内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』

 中公新書の一冊として、中央公論社より2019年2月に刊行されました。三条実美の一般的な評価は高くない、と言えるでしょう。歴史ドラマでも、おおむね優柔不断で優秀ではない人物として描かれてきたように思います。内閣制度導入の一因として、政治力に欠ける三条実美の更迭が必要だった、とも指摘されているくらいです(関連記事)。本書も、三条の政治的な手腕は同時代の岩倉具視・木戸孝允・大隈重信・大久保利通・伊藤博文たちには遠く及ばない、と評価しています。

 しかし本書は、課題が山積し、瓦解の危機に瀕していた明治政府が立憲政治をともかく確立するに至ったことに、「徳望」の人である三条の果たした役割は大きかった、と指摘します。優れた群臣の上に立ち続けて政府の瓦解を防ぐのに、高貴な家柄の出身で高潔な人格の三条は適任だった、というわけです。明治時代には脱身分化が進んでいきましたが、人々の意識が一朝にして変わるわけではありません。そうした状況において、高貴な家柄の出身でありながら進取の気性に富み、私欲が薄く義理堅い三条は政府の指導者として相応しかった、と本書は論じます。

 大名や公家の中には守旧的な人物も多く、幕末段階では時代を主導するような役割を担いながら、明治時代になるとその急進的な流れについていけない人物も少なからずいました。島津久光もその一人で、薩摩藩出身の西郷隆盛や大久保利通だけではなく、三条も島津久光の攻撃対象となりました。本書は、三条が進取の気性に富んだ人物に成長していった一因として、八月十八日の政変により京都から長州、さらには大宰府へと落ち延びたことを挙げています。狭い公家社会を離れてさまざまな階層と接したことが、三条の革新志向を促したのではないか、というわけです。

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