高橋啓一「中国東北部~北部におけるマンモス-ケサイ動物群と北方系細石刃石器群」

 本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究A02「ホモ・サピエンスのアジア定着期における行動様式の解明」の2018年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 20)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P30-34)。この他にも興味深そうな報告があるので、今後読んでいくつもりです。本論文はマンモス‐ケサイ動物群(Mammuthus - Coelodonta fauna)に関して、まず以下のように説明します。

 マンモス‐ケサイ動物群は、中期~後期更新世にユーラシア大陸北部~北アメリカ大陸中部にかけて広がったマンモスゾウを中心とする寒冷~冷涼な気候に適応した哺乳動物群で、マンモス動物群(Mammoth fauna)と呼ばれることも一般的です。北アメリカ大陸においては、この動物群の要素の中にケサイは存在しません。マンモス‐ケサイ動物群がユーラシア大陸北部の広大な地域に分布を拡大した4万~3万年前頃、その分布の中心部における構成種は、マンモスゾウ(Mammuthus primigenius)、ケサイ(Coelodonta antiquitatis)、トナカイ(Ragifer tarandus)、バイソン(Bisonpriscus)、ノウマ (Equus przewalskyi)、サイガ(Saiga tatarica)、ホッキョクギツネ(Vulpes lagopus)、ホラアナハイエナ(Crocuta crocuta spelaea)、ホラアナグマ(Ursus spelaeus)、ステップナキウサギ(Ochotona pusilla)、ホッキョクウサギ(Lepus arcticus)、レミング類、ハタネズミ類などの草原棲の動物たちでした。

 本論文は、マンモス‐ケサイ動物群の分布の中心部に、温帯性や森林性の動物が見られないことを特徴として挙げています。ただ、マンモス‐ケサイ動物群の分布の南縁部には温帯地域の動物たちが含まれていたり、山地が近い場所にはやや高い標高に生息する動物たちが混じっていたりもした、と指摘されています。こうしたマンモス‐ケサイ動物群は、地球規模の気候変動やそれに伴う植生の変化に伴って、分布範囲を南北に移動していきました。マンモス‐ケサイ動物群の中心とも言えるマンモスゾウは、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3後半期に、最も南方へと拡大しました。ユーラシア東部では中国山東省済南市において較正年代で37500年前頃の遺骸が、ユーラシア西部ではスペインのグラナダ市において較正年代で40400~30600年前頃、イタリア北部のポーバレーにおいて較正年代で47500~39700年前頃となる遺骸が発見されています。北アメリカ大陸では中部にまでマンモスゾウが南下しましたが、その南限地の年代はよく分かっておらず、それよりも北に位置するサウスダコタ州ホットスプリングにおいて、較正年代で30900~29900年前頃の遺骸が発見されています。本論文は、ユーラシア大陸でも北アメリカ大陸でも、マンモスゾウの南限はおよそ北緯36~37度で、ダンスガード・オシュガーサイクルと呼ばれている気候の寒暖が繰り返された時期になる、と指摘しています。

 中国北部~東北部のマンモス‐ケサイ動物群については、マンモスゾウやケサイやトナカイなどの典型的なマンモス‐ケサイ動物群の他に、温帯性のオオツノジカ(Megaceros ordosianus)やスイギュウ(Bubalus wansjocki)やイノシシ(Sus scrofa)やトラ(Panthera tigris)と、乾燥地帯のラクダ(Camelus knoblochi)などの遺骸も発見されており、典型的な北方のマンモス‐ ケサイ動物群の構成種とはやや異なっている、と指摘されています。ただ、これらの様々な種類の動物たちが同じ時代に属するのか、それとも厳密には若干異なる時代に生息していたのか、との問題については、個々の標本の年代測定が必要となるものの、そうした研究はまだ行なわれていないので、現時点では結論を出せない、と本論文は慎重な姿勢を示します。中国の北方地域に温帯の動物相が混在する原因については、度重なる気候の寒暖の変化により温帯の動物相が北方にまで分布を拡大したことや、こうした動物には熱帯だけに生息するような本当に暖かい気候を好む種は含まれていないことなどが指摘されています。これらの動物群の年代は4万~1万年前頃とされていますが、1990年以前に測定されたものも多く、33800±1700年前という以前の推定年代が、新たな測定では43500 + 998 / -888年前とかなり古くなることもあり、今後の研究の進展を俟つ必要がありそうです。ただ、MIS3~2の中国東北部が、動物地理的には寒冷な動物相と温暖な動物相の境界域だったことは確かだろう、と指摘されています。

 更新世の動物群と石器との関連については、中国東北部と華北では、較正年代で27000~17000年前頃となる、最終氷期極大期(LGM)へと寒冷化する気候の中で、マンモス-ケサイ動物群がシベリアから南下するのに伴って、周辺調整横-斜刃型彫器と楔型細石刃石核を持つ北方系細石刃石器群も中国北東部に南下し、較正年代で17000~9000年前頃には、華北でもこうした技術が見られるようになる、と指摘されています。上述のように、中国山東省済南市において較正年代で37500年前頃のマンモスゾウ遺骸が発見されていることから、当時すでにマンモスーケサイ動物群は華北にまで南下していた、と考えられます。つまり、中国東北部や華北地域には、北方系細石刃石器群よりも、マンモスーケサイ動物群が先に南下しただろう、というわけです。一方、中国東北部と華北地域の北方系細石刃石器群の分布範囲や南限は、マンモスーケサイ動物群の主要な構成種の分布範囲や南限とよく一致しているので、この石器技術は中国東北部と華北地域の植生や動物群に関連している、と指摘されています。


参考文献:
高橋啓一(2019)「中国東北部~北部におけるマンモス-ケサイ動物群と北方系細石刃石器群」『パレオアジア文化史学:ホモ・サピエンスのアジア定着期における行動様式の解明2018年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 20)』P30-34

山極寿一、小原克博『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』

 平凡社新書の一冊として平凡社より2019年5月に刊行されました。補論を除いて対談形式になっています。第1章では、宗教の起源として共存のための倫理が挙げられており、この点に関して、(人間を除く)動物と人間との間の連続性が指摘されています。宗教を人間と動物の決定的な違いとするヨーロッパ世界で根強い観念が、一定以上相対化されています。ただ、人類の出アフリカは未知の環境への拡散との見解については、初期人類というか非現生人類の出アフリカはアフリカと同じような環境への拡散だった、との見解も提示されているので(関連記事)、議論のあるところだとは思います。

 第2章では、人類史における暴力は一定以上進化的産物であるものの(関連記事)、暴力行使の頻度が上昇した要因として、一定以上の規模の集団を維持するのに必要な「共感能力」の「暴発」と、未来投資型の生業である農耕の始まりにより土地への執着が強くなったからではないか、と指摘されています。人類史における暴力行使頻度の変化については、本書の見解を直ちに全面的に受け入れるのではなく、今後も調べていくつもりです。大規模な集団の維持に宗教が大きな役割を果たし、個人を抑圧するような側面もあったものの、仏教・キリスト教・イスラム教といった「世界宗教」は当初、既存の秩序を破壊するような役割も担った、とも指摘されています。急速に大規模化した集団に、現代人の制度や社会性や心は追いついていない、と指摘されています。

 第3章では、日本人は欧米と一まとめにしがちですが、キリスト教の有り様にしても、両者には大きな違いがある、と指摘されています。アメリカ合衆国ではキリスト教が資本主義化している、というわけです。また、近代において宗教にとって代わったヒューマニズムが、あまりにも個としての人間に集中していることが懸念されています。

 第4章では、霊長類は元々とくに視覚が発達しているものの、現代社会はあまりにも視覚に依存している、と懸念されています。もっと他の感覚も活用すべきだ、というわけですが、多くの宗教では身体作法が重視されてきた、とも指摘されています。近代に多くの地域で宗教の地位が大きく低下したことは否定できないでしょうが、こうしたところに宗教の叡智が感じられます。現代人は情報に使われている側面が多分にある、との指摘はもっともで、私も反省すべき点が多々あります。

 第5章では、個人主義が行きすぎ、個人が孤立しがちな現代社会において、集団・共同体を再建する核として、大学の役割が強調されています。大学は、もっと開かれて多様な人々が多様な方法で学べる場になるべきではないか、と提言されています。

 補論では、絵画などネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の象徴的思考の痕跡はほとんどなく、現生人類(Homo sapiens)との大きな違いと指摘されています。しかし、この根拠となる比較が適切なのか、疑問が残ります。現時点での証拠からは、ネアンデルタール人の絶滅もしくは衰退後まで、両者の間で象徴的思考の痕跡に決定的な違いがあるのか、確定的とは言えなさそうだからです(関連記事)。ゴリラやチンパンジーでは、一度集団を離れた個体が元の集団に戻ることはないのに対して、人間はある程度会わなくても仲間意識が持続するようになり、集団を離れた個体が元の集団に戻ることも可能になった、と本書は指摘します。本書はここに、人間とゴリラやチンパンジーとの大きな違いを見いだしています。本書はまた、言葉が身体を離れてしまい、人間がロゴスに依存して大きく身体性を損なってしまったことに、現代の社会問題の根底的要因を見いだしています。


参考文献:
山極寿一、小原克博(2019)『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』(平凡社)