臼歯の歯根数から推測されるアジア東部での現生人類とデニソワ人の交雑

 下顎大臼歯の歯根数から、アジア東部における現生人類(Homo sapiens)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との交雑の可能性を指摘した研究(Bailey et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で、16万年以上前と推定されるホモ属の右側下顎骨が発見され、タンパク質の総体(プロテオーム)の解析の結果、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)と分類されました(関連記事)。

 この夏河下顎骨の大臼歯には3根が見られます。ホモ属の下顎大臼歯における歯根数は2本である場合が多く、1本もしくは3本かそれ以上の場合もあります。最近の現生人類(Homo sapiens)では、第三の歯根は通常、下顎第一大臼歯に発生しますが、下顎第二および第三大臼歯に発生する場合もあります。臼歯の第三の歯根は、片側もしくは両方に出現します。双子の研究から、これは遺伝性と考えられています。広範な臨床および生物考古学的研究から、アジアとアメリカ大陸以外では、下顎大臼歯の3根(3RM)は3.4%以下と稀ですが、アジア東部集団およびアメリカ大陸先住民集団では40%を超えるかもしれません。これは、アジア東部系集団がアメリカ大陸先住民の主要な祖先集団だった、との以前からの見解(関連記事)を裏づけます。

 現代のアジア東部集団およびその近縁のアメリカ大陸先住民集団では、3RMは高頻度で見られますが、アジア東部では、中華人民共和国広西チワン族自治区(Guangxi Zhuang Autonomous Region)田東県(Tiandong County)林逢鎮(Linfeng Town)の独山洞窟(Dushan Cave)で発見された、15850~12765年前頃と推定されている初期現生人類(関連記事)にもホモ・エレクトス(Homo erectus)にも、またアフリカの初期現生人類にも、3RMは見られません。ただ、北京市房山区の周口店(Zhoukoudian)で発見されたエレクトス化石(いわゆる北京原人)が、日中戦争の激化の中で失われてしまったため、これは断定的な見解ではない、と本論文は注意を喚起しています。近年まで3RMの最古の例は、フィリピンで発見された47500~9000年前頃の現生人類下顎骨でした。この現生人類遺骸では、下顎の両側で3RMが見られます。そうしたことから最近まで、アジア東部集団およびアメリカ大陸先住民集団における3RMの高頻度は、現生人類がユーラシアへと拡散した後に獲得された、と考えられていました。

 しかし近年、ずっと古い下顎大臼歯の3根が報告されました。一つは、上述のチベット高原東部で発見された16万年以上前と推定されている夏河下顎骨です。もう一つは、台湾沖で発見された澎湖1(Penghu 1)下顎骨です(関連記事)。澎湖1の年代は曖昧で19万~13万年前頃または7万~1万年前頃と推定されています。澎湖1の下顎は、頤のないことや厚いことなど「古代的」特徴を保持しており、その巨大な大臼歯の歯冠は、デニソワ人のそれとサイズが類似しています。夏河下顎骨と同様に、こうした巨大な大臼歯は、第三大臼歯の欠如と結びついています。こうした理由から、澎湖1とデニソワ人との近縁性が指摘されています。夏河下顎骨と澎湖1下顎骨は、アジア東部において現生人類が拡散してくる前に、下顎大臼歯の3根が存在したことを示します。

 夏河下顎骨と澎湖1下顎骨から、3RMの起源はアジア東部で、現生人類ではない系統の人類で進化した可能性が高い、と考えられます。本論文はさらに、3RMがより「古代型」の人類で発見されるまでは、これがすでに多くの研究で示されている(関連記事)デニソワ人との遺伝子流動を通じて現生人類にもたらされたと理解すべきだ、と主張します。アジア東部では、ネパールでも3RMが25%ほど見られます。デニソワ人から現生人類への遺伝子流動では、高地適応関連遺伝子も指摘されていますが(関連記事)、アジア東部における3RMの高頻度は、咀嚼負荷と関連した正の選択かもしれない、と本論文は推測しています。

 一方、アジア東部系集団よりもデニソワ人の遺伝的影響の強いオーストラリア先住民集団およびニューギニア集団では、3RMの頻度が低く、咀嚼頑丈性もより弱くなっています。ただ、本論文は代替的仮説も提示しています。3RMの頻度は、他の特徴における選択の結果である間接的影響を反映しているかもしれない、というわけです。たとえば、アジア北部および東部集団とアメリカ大陸先住民集団における高頻度のシャベル状切歯は、エクトジスプラシンA受容体(EDAR)遺伝子の多様体「EDAR V370A」と関連していますが、この多様体は汗腺密度や乳腺管分岐にも関与しており、それが寒冷地において適応的だったのではないか、と推測されています(関連記事)。シャベル状切歯自体はとくに適応度を高めたわけではなく、シャベル状切歯関連遺伝子が関与する別の表現型が強い選択を受けた結果、シャベル状切歯が高頻度で定着し、3RMの高頻度も同様かもしれない、というわけです。この問題の解決には、3RMの遺伝的基盤と、それが他の表現型にも関連しているのか、解明する必要があります。

 本論文は、3RMは現生人類拡散前のアジア東部にいて派生した特徴であり、デニソワ人へと確実にたどれる、と主張します。現代人における祖先的形質を古代型ホモ属との交雑で説明する見解は、アジア東部では上述の独山洞窟人や、北京の南西56kmにある田园洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の人類遺骸(関連記事)などで提示されています。本論文は、3RM以外にも、交雑を通じて古代型ホモ属から現生人類へと継承された特徴がある可能性を指摘します。本論文は、かつて、アジア東部におけるエレクトスから現生人類への連続性を示すために挙げられた、現代アジア東部集団における「古代的特徴」は、デニソワ人との交雑によりもたらされたのかもしれない、と推測しています。アジア東部の更新世の人類遺骸は少なく、DNA解析もユーラシア西部と比較して遅れていますが、それだけ研究の進展の余地があるとも言えるわけで、本論文の見解がどこまで証明され、また修正されるのか、注目されます。


参考文献:
Bailey SE, Hublin JJ, and Antón SC.(2019): Rare dental trait provides morphological evidence of archaic introgression in Asian fossil record. PNAS.
https://doi.org/10.1073/pnas.1907557116

暴力的犯罪を抑止しない懲役刑

 懲役刑と暴力的犯罪の抑止に関する研究(Harding et al., 2019)が公表されました。刑事上の有罪判決後に収監を行なう一般的な動機は、懲役刑が将来の暴力的犯罪を抑止するだろう、という考えにあります。理論上、未来の暴力的犯罪の抑止は、犯罪行動の機会を奪ったり、更正の機会を提供したり、将来の犯罪への関与を阻止したりすることで達成されるとされています。しかし、そうした目的を達成するための収監の有効性、とくに収監にかかる高い社会的・財政的コストに関しては活発に議論されてきました。

 この研究は、アメリカ合衆国ミシガン州において、実刑判決を受けた個人と保護観察の判決を受けた個人の暴力的犯罪の発生率を比較した。この研究は、収監か保護観察のどちらかの判決になる可能性のある犯罪の被告人を判事に無作為に割り当てた、10万以上の重罪判決のデータを分析しました。その結果、収監期間の行動制限の影響を考慮すると、懲役刑に服することが、判決後5年間の暴力的犯罪による再逮捕あるいは起訴の可能性をわずかに減少させることと相関している、と見いだされました。しかし、この研究は、保護観察の判決を受けた個人と比べると、収監判決を受けたことが、釈放後の暴力的犯罪による逮捕や起訴に大きく影響しなかったことも見いだしています。懲役刑は、収監中は犯罪の発生を防ぐことができるものの、釈放後の将来の犯罪には影響しない可能性が高い、とこの研究は結論づけています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


懲役刑は暴力的犯罪を抑止しない

 実刑判決は将来の暴力的犯罪の発生率をそれほど低下させないことを明らかにした論文が、今週掲載される。

 刑事上の有罪判決後に収監を行う一般的な動機は、懲役刑が将来の暴力的犯罪を抑止するだろうという考えにある。理論上、未来の暴力的犯罪の抑止は、犯罪行動の機会を奪ったり、更正の機会を提供したり、将来の犯罪への関与を阻止したりすることで達成されるとされる。しかし、そうした目的を達成するための収監の有効性、特に収監にかかる高い社会的・財政的コストに関しては活発な議論が行われてきた。

 今回David Hardingたちの研究グループは、米国ミシガン州において、実刑判決を受けた個人と保護観察の判決を受けた個人の暴力的犯罪の発生率を比較した。著者たちは、収監か保護観察のどちらかの判決になる可能性のある犯罪の被告人を判事に無作為に割り当てた、10万以上の重罪判決のデータを分析した。その結果、収監期間の行動制限の影響を考慮すると、懲役刑に服することが、判決後5年間の暴力的犯罪による再逮捕あるいは起訴の可能性をわずかに減少させることと相関しているのが見いだされた。しかし、Hardingたちは、保護観察の判決を受けた個人と比べると、収監判決を受けたことが、釈放後の暴力的犯罪による逮捕や起訴に大きく影響しなかったことも見いだしている。

 懲役刑は、収監中は犯罪の発生を防ぐことができるが、釈放後の将来の犯罪には影響しない可能性が高いと、Hardingたちは結論付けている。



参考文献:
Harding DJ. et al.(2018): A natural experiment study of the effects of imprisonment on violence in the community. Nature Human Behaviour, 3, 7, 671–677.
https://doi.org/10.1038/s41562-019-0604-8