大木毅『「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨』

 角川新書の一冊として、KADOKAWAから2019年3月に刊行されました。ロンメルについて、近年の研究動向を踏まえた伝記を読みたいというよりも、そもそもロンメルについて基礎的な知識も怪しいので、一から知りたい、という目的で本書を読みました。じっさい私は、ロンメルについての初歩的な知識も欠けており、第二次世界大戦後に西ドイツでシュトゥットガルト市長(この都市名も本書を読むまで忘れていたのですが)を務めた息子の他に、娘がいたことを知りませんでした。しかも、ロンメルはその娘の母親とは結婚しなかったというか、後に妻となる女性との遠距離交際中にも関わらず、娘の母親となる女性と関係を持って、子供を儲けていました。正直なところ、ロンメルについて漠然と高潔な人格を想像していた私にとって、軍人としての失敗・欠点の指摘よりも、こちらの私生活の醜聞めいた話の方がずっと衝撃的でした。

 ただ本書は、暴露本的な関心からこの醜聞を取り上げたわけではありません。本書が強調するのは、ロンメルは「アウトサイダー」だった、ということです。貴族ではなく、それどころかプロイセン出身でも高級官僚や大学教授などのような「将校適性階級」でもなく中産階級出身だったロンメルは、陸軍幼年学校・士官学校・陸軍大学にも行っておらず、軍での実績を強調せねば、昇進できないどころか退役せざるを得ないような傍流にいた、と本書は強調します。ロンメルには過剰な功名心があるとか、自己顕示欲が過大とかいった悪評があるのですが、これは単にロンメルの個性に帰せられる問題ではなく、ドイツ軍では「アウトサイダー」だった立場によるところが大きい、と本書は指摘します。ロンメルの倫理的に問題のある女性関係も、厳しい性的規範が叩き込まれた貴族や「将校適性階級」では考えにくく、やや開放的な中産階級出身だったからではないか、と本書は推測します。

 軍人としてのロンメルは、初の実戦となった第一次世界大戦で功績を挙げていきますが、この時すでに、過剰な功名心など第二次世界大戦でも見られる欠陥を露呈しています。それでも、勇敢に戦い、はったりを使って敵を翻弄するロンメルは功績を挙げていき、軍同僚・上層部の評価と信頼を高めていきます。ドイツは第一次世界大戦で敗北し、軍部も大幅に縮小されましたが、第一次世界大戦とその直後の治安活動での功績が認められたのか、ロンメルは軍部に残れることになりました。ロンメルはヴァイマル期には不遇でしたが、これはベルサイユ条約で厳しい制約を課された当時のドイツ陸軍では仕方のないことでした。

 それだけに、軍備復興・拡張を掲げたナチス政権に対しては当初、少なくとも敵対的ではなかっただろう、と本書は推測しています。ナチス政権期にロンメルは、次第にヒトラーとの関係を深めていき、ヒトラーに心酔していくようになります。これは、ヒトラーがロンメルの著書『歩兵は攻撃する』やロンメルの護衛行動を高く評価したこともありますが、ドイツ陸軍本流との関係が悪かったヒトラーにとって、傍流のロンメルは好ましく見えた、ということもあったようです。ロンメルは第二次世界大戦初期でも勇猛な指揮で功績を挙げましたが、その長所が問題なく発揮されたのは師団長までだった、と本書は評価しています。本書はその一因として、ロンメルが高級指揮官の教育を受けなかったことを挙げています。つまり、ロンメルには大局的な戦略観が欠けていた、というわけです。また本書は、ロンメルが上述した過剰な功名心と自己顕示欲のためイギリス軍を過大評価し、これがダンケルクの停止命令に影響を及ぼした可能性も指摘しています。

 こうしたロンメルの長所と欠点はアフリカ戦線でもよく現れました。その勇猛果敢な姿勢はアフリカ戦線においてヒトラーをはじめとしてドイツ軍上層部の予想以上の戦果をもたらしましたが、一方で人的犠牲も多く、ロンメルは国民的英雄となったものの、ロンメルに否定的な評価もドイツ軍内部では根強く存在し続けました。上述したように、ロンメルはヒトラーに引き立てられて元帥まで昇進し、当初はロンメルもヒトラーに心酔していました。しかし、アフリカ戦線でドイツ軍が劣勢に陥っても、現状を無視して退却を認めず、死守命令を出すヒトラーに、ロンメルは不信感を抱くようになり、ノルマンディー上陸作戦以降、それは決定的となります。1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件へのロンメルの関与については議論がありましたが、本書は、新たに紹介された軍高官の証言などから、ロンメルはヒトラー暗殺計画を知っており、それを支持していた、との見解に妥当性を認めています。本書は新書という制約の中で、ロンメルの生涯を過不足なく取り上げているように思います。本書は日本語で読めるロンメル伝として長く定番となるでしょう。

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