『卑弥呼』第23話「膠着」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年9月5日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)の楼観の上に、眩しい光を背景にヤノハが現れる場面で終了しました。今回は、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメが、閉じ込められていた穴蔵より外へ出るよう命じられる場面から始まります。ヒルメは取り乱した様子で、自分をどうするつもりだ、と取り囲んだ者たちに問い詰めます。ウサメが新たな種智院の長になった、と聞かされたヒルメは、これが謀反とは思わないのか、と自分を取り囲んだ者たちに訴えますが、全員ヒルメに冷ややかな視線を向け、種智院から去るよう、ヒルメに伝えます。

 そこへ種智院の戦部(イクサベ)の師長であるククリが、石槌を持って配下の者たちと共に現れます。ククリはヒルメに、天照様に背いた祈祷女(イノリメ)には、掟に従って四肢を砕く罰が下される、と告げます。恐怖のあまり取り乱すヒルメに、ククリは冷静に石槌を振り下ろします。ククリはヒルメの四肢を砕き、この近くには狼や野犬が多いので、自分ならまず火を起こす 、と言ってヒルメを置き去りにします。手足の動かないヒルメは、どうやって火を起こすのか、と自嘲します。狼の鳴き声が聴こえてきて、ヒルメは死を覚悟し、モモソ待っていてくれ、と呟きます。狼が10匹ほどヒルメに近づいてきますが、それを人間が率いていました。

 山社(ヤマト)では、暈軍が目前まで迫っていながら、も3日も攻めずに対陣を続けていました。タケル王はテヅチ将軍に、なぜ攻め込まないのか、と不満げに尋ねます。聖地の山社を血で汚せば、天照様の怒りを買い、この世は永久に暗黒に包まれる、とテヅチ将軍は答えます。辛抱強く待つよう、進言するテヅチ将軍にタケル王は不満ですが、敵の食糧はいずれ尽きるので、その時に山社軍が出てくれば我が軍の勝利は確実だ、とテヅチ将軍はタケル王を説得します。その夜、山社の暈軍の陣営に伝令が到着し、那軍が大河(筑後川と思われます)を渡って攻め寄せてきてオシクマ将軍は戦死し、暈軍はほぼ全滅した、とヌカデテヅチ将軍に伝えます。トメ将軍が鞠智(ククチ)の里ではなく山社に向かっており、1日も経てば我々の背後に到達する、と伝令から報告を受けたテヅチ将軍は愕然とします。

 暈軍が攻め込んでこないのは、聖地を血で汚せば天照様に祟られると信じているからだ、とクラトが言うと、別の理由もある、とミマアキは言います。暈軍は山社に到着した日、日見子(ヤノハ)様の神々しい姿を見て、自分たちが担ぐ日見彦(タケル王)様が本物なのか、疑問に思っただろう、というわけです。日見子を名乗ったヤノハは、暈軍は山社に到着して以降ずっと、楼観に籠って誰とも会っていませんでした。そこへアカメが報告に戻って来ます。アカメがヤノハの指示により噂を流したことで、裏切る気のなかったミマト将軍は本当に謀反人となりました。那のトメ将軍についてヤノハに訊かれたアカメは、ヤノハが見込んだ通り、勇猛果敢で公明正大だ、と答えます。トメ将軍は王になってもよい男か、とヤノハに問われたアカメは、王になれる男だが、その気はまったくないようだ、と答えます。那軍が2日ほどで山社に到着する、とアカメから報告を受けたヤノハは、明後日にもこの戦いは終わる、ヌカデの手柄だ、と言います。ヤノハはアカメに、那に戻ってトメ将軍に関する噂を流すよう、指示を与えます。それは、トメ将軍は暈軍を蹴散らした後、急遽那に引き返し、王を殺して自ら王座に就く、というものでした。トメ将軍は王になる野心を持たない正真正銘の武人で、新生の「山社国」の力になろうとしているのに陥れるのか、と言ってアカメは反対します。それに対してヤノハが落ち着いた様子で、面白いだろう、と不敵な笑みを浮かべるところで、今回は終了です。


 前回、ヌカデがトメ将軍に迫った約束について具体的には描かれなかったのですが、鞠智の里や鹿屋に攻め込むのではなく、山社に向かってヤノハを暈軍から救う、ということだったようです。トメ将軍はヌカデに、暈軍の兵が数日間河岸からいなくなる、という日見子(ヤノハ)の予言が実現すれば、自分も日見子を支持する、と約束していましたが(第19話)、具体的な行動は明示されていませんでした。そのトメ将軍を陥れるような噂を流すよう、ヤノハがアカメに指示した意図はよく分かりませんが、トメ将軍に那国を見限らせ、これからヤノハが建てようとしている「山社国」に迎え入れるための謀略なのかもしれません。ここまではヤノハの思惑通り進んでいる感もありますが、鞠智彦と暈最強の権力者とされるイサオ王がどう動くのか、ヤノハ視点では不気味なところです。

 今回、もう一つ注目されるのは、四肢を砕かれたヒルメの前に現れた10匹ばかりの狼を率いていた人物です。この人物は顔もはっきりと描かれておらず、正体不明なのですが、その髪型から推測すると、ヤノハの弟のチカラオだと思います。チカラオは集落を賊に襲われた時に死んだ、とヤノハは考えていますが、生きていてヤノハの前に現れるのではないか、と予想しています。おそらく、『三国志』にあるように、卑弥呼(日見子)となったヤノハを支える「男弟」となるのでしょう。チカラオがどのような人物なのか、どうやって生き延びてきたのか、ということも注目されます。まあ、チカラオがまだ存命とは確定していませんが。

クサウオの形態とゲノム

 クサウオの形態とゲノムに関する研究(Wang et al., 2019)が公表されました。海面下6000~11000mは、海洋の深度区分で最も深い領域です。超深海と呼ばれるこの領域は、高い静水圧・暗黒・低温・低酸素濃度・食物資源の欠乏により、地球上で有数の過酷な場所です。しかし超深海では、クサウオ類など数百種の生物が見つかっています。クサウオ類は超深海の食物網の頂点捕食者で、超深海の魚類動物相を支配しています。

 この研究は、マリアナ海溝の水深約7000メートルのいくつかの地点で、複数のクサウオを捕獲しました。超深海のクサウオは、潮間帯凹地に生息する近縁種とは異なり、透明な皮膚・大きな胃・細い筋肉・わずかに骨化した骨格・不完全に閉じた頭蓋など、深海に対する複数の適応を示しています。この研究は、組織の石灰化と骨格の発達を調節するオステオカルシンの遺伝子が、超深海のクサウオでは短くなっていることを明らかにしました。これは、クサウオの独特の頭蓋と柔軟な骨格に寄与している可能性がありまます。

 暗黒環境での生活に伴って、超深海のクサウオは複数の光受容体遺伝子を失い、明所での視覚が低下していました。またこの研究は、細胞膜の流動性を高めるさまざまな遺伝子のコピーを複数見いだしており、これらは超深海の極端な高圧下で細胞が機能するのを助けている、と推測しています。超深海のクサウオのゲノムが明らかになったことは、深海の極限環境に対する生物種の適応を解明するのに役立つ可能性がある、と指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


クサウオは暗い深海でどのように生存しているのか

 クサウオの形態、体の構造、および高品質ゲノムについて報告する論文が、今週掲載される。この研究は、クサウオがマリアナ海溝の深くて暗い高圧条件下で生存することを可能にした適応を明らかにしている。

 海面下6000~1万1000メートルは、海洋の深度区分で最も深い領域である。超深海と呼ばれるこの領域は、高い静水圧、暗黒、低温、低酸素濃度、および食物資源の欠乏により、地球上で有数の過酷な場所である。にもかかわらず、超深海では、クサウオ類など数百種の生物が見つかっている。クサウオ類は超深海の食物網の頂点捕食者であり、超深海の魚類動物相を支配している。

 今回Wen Wangたちは、マリアナ海溝の水深約7000メートルのいくつかの地点で、複数のクサウオを捕獲した。超深海のクサウオは、潮間帯凹地に生息する近縁種とは異なり、透明な皮膚、大きな胃、細い筋肉、わずかに骨化した骨格、不完全に閉じた頭蓋など、深海に対する複数の適応を示している。

 Wangたちは、組織の石灰化と骨格の発達を調節するオステオカルシンの遺伝子が、超深海のクサウオでは短くなっていることを明らかにした。このことは、クサウオの独特の頭蓋と柔軟な骨格に寄与している可能性がある。暗黒環境での生活に伴って、超深海のクサウオは複数の光受容体遺伝子を失い、明所での視覚が低下していた。またWangたちは、細胞膜の流動性を高めるさまざまな遺伝子のコピーを複数見いだしており、これらが超深海の極端な高圧下で細胞が機能するのを助けていると考えている。

 今回、超深海のクサウオのゲノムが明らかになったことは、深海の極限環境に対する生物種の適応を解明するのに役立つ可能性があると、Wangたちは結んでいる。



参考文献:
Wang K. et al.(2019): Morphology and genome of a snailfish from the Mariana Trench provide insights into deep-sea adaptationowth. Nature Ecology & Evolution, 3, 5, 823–833.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0864-8