近代日本において成果をあげた反進化論

 やや古く、地域的に偏りがありますが、2006年に公表された調査(Miller et al., 2006)では、現代日本社会において進化を肯定する割合は78%で、世界でもかなり肯定的な割合の高い国とされています。キリスト教の弱い日本社会では、当初より進化の概念に対する否定的な反応は少なく、順調に受け入れられていった、との認識は現代日本社会において根強いかもしれません。しかし、右田裕規『天皇制と進化論』は、大日本帝国において、進化論と、皇室の尊厳の根拠となる「神から続く万世一系」観念という体制教義との矛盾が強く意識されていた、と指摘します(関連記事)。

 大日本帝国において、義務教育課程(尋常小学校・国民学校)において使われた国定理科教科書で進化論が取り上げられたことは一度もなく、尋常小学校の生徒の約半数が進学した高等小学校の理科の授業でも、一部(全体の8%)の3年制高等小学校を除き、進化論教育は認められていませんでした。近代日本において本格的な進化論教育は、中等・師範・高等学校と大学のみに限定されました。もっとも、広範な進化論教育の必要性も認識されており、第一次世界大戦後の初等教育では、国語でダーウィンが偉人として取り上げられ、現場の教員向けの教科書の教授指南記事では、進化論を詳しく取り上げるよう、指示されていました。

 しかし、1930年代半ばになると、国体至上主義の台頭に伴い、進化論と近代日本の体制教義との矛盾という問題が再燃します。ダーウィンの読み物は1938年に刊行された国定国語読本では採録されず、それどころか、文部省が進化論への批判を展開するようになります。第二次世界大戦中には、進化論への攻撃は中等・高等教育にも及び、中学校理科教科書では進化論が懐疑的な立場で紹介され、高等学校の教授要綱では、進化学説には批判的検討を行なうよう指示されていました。もっとも、こうした文部省の方針に現場の教員が全員従ったのではないことに注意する必要はありますが、第二次世界大戦期の日本の反進化論運動は、アメリカ合衆国における創造論者のそれをしのぐ結果を残しました。

 現在、日本社会において反進化論を支持する人は少なく、短期的にはその割合が増加するとも思えません。しかし、世界全体では、キリスト教原理主義者やイスラム教の間では、進化に懐疑的な見解が根強いようです。上記の調査でも、イスラム教徒が多数派のトルコでは、進化に否定的な割合が高いとされています(約50%)。今後、イスラム教徒は増加していき、インターネット時代に影響力を強めていくでしょうから、世界全体では、進化に否定的な割合が増加していくかもしれません。

 しかし、進化に否定的な見解が優勢な社会でも、大日本帝国のように、知的階層は表向きには進化について言及せず、裏(本音、おなじ知的階層の間)では進化に肯定的な見解を誇示する、という状況が出現するかもしれません。知的エリート層のなかには、公には体制教義を強く主張しながら、知的エリート層内部となる帝大生相手の講義では、「神から続く万世一系の天皇」との観念を否定したり、皇室をめぐる醜聞を得々として話したりしていた、「御用学者」の井上哲次郎のような人物もいました。


参考文献:
Miller JD, Parker D, and Pope M.(2006): Public Acceptance of Evolution. Science, 313, 5788, 765-766.
https://doi.org/10.1126/science.1126746

右田裕規(2009)『天皇制と進化論』(青弓社)