現生人類と複数系統のデニソワ人との複雑な交雑(追記有)

 デニソワ人(Denisovan)と現生人類(Homo sapiens)との交雑に関する研究(Jacobs et al., 2019B)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文の概要は、すでに先月(2019年3月)7日~3月30日にかけて、アメリカ合衆国テキサス州オースティン市で開催された第88回アメリカ自然人類学会総会にて報告されていました(関連記事)。種区分未定のホモ属であるデニソワ人は南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でのみ確認されており、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や現生人類(Homo sapiens)との交雑が確認されているなど、遺伝学的情報は豊富に得られているものの、形態学的情報はほとんどありません(関連記事)。

 デニソワ人は、現代人ではオセアニア地域において他地域よりも遺伝的影響がずっと強く残っています。本論文の主要な調査対象地域でとくにデニソワ人の遺伝的影響が高いのは、アジア南東部の東部(おおむねワラセアと一致します)とニューギニア島です。本論文は、パプア人におけるデニソワ人の遺伝的影響を約4%と推定しています。しかし、これらの地域の更新世の古代DNA研究は困難なので、現代人のゲノム解析が重要となります。そこで本論文は、インドネシアとパプアニューギニアの島々の14集団から161人の、網羅率30倍以上となる高品質なゲノム配列を決定し、他地域の現代人およびデニソワ人のゲノム配列と比較しました。本論文はその結果、デニソワ人と現生人類との単一の交雑事象だけでは説明しにくい配列を見出し、デニソワ人系統における多様性および現生人類との複雑な交雑の可能性を提示しています。

 本論文は、デニソワ人をD0・D1・D2の3系統に区分しています。D0はすでに高品質なゲノム配列が得られているアルタイ地域のデニソワ人(関連記事)と最も近縁な系統です。まず、D2系統とD1およびD0の共通祖先系統が363000年前頃(12500世代前、95%の信頼性で377000~334000年前)に分岐し、その後でD1系統とD0系統が283000年前頃(9750世代前、95%の信頼性で297000~261000年前)に分岐した、本論文は推定しています。D0系統はその後、すでにゲノム配列が得られているアルタイ地域のデニソワ人系統と分岐した、と推定されています。

 本論文は、D2系統とD1およびD0の共通祖先系統の推定分岐年代が363000年前頃で、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の381000年前頃という推定分岐年代(関連記事)にたいへん近いので、D2系統をネアンデルタール人とデニソワ人の姉妹集団とみなすほうがよいかもしれない、と指摘しています。しかし、イベリア半島北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された43万年前頃のホモ属遺骸群は、核DNA解析ではデニソワ人よりもネアンデルタール人の方と近縁なので、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分岐は遅くとも43万年前頃より前と考えられます(関連記事)。じっさい、両系統の分岐年代は25660世代前(744000年前頃)との推定もあります(関連記事)。この記事では、本論文の見解と異なりますが、D2系統もデニソワ人系統として扱います。

 注目されるのは、これらデニソワ人系統の現代人への遺伝的影響の地理的分布です。D0系統はアジア東部とシベリアに、D2系統はオセアニアとそれよりも影響が低いものの南東部を中心にアジアの東部および南部に分布します。ところが、D1系統はニューギニア島とその近隣の島々にしか分布しません。パプア人には、デニソワ人でもD1・D2系統のみの遺伝的影響が見られるわけですが、さらにデニソワ人由来の個々のゲノム領域の長さから、パプア人の祖先とデニソワ人との交雑年代は、D2系統が45700年前頃(95%の信頼性で60700~31900年前)、D1系統が29800年前頃(95%の信頼性で50400~14400年前)と推定されています。つまり、デニソワ人は地球上で最後の古代型ホモ属(現生人類ではないホモ属)だったかもしれない、というわけです。これらの関係をまとめた本論文の図4を以下に掲載します。
図4

 本論文は、これらの交雑の推定年代と現代人における遺伝的影響の地理的分布から、D1系統がニューギニア島もしくはアジア南東部の東部に存在した、と推測しています。つまり、D1系統は渡海した可能性がある、というわけです。現生人類ではないホモ属の渡海は、フローレス島に100万年以上前から人類が存在し(関連記事)、ルソン島に70万年前頃に人類が存在したこと(関連記事)を想起すると、あり得ると言えるでしょう。本論文は、デニソワ人の地理的範囲はユーラシア大陸の草原地帯から熱帯島嶼部まで多様で、海のような地理的障壁が、各系統の長期の生殖隔離を固定したのではないか、と推測しています。また、デニソワ人から現生人類への遺伝的影響としては、平滑筋細胞の増殖・免疫・脂肪生成などが指摘されています。

 デニソワ人と現生人類との交雑の様相は複雑だとする見解は、近年になって増えてきたように思います。たとえば、デニソワ人と現生人類との複数回の交雑を想定する見解や(関連記事)、ネアンデルタール人とデニソワ人の混合集団もしくはデニソワ人と近縁な系統が現生人類と交雑したとする見解や(関連記事)、ネアンデルタール人およびデニソワ人と等距離の遺伝的関係にある系統が現生人類と交雑したとする見解(関連記事)などです。おそらく、本論文が主要な調査対象とした地域をはじめとして、古代DNA研究に適さない地域が広範に存在するため、後期ホモ属間の交雑で見落とされているものが多く、またより詳細な解明が阻まれているのでしょう。

 その意味で、現時点では後期ホモ属間の交雑に関する解釈は難しく、じっさい、この研究に関わっていないクーパー(Alan Cooper)氏は本論文の見解に否定的です。パプア人が30000年前頃以降にデニソワ人から高い遺伝的影響を有したのだとしたら、更新世の寒冷期にはオーストラリア大陸とニューギニア島は陸続き(サフルランド)だったわけで、なぜオーストラリア先住民にもデニソワ人からの(他地域集団と比較して)高い遺伝的影響が残っているのか、というわけです。クーパー氏は、スンダランドでのデニソワ人と現生人類との交雑を提案しますが、本論文の著書の一人であるコックス(Murray P. Cox)氏は、D1とD2がともにアジア大陸に存在したのなら、長期にわたって混合しなかったことを説明できない、と反論しています。クーパー氏の指摘は、オーストラリア先住民がじゅうぶんな調査対象になっていない、という本論文の弱点とも関わっていくるのでしょうが、こうした問題も、急速に発展しているゲノム研究が解決していくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Jacobs GS. et al.(2019B): Multiple Deeply Divergent Denisovan Ancestries in Papuans. Cell, 177, 4, 1010–1021.E32.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2019.02.035


追記(2019年4月15日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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この記事へのコメント

kurozee
2019年04月27日 17:50
デニソワ人だけでなく、ゴースト集団を含む古代型ホモ族と現生人類との交雑や移動の推測がますます複雑になり、さらに諸説が入り乱れて、いま私の頭の中では明快に整理がつかない状態です。
「交雑する人類」が中~西ユーラシアの分かりやすい現代人形成史を提示したように、東ユーラシア(およびスンダランド、オーストラリア)の現代人形成の経緯が解明される日を心待ちにしています。(私が生きているうちには無理かな・・)
2019年04月28日 09:48
正直なところ、私も古代DNA研究の進展に追いついていけておらず、的確に把握できているのか、まったく自信はありません。ユーラシア東部での古代DNA研究の進展は私も期待しているのですが、意外と早く現在のユーラシア西部並に詳細に分かるようになるのではないか、とも予想しています。もっとも、その頃には、ユーラシア西部の状況はさらに詳細に解明されているのでしょうけど。

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