かを論じようとすること自体がかなりおかしいのではないか、と同書は疑問を呈します。

 さらに同書は、近年の政治家の言う「東アジア」や「東アジア共同体」は、ほとんどまやかしか耳にここちよい空疎なキャッチフレーズにすぎない、と指摘します。また本書は、よくもわるくも中国人はもともと「アジア」や「東アジア」といった語を好まないのであり、「アジア」が好きなのは日本だと指摘しています。同書のこの指摘に関しては、それを裏づけるような調査結果がある、と当ブログにて取り上げました(関連記事)。同書の「東アジア」に関する見解は、おおむね妥当なものだと思います。

 同書の指摘を踏まえたうえで上述の指摘について考えてみると、「東アジア」にモンゴルやチベットは当然含まれる、との前提があるように思えることは、やはり気になります。当然のことながら、現在は中華人民共和国の支配領域だからといって、それが歴史的にも一体の地域だったことを証明するわけではありません。前近代において、モンゴルやチベットが中華地域と「密接な関係」にあったことは確かでしょうが、それもただちに「一体の地域」だったことを証明するわけではありません。チベット語が中国語と比較的近縁な関係にあるとはいっても、文字体系は大きく異なり、仏教の教義にしても、チベットとチベットの影響を強く受けたモンゴルは、漢字仏教よりもインド仏教の影響の方が圧倒的に強い、と考えるのが妥当でしょう。「東アジア仏教」の解説にチベット仏教を含まないことは、私にはむしろ妥当な判断のように思えます。私は20年ほど前に東アジア世界論にはまり、十数年前に大きく考えを改めました。現在では、東アジア世界論にはまったことをたいへん反省しています。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 石井公成『東アジア仏教史』

    Excerpt:  岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2019年2月に刊行されました。率直に言って、本書は新書としてはかなり密度の濃い一冊になっており、一読しただけでは、概略を把握することも困難でした。もちろん.. Weblog: 雑記帳 racked: 2019-03-30 11:09