ネアンデルタール人と現生人類との交雑をめぐる認識の変遷

 現在では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)との交雑はほぼ定説として確立した、と言ってよいでしょう。しかし、10年ほど前までは、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に否定的な見解が主流でした。たとえば、原書が2009年に刊行された『そして最後にヒトが残った ネアンデルタール人と私たちの50万年史』(関連記事)がそうです。同じく原書が2009年に刊行された『人類20万年遥かなる旅路』(関連記事)は、ネアンデルタール人と現生人類との交雑の可能性を完全に排除しているわけではないとしても否定的で、交雑が起きたとしても取るに足らない程度だった、と主張しています(P344)。

 この状況が大きく変わったのは2010年5月に公表された『サイエンス』論文(関連記事)で、これ以降、ネアンデルタール人と現生人類との交雑を認める見解が優勢になり、現在ではほぼ定説として認められています。日本語環境でも、これ以前には交雑否定説が圧倒的に優勢だったように記憶しています。おそらく、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に否定的な見解が最も優勢だったのは、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析結果が初めて報告された1997年から2010年5月までだったのでしょう。

 しかし、この間も、ネアンデルタール人と現生人類との交雑の可能性を指摘した遺伝学的研究はあり、たとえば、まだネアンデルタール人のゲノム解析結果がまったく公表されていない2006年7月の時点で、ヨーロッパ系現代人にネアンデルタール人の遺伝的影響があることを報告した論文が公表されています(関連記事)。私は2003~2004年頃に、現生人類によるネアンデルタール人などユーラシアの先住人類との完全置換説から交雑説へと転向したので(関連記事)、交雑説に否定的な見解が圧倒的に優勢な状況で、交雑説に肯定的な研究を心強く思ったものです。

 ただ、だからといって、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に否定的だった人々を責めることは妥当ではない、と私は考えています。ネアンデルタール人の核DNA解析の詳細な結果が公表されるまで、ネアンデルタール人と現生人類の直接的なDNA比較はミトコンドリアだけで可能でした。mtDNAの比較では、当時も今もネアンデルタール人と現生人類の交雑の痕跡は見つかっておらず、今後も見つかる可能性は皆無に近いでしょう。その意味で、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に否定的な見解が主流だったことは、強く批判されるべきではない、と思います。