『卑弥呼』第12話「四番目」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年3月20日号掲載分の感想です。前回は、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部(イノリベ)で祈祷女(イノリメ)見習いたちへの講義を担当しているイクメが、山杜(ヤマト)の警備兵にたいして、ヤノハこそ100年ぶりに顕れた日見子(ヒミコ)だ、と告げるところで終了しました。今回は、その数時間前の回想場面から始まります。ヤノハはイクメに、自分たちのいる筑紫島(ツクシノシマ)について教えを請うていました。イクメは、暈(クマ)を筆頭に、那(ナ)・壱岐(イキ)・伊都(イト)・末盧(マツラ)・穂波(ホミ)・都萬(トマ)といった諸国の漢字表記と位置をヤノハに教えます。

 ところが、ヤノハが住んでいた日向(ヒムカ)は空白でした。日向は、昔は肥沃な大国だったものの、その王は兄とともに一族を連れて姿を消し、今は誰の領土でもんない、とイクメは説明します。日向の王が一族を連れて消えた理由をヤノハに問われたイクメは、一度古老にその理由を尋ねたものの、何か重大な秘密があるらしく、教えてくれなかった、と答えます。山社(ヤマト)の場所をヤノハに問われたイクメは、今の山社は日向の奥にある、と答えます。つまり、山社は暈と接しているわけです。イクメによると、山社の警護を任されている父のミマト将軍は明るくて豪快な人物ではあるものの、信心深くはない、とのことです。ミマト将軍は戦人(イクサビト)だから戦が好きなのか、とヤノハに問われたイクメは、勇猛果敢と言われているが、戦が好きなのか分からない、と答えます。イクメによると、ミマト将軍はイクメが小さい頃、戦は無駄、早々に終わらない戦に勝ち負けはなく、全員敗者だ、と言っていたそうです。イクメは、父だけではなく、戦人が一番嫌うのは終わらない戦いだ、とヤノハに言います。

 ヤノハとイクメは山社に到着し、イクメは警備兵にヤノハを日見子(ヒミコ)さまと告げます。警備兵はミマト将軍に報告に行きます。門前払いか中に招き入れて処刑か、と尋ねてきたヤノハに対して、山社では殺生禁止なのでそれはない、とイクメは答えます。鞠智(ククチ)の里では、鞠智彦(ククチヒコ)が配下のウガヤと話をしていました。死中に生を求めるとはまさにヤノハのことだ、と鞠智彦は感心したように言います。これは確か大陸の名将の公孫瓚(ゴーンスンザン)の言葉だ、と鞠智彦はウガヤに説明します。日見子たるヤノハは山社に助けを求めて生き延びるのか、とウガヤに問われた鞠智彦は、なかなか良い思いつきだったが無理だろう、と答えます。ミマト将軍がどう判断するのか、ウガヤに尋ねられた鞠智彦ですが、予測はつかないようです。しかし、この事態に困惑している様子はなく、実に楽しそうに今後の展開を待っているようです。

 ヤノハとイクメは山社に入ることを許され、楼観にいましたが、1日経ってもミマト将軍とは会えずにいました。娘のイクメにも、ミマト将軍がいつ会ってくれるのか、予測がつきません。ヤノハはイクメに、山社で最高位の巫女が誰なのか、尋ねます。イクメによると、それはイスズで、暈の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメと同格であるものの、まだ若いので、ヒルメを姉のように慕っている、とのことです。仲間割れは無理か、とヤノハは呟きます。ミマト将軍は何をしているのか、とヤノハに問われたイクメは、この1日の間に使者が3人来たようだ、と答えます。最初はヒルメが、次は鞠智彦が、最後は暈の国のタケル王が使者を派遣してきており、3人の命令がすべて異なっていれば、父も悩むはずだ、とイクメは説明します。ヤノハは、どれも自分を殺せという命令のはずなのに悩むのか、と疑問を呈します。山社の将軍がイクメの父ということで期待したが、やはり戦乱の世は甘くないな、と呟きます。

 ミマト将軍は暈でどれほど偉いのか、とヤノハに問われたイクメは、四大将軍の1人なので、武人としては一番上だろう、と答えます。四大将軍のうち他の2人は那との戦場に赴き、もう1人はタケル王の都を守っている、とイクメから聞いたヤノハは、ミマト将軍は山社を任されたのだから、タケル王の覚えが一番めでたいのだろう、と言うヤノハに対して、イクメは疑問を呈します。山社は倭国で最も平和な地なので、将軍なのに戦のない場所に赴任させられた、というわけです。タケル王に遠ざけられているのか、とヤノハに問われたイクメは、四大将軍のなかで唯一の余所者だからだろう、と答えます。自分と父は、昔は筑紫の島で一番の大国で、吉の国と呼ばれていた吉野の里の出身だ、とイクメは打ち明けます。吉の国は長年の戦で滅び、小さな里になってしまい、今では誰も住んでおらず、里の人々は那の国か暈の国に移った、とイクメはヤノハに説明します。イクメの家は代々の長だったと父がよく言っていた、とイクメが寂しそうに呟くと、ミマト将軍が現れ、世が世なら、お前は倭最大の国の姫だぞ、と娘に大声で話しかけます。ミマト将軍はヤノハに、自分こそ天照大神の社を預かる将軍のミマトだ、と名乗ります。

 その頃、トンカラリンの洞窟では、鞠智彦の配下の者たちが、ヤノハを洞窟で殺しそこなったアカメがいないか、探していました。出口の近くでアカメを発見した一行は、アカメの死亡を確認します。手練れのアカメの首を絞めて殺すとは、日見子たるヤノハは志能備(シノビ)か戦女(イクサメ)なのか、と一行は考えますが、正体は分からず、ともかく殺人技に長けていることは確実だとして、鞠智彦に報告すべく、アカメの遺体を放置して帰還します。ところが、アカメは実は生きていました。心臓を止める術により死んだように見せかけていた、とのことですが、止血の応用により一時的に脈拍を止めていた、ということでしょうか。日見子を殺し損ねたうえに気絶させられたので、生きていれば頭領に殺される、とアカメは呟きます。アカメは、しばらく洞窟に潜み、その後に脱出するつもりだったところ、鞠智彦の配下が来たので死んだふりをした、ということでしょうか。

 楼観にてミマト将軍は、ヒルメ・鞠智彦・タケル王それぞれからの指示を伝えます。ヒルメは、ヤノハの神降りは真っ赤な嘘なので、ヤノハを即刻牢に入れるようにと、鞠智彦は、詮議のため鞠智の里にヤノハを連行するようにと、タケル王は、ヤノハの四肢を大小槌で砕き、鼻と耳を削ぐようにと、指示してきました。ミマト将軍は、どれも気は進まないが、いずれかを選ばねばならない、と困った様子です。娘のイクメは、自分にはどのような沙汰がくだったのか、父のミマト将軍に尋ねますが、百年ぶりに日見子が出現したかもしれない、という緊急事態に、ヒルメも鞠智彦もタケル王もイクメの処遇まで気が回らない様子で、イクメには何の沙汰もありませんでした。するとイクメは、自分にも日見子たるヤノハと同じ処置をくだすよう、父に用希求します。入牢しようと、鞠智の里に連行されようと、四肢を砕かれようともかまわない、というわけです。父のミマト将軍は困惑しますが、ヤノハはトンカラリンの儀式から生還した正真正銘の日見子だ、と父に力説します。すると沈黙していたヤノハが、四番目の選択肢を提案します。ミマト将軍は自分を日見子と呼んだので、ヒルメ・鞠智彦・タケル王だけではなく、自分の申し出も聞いてもらわねばならない、と言うヤノハにたいして、なかなか剛毅な人だ、と感心するようにミマト将軍は言います。ヤノハが四番目の提案を言おうとするところで、今回は終了です。


 今回も、密度が濃いというか情報量が多く、本作の世界観が明かされていき、たいへん楽しめました。アカメが生きていたことは意外でしたが、本人も言っていたように、日見子出現を阻止できなかった以上、鞠智彦配下の志能備(忍び)に戻るわけにはいきませんから、今後どう動いていくのか、楽しみです。鞠智彦の配下には戻れないということで、ヤノハが日見子(卑弥呼)として認められるようなら、ヤノハの配下となるつもりでしょうか。もちろん、ヤノハがアカメを信用するとは思えませんが、利害は一致していますし、アカメは優秀だと認識しているでしょうから、警戒しつつも配下とする可能性はあると思います。

 山社については、殺生禁止で、ヒルメと同格のイスズという巫女の長がいる、と明かされました。イスズはヒルメを慕っているので、ヤノハを日見子と認めることはなさそうです。次回以降、イスズも登場するでしょうが、どのような人物造形になるのか、楽しみです。前回までは名前しか語られていなかったミマト将軍は今回が初登場となりますが、鞠智彦のように、豪胆で優秀な武人のようです。ミマト将軍は娘のイクメを愛しているようですから、イクメが日見子と認めたヤノハにとって、心強い味方になるかもしれません。

 ミマト将軍とイクメは暈の出身ではなく、昔は筑紫の島で一番の大国だった、吉の国と呼ばれていた吉野の里の出身と明かされました。今回描かれた地図からも、現在の舞台が九州であることは確定的でしょう。「吉野の里」とは吉野ケ里遺跡のことだと思います。吉の国は長年の戦で滅んで小さな里になってしまい、今では誰も住んでおらず、里の人々は那の国か暈の国に移った、とされていますが、吉野ケ里遺跡は卑弥呼の頃にはもう衰退していた、と推測されていますから、それを踏まえた設定なのだと思います。考古学的知見も上手く物語に組み込まれている感じで、この点でも楽しめます。

 山社については、イクメが「いまの山社」と語っていることも注目されます。つまり、山社は移動することもあり得るわけで、山社と認定される条件が何なのか、また、日見子と自称するタケル王に対する諸国の反感もあることから、現在の山社を認めない人々もいるのではないか、といったことも気になります。これと関連して注目されるのは、日向の王が兄とともに一族を連れて姿を消した、というイクメの話です。第8話にて、その昔、日向の王族が船に乗って東征したものの、得られたのは東の果ての日下(ヒノモト)という小さな国のみだ、とタケル王が語っています。この時は、神武東征説話とともに、饒速日説話の可能性も考えましたが、日向の王が兄とともに東に向かったということは、神武東征説話の可能性が高そうです。

 山社が移動することもあり得るとすると、現時点での諸国の地理的関係からすると、邪馬台国は日向と設定されているようですが、その後、邪馬台国というか倭国の都が奈良県の纏向遺跡一帯に移る可能性もあるように思います。ヤノハが卑弥呼(日見子)になるとすると、ヤノハは倭迹迹日百襲姫命、ヤノハの弟(弟は死んだ、とヤノハは考えていますが)が『日本書紀』の孝元天皇(倭迹迹日百襲姫命との長幼順は不明なので、系譜上では兄か弟か不明ですが)で、ヤノハは箸墓古墳に葬られることになりそうです。そうだとすると、終盤には孝元天皇の孫である崇神天皇も登場するのでしょうか。また、日向の王族が東に向かった理由には重大な秘密があるようで、今後の展開に重要な意味を有するかもしれない、という意味でも注目されます。

 情報量が多くて楽しめた今回ですが、以前から気になっていたのは、ヤノハが出身地の日向や倭国全体をあまり知らないことです。ヤノハは、日向が現在では誰の領土でもないことや、山社が日向の奥にあることも知りませんでした。ヤノハは日の守(ヒノモリ)だった養母から色々と教えられていたようですが、教育の途中で賊に襲われて養母が殺されてしまった、ということでしょうか。あるいは、日向では確固とした政治体制が崩壊したことにより、「中央政界」に関する情報が伝わりにくくなっていたのかもしれません。

 今回は、鞠智彦が公孫瓚に言及したことも注目されます。邪馬台国と『三国志』は、第二次世界大戦後の日本社会においてとくに人気の高い歴史分野なのですが、邪馬台国論争はまさに三国時代のことで、邪馬台国は三国で最大の勢力を誇った魏と密接な関係を有していたというのに、一般の歴史愛好者層では両者が密接に関連しているという印象はあまりなく、それぞれ個別に盛り上がっている感があります。現代日本社会において『三国志』の時代の人物として、知名度という点では曹操や劉備や司馬懿や諸葛亮などと比較して大きく劣るだろう公孫瓚が言及されたくらいですから、今後もっと著名な人物が登場するかもしれません。まあ、公孫瓚とは別系統とはいえ、同じく公孫氏の遼東の一族を登場させる布石かもしれませんが。

 ともかく、『三国志』関連の物語の潜在的読者は多いでしょうから、『三国志』の時代との関連を強く打ち出して、何とか引き込めないものかな、と思います。読者が増えれば、それだけ長期連載になる可能性は高いでしょうから、期待しています。なお、現時点では207年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)頃だと推測されるので、公孫瓚はすでに袁紹との戦いに敗れて死亡していますが(袁紹もすでに死んでいますが)、鞠智彦は公孫瓚を名将と言っていますから、公孫瓚敗死の情報はまだ暈の国には届いていないのかもしれません。

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