本郷恵子『院政 天皇と上皇の日本史』

 講談社現代新書の一冊として、講談社より2019年5月に刊行されました。本書は古代と近世にも言及しつつ、おもに中世を対象として、院政がどのように確立し、変容していったのか、解説しています。本書は、院政の前提というか院政との類似として、藤原道長の権力掌握の在り様を挙げています。公職を退いた道長は「大殿」として権勢をふるいますが、これは公式の役職と権力の所在とが分離する先例になり、この後の院政とも通ずる、というわけです。こうした見解はすでに一般向けにも提示されており(関連記事)、現在では有力な見解かもしれません。

 本書が画期としているのは、白河院ではなく後三条天皇(関連記事)の治世です。本書は、後三条を院政の開始者と明言できないものの、明らかに中世の扉を開いた人物だった、と評価しています。それは第一に、摂関家の血統からの脱却と父権による後継者選定です。第二に、荘園整理により、荘園公領制と呼ばれる中世の土地制度・生産体制および中世的文書主義成立の流れを作ったことです。第三に、宣旨升の制定や一国平均役の開始など、公家政権の全国支配のための統一的基準や税制を設定したことです。本書はこれを、天皇家・貴族社会の再編および支配の分裂や利権化に向かう流れと、それを補填する統一性や合意・共感の創出とまとめています。中世社会はこうした道筋に沿って展開し、当初はその劇的な進行を院が主導した、というわけです。

 本書は、院政が白河のような強烈な個性の主宰者による属人的な政治から、体制として確立していく過程を、おもに人事と土地制度の観点から解説します。院政が展開していく過程で重要となるのが武士というか武力で、保元の乱・平治の乱・承久の乱を経て、天皇・上皇に対する武家政権の優位が確立します。この傾向は南北朝時代にさらに強くなるわけですが、本書は、皇を濫用することに躊躇しなかった後醍醐天皇こそ、天皇の権威を決定的に下落させた、と評価しています。本書はこの他に、院政期における似絵の出現から個人の容貌への興味が強くなった可能性を提示していることなど、幅広く院政の特徴を提示しているように思います。

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