『卑弥呼』第21話「戦闘開始」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年8月5日号掲載分の感想です。前回は、ミマト将軍が、敵は日見子様に謀反を起こした逆賊のタケル王と力強く宣言し、ヤノハが不敵な笑みを浮かべている場面で終了しました。今回は、暈(クマ)と那の両軍が大河(筑後川と思われます)を挟んで対峙している国境の場面から始まります。那の乱波は暈の物見兵を殺害し、対岸の自軍に合図を送ります。その報告を受けた暈のオシクマ将軍に、暈のタケル王が千人の兵を山社(ヤマト)へ移動させたのは実に痛い、と兵士が悔しそうに言います。オシクマ将軍は、タケル王の気まぐれと、那のトメ将軍の迅速な攻撃は、何者かが謀っており、相当な軍師がいるのではないか、と疑います。対応に追われる暈軍兵士の前に、船に乗った那軍本隊が現れ、攻撃してきます。トメ将軍は先頭に立って兵士たちを鼓舞し、攻撃を命じます。光家儀ヌカデ実にはヌカデ

 暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)では、祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメが、山社の祈祷女(イノリメ)の長であるイスズからの報告がないことに苛立っていました。ヤノハが真の日見子(ヒミコ)なのか確かめるためにまだ祈祷中なのでは、と言う種智院の戦部(イクサベ)の師長であるククリを、自分が偽物と言えば偽物なのだ、とヒルメは叱責します。そこへ、タケル王が千人の兵士を率いて山社に向かった、との報告が入ります。さすがタケル王、偽の日見子(ヤノハ)を成敗するとは、自分の代わりに憎きヤノハを嬲り殺しにしてもらいたい、とヒルメは満足そうに言います。すると、祈祷部の長であるヒルメと副長であるウサメは、タケル王が山社に入場することを懸念します。タケル王は偽りの日見彦(ヒミヒコ)なので、山社に入れてはならない、とヒルメが常々言っていたからです。同じ偽物ならタケル王の方がましだ、と言うヒルメは、目が曇っている、とウサメから諫言されます。ウサメは激昂するヒルメに怯むことなく、日の巫女の長として恥ずかしくないのか、と詰問します。まだヤノハが本物か偽物かも誰も天照様から神託を受けていないのに、個人的憎しみのめ、偽の日見彦が山社に入ることを許そうとしている、とウサメはヒルメを諫めます。気は確かか、とヒルメに問われたウサメは、一瞬逡巡した後、同じ言葉を返します、と答えます。ヒルメは嘆息し、ウサメを捕えて祈祷部屋で水だけを与えて一ヶ月修行させるよう、ククリに命じます。水だけでは死んでしまう、と躊躇うククリに対して、天照様のご意思だ、とヒルメは命令を撤回しません。覚悟を決めたウサメは立ち上がり、気にするな、とククリに声をかけ、祈祷部屋に向かいます。ヒルメは、ヤノハが種智院の戒律まで乱したことに苛立ちます。

 タケル王の率いる軍は、山社まで2日というところまで進んでいました。明後日の昼には山社に到着するものの、勝利を確実にするには夜襲が得策だろう、と進言するテヅチ将軍にたいして、日の高いうちに到着するのに夜まで待つのか、とタケル王は不満げです。それでも夜襲を進言するテヅチ将軍に、戦は起きない、自分はと予言している、昼間に千人の兵が山社を囲めば、裏切り者は出鼻を挫かれ、簡単に降伏するはずだ、とタケル王は確信に満ちた表情で言います。それでもテヅチ将軍は、ミマト将軍はそのような腰抜けではない、と進言しますが、現人神の日見彦である自分の言葉に異を唱えるのか、とタケル王に威嚇されたテヅチ将軍は、反論できません。

 その翌日、山社では人々が武器の製造や訓練に励んでいました。タケル王の軍は1000人なのに、山社の軍は300人しかいないことから、山社は何日持ちこたえられるのか、とクラトは不安げです。クラトと恋仲のミマアキは、父のミマト将軍はテヅチ将軍相手ならば1~2ヶ月は耐えるだろう、と答えます。日見子を称するヤノハは、戦は起きず、山社軍の大勝利と予言していました。何が起きるのか、とクラトに問われたミマアキは、人智を超えた奇跡かもしれない、と答えます。その時、ヤノハが楼観最上部に姿を現します。ヤノハの背後ではイクメが銅鏡を持って日光を反射させ、ヤノハを神々しく演出していました。山社の人々はそのヤノハの姿に魅了され、ヤノハを日見子と認めて崇めます。その様子を見ていたミマアキは、ヤノハは本当に頭がよい人だろう、とクラトに語りかけますが、クラトは感動した表情で、そうではない、ヤノハは本物の現人神だ、と言います。人々の反応を見ていたヤノハが、人は真実を知りたいのではなく、自分が信じたいものを信じるだけだ、という義母の教えの通りだ、と満足そうに微笑むころで今回は終了です。


 今回は、ヤノハの登場場面は少なく、ヤノハの画策に対する人々の反応がおもに描かれました。ヤノハは山社の人々に自らを日見子と認めさせることに成功し、那軍も渡河して手薄の暈軍に攻めかかりましたから、ここまではヤノハの思惑通りに事態が進んでいる、と言えそうです。しかし、今回登場しませんでしたが、暈の政治と軍事を担当している鞠智彦(ククチヒコ)は、暈の最大の実力者らしいイサオ王に、この一連の事態にどう対応すべきか、相談しており、鞠智彦もイサオ王もタケル王とは異なり、優秀で胆力のある人物のようですから、完全にヤノハの思惑通りに事態が進むことはなさそうです。ヤノハは騒乱状態の倭国(倭国大乱)に平和をもたらそうとしていますが、暈はおそらく『三国志』の狗奴国でしょうから、ヤノハは倭国のかなりの領域を自勢力に組み込むものの、暈とは決定的に対立し、戦いが続くのでしょう。まだ日見子(卑弥呼)たるヤノハは若く、魏への遣使はずっと先のこととなるでしょうし、その前には遼東公孫氏との関係も描かれるでしょうから、長く楽しめるのではないか、と期待しています。

石浦章一『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎』

 講談社ブルーバックスの一冊として、講談社から2019年6月に刊行されました。本書はおもに王族を対象として、DNA解析により解明された世界史上の著名人の「謎」を取り上げています。具体的には、リチャード3世、ツタンカーメン、ジョージ3世、ラムセス3世、トーマス・ジェファーソンです。本書の主題からして、醜聞めいた内容になることは避けられないのですが、遺伝の仕組みや親子鑑定やゲノム編集についての基礎的な解説も充実しており、著名人を取り上げることで一般層を惹きつけ、最新科学を分かりやすく解説するという、一般向け科学書として王道的な構成になっていると思います。

 本書で取り上げられているのはヨーロッパとエジプトとアメリカ合衆国の人物で、古代DNA研究で中心的役割を果たしてきた、ヨーロッパとアメリカ合衆国の研究者たちの関心を反映しているように思います。本書の想定読者はほとんど日本人でしょうし、著者も日本人ということもあってか、日本人の起源や壬申の乱の頃の王族(皇族)も取り上げられていますが、詳しくはありません。この分野の研究では、日本はヨーロッパやアメリカ合衆国と比較して大きく遅れているので、仕方のないところではあります。

 しかし、本書で取り上げられているトーマス・ジェファーソンの子孫をめぐる醜聞を読むと、日本で同様の研究が進められたとしても、一般に公表するのはかなり難しいだろうな、とも思います。本書は、ジェファーソンの父系子孫と自認していた一族が、じっさいには違っており、それが公表をめぐっての醜聞になったことを取り上げています。またイギリスにおいて、プランタジネット朝に始まる父系一族において、サマーセット家ではどこかで家系とは異なる父系が入っている、と推測されています。

 日本では現在も、1400~1500年以上に及ぶ父系による皇位(王位)継承が続いており、系図上は明確に父系で皇族とつながっている民間の男性も、旧宮家や一部の旧摂関家にいます。したがって、系図と生物学的な父系が一致するのか、確認することも可能ですが、それを公表することに大きな反発があることは容易に想像できます。ましてや、現在の皇族と比較して系図の正確さを検証し、公表することはできないでしょう。旧宮家や一部の旧摂関家出身の男性と男性皇族との間で、父系が一致するのならばまだしも、仮に大きな違いが明らかになれば、大騒動になることは間違いありません。その意味でも、皇位継承の根拠として、安易に「神武天皇のY染色体」を持ち出すべきではない、と思います(関連記事)。


参考文献:
石浦章一(2019)『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎』(講談社)