ヨーロッパ西部の後期ネアンデルタール人と初期現生人類の食性と移動性

 ヨーロッパ西部の後期ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と初期現生人類(Homo sapiens)の食性と移動性に関する研究(Wißing et al., 2019)が報道されました。4万年前頃のヨーロッパにおけるネアンデルタール人から現生人類への「交替劇」は、高い関心を集め続けてきた問題です。ネアンデルタール人の絶滅要因に関してはさまざまな仮説が提示されており(関連記事)、ネアンデルタール人の行動が現生人類よりも柔軟ではなかったから、との見解は有力説の一つと言えるでしょう。たとえば、ネアンデルタール人の食性の範囲は現生人類よりも狭く、現生人類はネアンデルタール人とは異なり水産資源を積極的に消費していた、というわけです。しかし、ネアンデルタール人と現生人類との食性の類似性を指摘する見解(関連記事)もあれば、気候変動にたいして現生人類よりもネアンデルタール人の方が食性の変化が大きかった、と指摘する見解(関連記事)もあります。

 本論文は、ネアンデルタール人と現生人類との食性を比較するこれまでの研究において、同じ遺跡の両者の遺骸が対象になっておらず、同位体データに基づく古環境の復元が欠けていることを指摘します。同じ生態系を対象としなければ、両者の食性の比較として適切ではない、というわけです。本論文は、ベルギーのゴイエット(Goyet)の「第三洞窟(Troisième caverne)」遺跡で発見されたネアンデルタール人と初期現生人類の遺骸の同位体を分析しています。上記報道によると、ゴイエットは後期ネアンデルタール人と初期現生人類の両方の遺骸が発見されているヨーロッパで唯一の遺跡です。本論文は、ベルギーのスピ(Spy)の洞窟遺跡のネアンデルタール人の同位体を分析するとともに、ベルギーのスクラディナ(Scladina)遺跡とドイツのオーリナシアン(Aurignacian)期のロメルスム(Lommersum)開地遺跡も対象として、これらの遺跡のヒトではない動物遺骸の同位体も分析しました。放射性炭素年代測定法によるホモ属遺骸の年代(非較正)は、スピ遺跡のネアンデルタール人が36300~31800年前頃、ゴイエット遺跡では、ネアンデルタール人が41200~36600年前頃、初期現生人類が30000年前頃と推定されています。

 同位体分析の結果、ゴイエットのネアンデルタール人と初期現生人類は類似しており、どちらも陸生草食動物を選好していた、と推測されています。初期現生人類の方がネアンデルタール人よりも食性の範囲が広いという証拠は得られなかった、というわけです。また、初期ネアンデルタール人が水産資源を食べていた証拠も得られませんでした。ゴイエット遺跡の同位体分析からは、当時のホモ属がマンモスを主要な狩猟対象にしていたことが示唆されます。さらに、マンモスでも若い個体と、おそらくはその母親がとくに狩猟対象とされていたのではないか、と推測されています。他地域の研究に基づくと、ネアンデルタール人であれ現生人類であれ、マンモスは50000~30000年前頃のフランス南西部からクリミア半島にかけてのホモ属の主要なタンパク源だったようです。スピ遺跡のネアンデルタール人も例外ではないのですが、植物からも一定以上のタンパク質を得ていた、と推測されています。後期ネアンデルタール人の食性は以前の推定よりもかなり幅広いものだったようです。同位体が分析されたベルギーのネアンデルタール人の標本は多いのですが、その食性の範囲がベルギーのゴイエット遺跡の初期現生人類よりも狭い、という証拠は得られませんでした。ただ本論文は、食性の相対的な比率がネアンデルタール人と初期現生人類とで同じだとしても、人口は初期現生人類の方が多かった(最大で10倍)と推測されているので、ヨーロッパのマンモスに対する捕食圧は現生人類の拡散により高まったのではないか、と推測しています。

 移動性に関しては、硫黄同位体データから推測できます。スピ遺跡のネアンデルタール人は、成人も子供スピ遺跡一帯の地域で生活していた、と推測されています。しかし、ゴイエット遺跡のネアンデルタール人は他地域起源と推測されました。その場所がどこなのか、既知のデータでは該当する地域が見当たらず、本論文は突き止められませんでした。ゴイエット遺跡のネアンデルタール人遺骸には、肉を取ったり砕いたりした痕跡が見られ、食人の証拠と解釈されています。一方、スピ遺跡のネアンデルタール人には食人の証拠が見られません。そのため、ゴイエット遺跡のネアンデルタール人は、他のネアンデルタール人もしくは未知のより古い初期現生人類に解体された、と考えられます。本論文は、ゴイエットのネアンデルタール人がどこか他の場所で殺され、遺骸がゴイエット遺跡に持ち込まれた可能性を指摘しています。ゴイエット遺跡のネアンデルタール人と同年代の現生人類遺跡はヨーロッパ西部で発見されていますが、ベルギーでは同じ年代の現生人類(の所産と思われる)遺跡はまだ確認されていない、と本論文は指摘します。現時点では、ゴイエット遺跡のネアンデルタール人は、他集団のネアンデルタール人に殺された可能性が高いように思います。

 初期現生人類の移動性に関しては、Q116-1とQ376-3というゴイエット遺跡の2個体の同位体が分析されました。Q376-3はゴイエット遺跡一帯で生活していたのにたいして、Q116-1は他地域での生活を示唆する同位体分析結果が得られ、それはゴイエット遺跡のネアンデルタール人の範囲内に収まりました。本論文は、確定できないと慎重な姿勢を示しつつも、ゴイエット遺跡の初期現生人類の個体の移動性がネアンデルタール人よりも広範だった可能性を提示しています。その場合、土地や資源の利用だけではなく、アイデアや人々も交換するような、ネアンデルタール人よりも多様で広範な地域間の交流が初期現生人類にはあり、それがヨーロッパの後期ネアンデルタール人にたいする初期現生人類の優位性になったかもしれない、と本論文は指摘します。本論文の用いた方法はたいへん興味深く、同様の方法でヨーロッパ、さらには世界全体の更新世人類の食性や移動性の研究が進展することを期待しています。


参考文献:
Wißing C et al.(2019): Stable isotopes reveal patterns of diet and mobility in the last Neandertals and first modern humans in Europe. Scientific Reports, 9, 4433.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-41033-3

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