フロレシエンシスの脳および身体サイズの進化

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の脳および身体サイズの進化に関する研究(Diniz-Filho, and Raia., 2017)が公表されました。フロレシエンシスは、インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟で発見された小柄なホモ属集団で(関連記事)、その石器と人類遺骸から、リアンブア洞窟には19万~5万年前頃まで存在した(下限年代は、フロレシエンシスの遺骸が6万年前頃、フロレシエンシスの所産と考えられる石器が5万年前頃)、と推測されています(関連記事)。その後、フローレス島中央のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡で、フロレシエンシスと類似した70万年前頃の人類遺骸が発見されています(関連記事)。

 フロレシエンシスは身体および脳サイズがホモ属としてはたいへん小さく、発見当初より島嶼化のためだろう、と考えられていました。島嶼化は、島の動物の身体サイズの変化をもたらします。大型動物は島における資源の少なさに対応して矮小化していき、小型動物は、大型動物の矮小化による捕食圧の低下により目立つことの不利益が減少するので、大型化する傾向にあります。当初、フロレシエンシスはアジア南東部のホモ・エレクトス(Homo erectus)が島嶼化により矮小化した、と考えられていましたが、それだけではフロレシエンシスの形態を説明できないのではないか、との批判もあります。そのため現在では、フロレシエンシスの起源について、エレクトスよりもさらに祖先的な系統、たとえばホモ・ハビリス(Homo habilis)のようなアウストラロピテクス属的特徴を強く保持していた集団から進化したのではないか、との見解も提示されています。

 本論文は、定量的進化モデルを用いて、フロレシエンシスの身体および脳サイズの進化パターンを検証しました。本論文はまず、フロレシエンシスの進化が中立的である可能性を検証しました。フロレシエンシスがエレクトスのようなより大型の祖先集団から進化したと仮定した場合、有効人口規模が100未満の場合を除いて、中立的進化は5万通りのシミュレーションの97%で棄却されました。有効人口規模が200以上の場合、中立的進化は100%棄却されます。そのため本論文は、フロレシエンシスの小柄な体格は島嶼化による選択圧のためだろう、との見解を改めて支持しています。

 一方で本論文は、フロレシエンシスにおいて脳サイズの進化パターンが身体サイズのそれとは異なる、と推測しています。島嶼化は脳と身体のサイズにおいて、それぞれ異なる進化パターンを引き起こすかもしれない、というわけです。島嶼化によるカバの矮小化に関しては、身体サイズと脳サイズの進化は無関係と主張されています。しかし、人類の脳サイズは認知能力とも強く関連しており、フロレシエンシスの石器は充分に発達したものです。そのため本論文は、フロレシエンシスの脳サイズに関して、脳の可塑性により縮小したにも関わらず認知能力が維持されたか、複雑な脳機能の再編により認知能力がそのまま維持された、と推測しています。

 本論文の分析では、フロレシエンシスの祖先をエレクトスとは断定できません。しかし本論文は、フロレシエンシスの祖先として、エレクトスよりも祖先的で小柄なアフリカの人類集団を想定することは倹約的ではない、とも指摘しています。本論文は、総合的に考えると、フロレシエンシスの脳および身体サイズの縮小の最も倹約的な説明は島嶼化で、フロレシエンシスの祖先はアジア南東部のエレクトスである可能性が最も高い、という従来の見解を改めて支持しています。歯の分析からもフロレシエンシスの祖先がアジア南東部(ジャワ島)のエレクトスであると指摘されており(関連記事)、フロレシエンシスの祖先はアジア南東部のエレクトスだろう、と私も考えています。


参考文献:
Diniz-Filho JAF, and Raia P.(2017): Island Rule, quantitative genetics and brain–body size evolution in Homo floresiensis. Proceedings of the Royal Society B, 284, 1857, 28637851.
https://doi.org/10.1098/rspb.2017.1065

大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第27回「替り目」

 東京の金栗四三を兄の実次が訪ねてきます。実次は四三に、熊本に帰るよう促した後、帰郷します。四三が決断を躊躇う中、実次危篤との電報が入り、四三は慌てて帰郷しますが、実次はすでに亡くなっていました。四三は熊本に帰る決断をして、嘉納治五郎に報告します。東京にオリンピックを誘致する話が出てきて意気軒昂の嘉納は、四三を引き留めようとしますが、兄が亡くなり、母も老いたので、これまでの分も孝行しようという四三の決意は固く、熊本に帰ります。

 四三から田畑政治へと主人公が交代して3回目となりますが、これまで四三の出番もそれなりにありました。すでに話の方は完全に田畑中心になっていましたが、まだ第一部の続きといった感もありました。今回は、四三が嘉納に帰郷を報告したさいに田畑と会い、完全な主役交代を印象づける場面になっており、感慨深いものがありました。ただ、そうした節目の回だったのに、まだ本筋とあまり上手く接続できていない古今亭志ん生(美濃部孝蔵)の場面がそれなりに長かったのはやや残念ではありました。まあ落語の方も、すでにいくつかの繋がりが示唆されているので、そのうち本筋と上手く接続するのではないか、と今でも期待してはいるのですが。