中国における朝鮮人女性性奴隷疑惑

 中華人民共和国において朝鮮民主主義人民共和国の女性数千人が性労働者として強制的に働かされている、との報告書の公表について報道されました。ロンドンに本部のあるコリア・フューチャー・イニシアティヴという人権団体が調査したそうです。もちろん、これがどこまで正確な調査なのか、という問題はありますし、謀略を主張する人は日本でもいるでしょうが、現在の中華人民共和国と朝鮮民主主義人民共和国の大きな経済格差と陸続きであるという地理的関係から、おおむね事実である可能性が高いだろう、と私は判断しています。

 そもそも、政治的に朝鮮民主主義人民共和国は中華人民共和国にとって「唯一の同盟国」とさえ言えるのに、中華人民共和国における朝鮮民主主義人民共和国への好感度は周辺8ヶ国で最低であることから窺えるように(関連記事)、中華人民共和国の国民の朝鮮民主主義人民共和国への視線には厳しいものがあり、そこには多分に蔑視も含まれている可能性が高いと思います。また、両国の政府同士も相互にかなり根強い不信感を抱いているのでしょうが、現状ではお互いに相手と友好関係を演出した方がよい、と考えているのだと思います。まあ、国家間の関係はそんなものと言えるかもしれませんが。上記報道を読むと、大韓民国の企業が「お得意様」であるかのような印象を受けますが、これは言語の問題が大きいのでしょう。もっとも、調査対象の女性たちの多くは12~29歳で、外国人労働者の多い地域にある売春宿で働かされていたとのことですから、多くの国の男性が関わっているのでしょう。

 これは深刻な人権問題ですが、現代日本社会にとって、とても他人事でありません。私は、1980年代と比較して日本社会の人権状況が悪化した、とはまったく考えておらず、基本的には改善されてきた、と認識していますが、ヨーロッパ北部および西部諸国との差は1980年代よりも現代の方が大きくなっている、と言える可能性は高いように思います。近代の基本的な価値観を提示したのはヨーロッパであり、今でも日本社会にとって模範とすべきはヨーロッパ、とくに北部と西部だと考えています。もちろん、ヨーロッパを理想化するのではなく、その先進性の影の部分も把握し、取捨選択して日本に合った社会設計を進めなければなりませんが。

 なお、「伝統的思想」に新たな社会への規範を目指そうという動きもあるでしょうが、かなり疑問です。たとえば、新儒家と「ポリコレ」との調和に期待するかのような言説をネットで見かけたこともありますが、率直に言って、中国の伝統思想には近代の要素が何でもある、と主張し、桑原隲蔵に批判された近代初期の中国の一部知識層と本質的には変わらないのではないか、と思います。現代日本社会にとって、もはや保守すべきは「ヨーロッパ近代」ではないか、と私は考えています。私は安定した社会に高い価値を認めているので、つい抑圧的・強権的な統治にも惹かれてしまいますが、やはり自由なども含めて人権の前に超えてはならない一線はある、と思います。「効率的な」治安維持や経済発展のための人権抑圧にたいして感受性が鈍くなってしまえば、やがて取り返しのつかない社会になってしまうでしょう。日本は、そうした方向とは明確に一線を画すべきだと思います。

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