デニソワ人のホモ属進化史における位置づけ

 種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の人類進化史における位置づけについて、2019年度アメリカ自然人類学会総会(関連記事)で報告されました(Stringer., 2019)。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P103)。デニソワ人は南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でのみ確認されているホモ属系統です(関連記事)。本報告が指摘するように、デニソワ人に関しては、形態学的情報がほとんどない一方で、遺伝学的情報は更新世の人類としては豊富なので、形態学的情報がそれなりにある一方で、遺伝学的情報が皆無の、他地域のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)でも現生人類(Homo sapiens)でもないホモ属と照合することができません。

 ネアンデルタール人とデニソワ人の推定分岐年代には諸説ありますが、381000年前頃との見解(関連記事)について本報告は、もっとさかのぼるかもしれない、と示唆します。それは、デニソワ人の歯は大きく、イベリア半島北部の43万年前頃の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)のホモ属遺骸群とは対照的に、ネアンデルタール人の派生的特徴を欠いているからです。つまり、ネアンデルタール人とデニソワ人の分岐は遅くとも43万年前頃より前になる、というわけです。

 デニソワ人が確認された当初から、中国の後期ホモ属遺骸の中にデニソワ人がいるのではないか、と推測されていました。陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡や遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)遺跡のホモ属遺骸は祖先的特徴をより多く示し、ネアンデルタール人の派生的特徴がSH集団より少ないからです。しかし、河北省張家口市の許家窯(Xujiayao)遺跡(関連記事)や広東省韶関市の馬壩(Maba)遺跡や台湾沖の澎湖(Penghu)遺跡(関連記事)や河南省許昌市(Xuchang)の霊井(Lingjing) 遺跡(関連記事)のホモ属遺骸からは、中国の後期ホモ属の多様性と複雑性が窺えます。中国の後期ホモ属は単系統ではなかった可能性が高そうです。

 デニソワ人の遺伝的影響は、現代人ではオセアニア地域において高いので、アジア南東部には後期デニソワ人のような集団が存在したのではないか、と推測されています。しかし本報告は、アジア南東部のどの化石がデニソワ人に相当するのか、まだ確実な推測からほど遠い状況であることを指摘しています。デニソワ人のホモ属進化史における位置づけをより明確にするには、やはり、デニソワ洞窟以外においてデニソワ人と分類されるホモ属遺骸を発見することが必要となります。デニソワ洞窟以外で、保存状態の良好な遺骸のDNA解析に成功してデニソワ人と区分できれば、デニソワ人の形態学的情報が飛躍的に増加するので、デニソワ人の分布範囲について今よりずっと明らかになるでしょう。


参考文献:
Stringer CB.(2019): Placing the Denisovans in human evolution. The 88th Annual Meeting of the AAPA.

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