アジア東部で最古となる線刻

 アジア東部で最古となる線刻を報告した研究(Li et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。線刻は、現生人類(Homo sapiens)に特有の象徴的思考の考古学的指標とされてきました。たとえば南アフリカ共和国では、6万年前頃の線刻のある大量のダチョウの卵殻が発見されており、現生人類の所産と考えられています(関連記事)。同じく南アフリカ共和国で発見された現生人類の所産と考えられる遺物としては、6本の線と3本の線による斜交平行模様の描かれた73000年前頃のオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)があり、最古の描画とされています(関連記事)。

 しかし近年、現生人類の所産ではなさそうな線刻も報告されています。たとえばジャワ島では、54万~43万年前頃と推定されている線刻のある貝が発見されており、ホモ・エレクトス(Homo erectus)の所産と考えられています(関連記事)。ジブラルタルでは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産とされる39000年以上前の岩盤の線刻が発見されています(関連記事)。また線刻に限らず、現生人類ではないホモ属による象徴的思考の指標とされる遺物も報告されており、たとえばクロアチアで発見された、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産と考えられる13万年前頃の装飾品です(関連記事)。

 しかし、現生人類の拡散前に人類の存在したアジア東部では、こうした象徴的思考の指標となるような遺物は乏しく、非現生人類の所産とされた数少ない事例も、年代や人為性が疑問視されてきました。また、4万年前頃以降の現生人類の所産とされる象徴的思考の指標となるような遺物も、他地域より少ないのが現状です。本論文は、中華人民共和国河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で発見された125000~105000年前頃の、意図的な線刻のある風化した断片的な骨2点を報告します。この2点の骨は、祖先的特徴と派生的特徴の混在するホモ属頭蓋(関連記事)と同じ層で発見されました。この人類は、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)かもしれない、と指摘されています。

 霊井遺跡は1965年に発見され、11層が確認されています。第1~4層は完新世、第5層が最終氷期極大期からヤンガードライアス期、第10~11層が後期更新世早期です。線刻のある2点の骨(9L0141と9L0148)、および祖先的特徴と派生的特徴の混在するホモ属頭蓋は第11層で発見されています。光刺激ルミネッセンス法(OSL)では、第11層の年代は125000~105000年前頃で、温暖とされる海洋酸素同位体ステージ(MIS)5の早期段階に相当します。第11層で発見された動物遺骸はおもに、ウマ(Equus caballus)とアジアノロバ(Equus hemionus)とオーロックス(Bos primigenius)です。四肢が60%以上と高い割合で発見され、解体痕(cut marks)も約34%と高頻度で観察されることから、霊井遺跡第11層の人類は草食動物を屠殺して食べていた、と推測されています。第11層の石器群はほとんど石英および珪岩製で、破片や摩耗痕が確認されていることから、霊井遺跡で石器は製作・使用された、と推測されています。

 線刻のある2点の標本は、断片的すぎて分類を特定できませんが、大型哺乳類の成体の肋骨と推定されています。この2点の断片的な骨に刻まれた線は、解体痕のような他の哺乳類の骨の傷跡が死後すぐのものなのに対して、時間が経過して硬くなった後のものだという点で、屠殺目的であることが否定されます。また、線は骨の窪みにも見られ、ひじょうに鋭い石により刻まれた、と推測されています。さらに、ほぼ重なる線が何本も刻まれており、同じところを何度もなぞったと考えられることから、人為的ではあるものの、屠殺のような「実用的」行動の結果ではない、と推測されました。また、9L0141の線には赤い残留物が確認されたものの、第11層にはそうした残留物の証拠は見られませんでした。そのため、意図的にオーカーが塗られたのではないか、と推測されています。なお、線の非対称性と彫り込みの方向から、刻んだ人物は右利きと推測されています。

 大型哺乳類の成体の断片的な肋骨である9L0141と9L0148に刻まれた線は、明らかに人為的なものです。しかも、屠殺のような「実用的」行動の結果ではなく、オーカー(と思われる物質)をわざわざ塗ったと推測されることから、象徴的行動の証拠と解釈できます。霊井遺跡の線刻は、アジア東部における最古級の象徴的思考の証拠と言えるでしう。オーカーのような顔料は、30万年前頃にはアフリカで広範かつ定期的に用いられていた、と推測されています(関連記事)。また、ネアンデルタール人が25万年前頃にオーカーを用いていた可能性も指摘されています(関連記事)。もはや、象徴的行動の指標となるような行動の少なくとも一部は、現生人類ではない人類にも可能だった、と考えるべきでしょう。おそらく、現生人類とネアンデルタール人の最終共通祖先の段階で、象徴的行動の少なくとも一部を可能とする潜在的能力は備わっていたのでしょう。

 その意味で注目されるのは、霊井遺跡第11層で発見された線刻のある骨を残したのが、どの人類だったのか、という問題です。上述のように、霊井遺跡第11層ではホモ属頭蓋が発見されており、デニソワ人の可能性が指摘されています。この「霊井人」と類似したホモ属として、中華人民共和国河北(Hebei)省張家口(Zhangjiakou)市陽原(Yangyuan)県の許家窯(Xujiayao)遺跡で発見された、10万年以上前のホモ属遺骸(関連記事)があります。最近報告された、チベット高原東部で発見されたデニソワ人の下顎骨に関しては、この「許家窯人」との類似性が指摘されており(関連記事)、この点からも、「霊井人」がデニソワ人だった可能性は低くなさそうです。

 しかしデニソワ人については、とくに形態面の情報がまだ少ないため(関連記事)、現時点ではとても断定できません。それでも本論文は、霊井遺跡の線刻が、現生人類とネアンデルタール人以外では初めて、デニソワ人にも象徴的行動が可能だった証拠になる可能性を指摘しています。もっとも、まだ広く認められていないとはいえ、デニソワ人が象徴的思考の指標となり得る装飾品を製作していた、との見解もすでに提示されていました(関連記事)。ネアンデルタール人の象徴的思考の痕跡はすでに少なからず蓄積されていますので、今後はデニソワ人についても、同様の事例がじょじょに報告されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Li Z. et al.(2019): Engraved bones from the archaic hominin site of Lingjing, Henan Province. Antiquity, 93, 370, 886–900.
https://doi.org/10.15184/aqy.2019.81

大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第29回「夢のカリフォルニア」

 1932年、ロサンゼルスで夏季オリンピック大会が開催され、日本も選手団を派遣します。しかし、日本選手団はそこでアメリカ合衆国における人種差別を目の当たりにします。それでも田畑政治は意気軒昂ですが、メダルに拘る田畑と、選手としてはすでに全盛期を過ぎた主将の高石との確執は続いていました。メダルに拘る田畑は、高石を本番で起用するつもりはなく、衰えを自覚している高石は、それも仕方ないと半ば諦めている反面、主将なのに自分を出そうとしない田畑への反感を深めていき、鬱憤が蓄積していました。

 しかし、夜中に練習をしている高石の姿を見ていた後輩たちは、高石を出すよう松澤監督に頼み込みます。松澤も田畑に高石を出すよう頼み込みますが、メダルに拘る田畑は高石を出そうとせず、松澤に真意を明かします。田畑は、五・一五事件後の暗い世相のなか、日本に少しでも明るいニュースを届けようと、メダルに拘っていました。本番の出場選手を決める選考会で高石は大きく遅れた最下位となり、田畑は高石を選出しませんでしたが、田畑の真意を聞いていた高石は、納得して出場する選手を励ますことにします。

 今回はロサンゼルス大会の開会式までが描かれました。人種差別が激しく、日系人への偏見が強かった頃のアメリカ合衆国の状況を背景に、なかなか面白くなっていました。このような日本選手団にとって厳しい状況で、田畑のような強気で騒々しい人物が総監督でいることにより、日本選手団が委縮せずに練習に励めていた、という描写になっていたのは面白いと思います。今回の中心人物である高石の葛藤と焦燥もよく描かれており、本番での話も楽しみです。