天皇のY染色体ハプログループ

 天皇というか皇族のY染色体ハプログループ(YHg)について、D1bとの情報がネットで出回っており、確定したかのように喧伝されているので、以前から一度調べてみるつもりだったのですが、さほど優先順位が高いわけでもないので、後回しにしていました。今回、少し調べてみたのですが、査読誌に掲載された論文や、信頼できる研究機関の報告では見つけることができませんでした。もちろん、そうしたものが存在する可能性はあるわけですが、私の現在の見識と気力ではこれ以上検索しても徒労に終わるだろうと判断して、打ち切りました。

 とりあえず、元ネタになりそうな有名人のYHgというサイトを見つけたのですが、そこでは、日本語ブログが典拠とされていました。その日本語ブログはもう閉鎖されているので、インターネットアーカイブで該当記事を検索すると、「皇室は、第113代 東山天皇の男系子孫 複数名から採取された口腔内粘膜の解析により、縄文人のD1b(D-M64.1)に属するD1b1a2の系統と言われ」とありました。「東山天皇の男系子孫 複数名から採取された口腔内粘膜の解析」にはリンクが貼られているのですが、インターネットアーカイブで検索しても見つかりませんでした。

 また、2016年5月8日時点での情報ですが、『天皇家のハプログループについて「第113代 東山天皇の男系子孫 複数名から採取された口腔内粘膜の解析」とあるにもかかわらずリンク先には全くデータは示されていない』とあります。したがって、東山天皇の男系子孫がYHg-D1b1a2とは確定できないでしょう。もちろん、そうである可能性もじゅうぶんあるとは思うので、否定もできませんが。上記サイトによると、別人の皇族子孫が検査したところ、YHg- D1b1a2b1a1だったそうで、「東山天皇の男系子孫 複数名」の事例と整合的ですが、典拠は明示されていません。

 けっきょくのところ、皇族がYHg-D1bとの情報に確たる信頼性を認めるのは難しいように思います。ただ、上述のように、その可能性は一定以上あると思います。仮に東山天皇の男系子孫がYHg-D1b1a2だとすると、同じく東山天皇の男系子孫である現在の皇族(もちろん、男性限定ですが)もYHg-D1b1a2だろう、と推定するのは合理的です。問題となるのは、「間違い」が起きていた場合です。たとえば、エドワード3世に始まる男系では、どこかで系図とは異なる父親が存在した、と明らかになっています。これは海外の事例ですが、日本でも、同様の可能性が起きていた可能性は否定できません(関連記事)。ただ、その可能性はさほど高いとも思えないので、今回は考慮しません。

 YHg-D1bは「縄文人」由来と推定されており、最近の研究でもその推定が改めて支持されています(関連記事)。したがって、皇族は縄文時代以来日本列島で継続している父系だ、と考えるのは妥当なところです。その意味で、皇族は「縄文系」と言っても、少なくとも大間違いとは言えないと思います。「縄文人」の現代日本人への遺伝的影響は、アイヌ集団では66%、「(本州・四国・九州を中心とする)本土」集団では9~15%、琉球集団では27%と推定されています(関連記事)。これは北海道の「縄文人」の高品質なゲノムデータに基づいているので、西日本の「縄文人」のゲノムデータが得られて比較されると、「本土」集団における「縄文人」の遺伝的影響はもっと高くなるかもしれません。

 ただ、「本土」集団のYHg-D1bの割合は35.34%なので(関連記事)、父系において不自然に「縄文人」の影響が高いようにも思われます。しかし、皇族がYHg-D1bだとすると、皇族の男系子孫は武士になって日本各地に定着していき、養子も珍しくなかったとはいえ、原則として父系継承だったので、「本土」集団のゲノムでは弥生時代以降にアジア東部から日本列島へ到来した集団の影響が強くても、父系では「縄文人」の影響が強く残ったというか、中世以降に影響を高めて現代のような比率になった、と想定しやすくなります。その意味でも、皇族が父系では「縄文系」だった可能性はじゅうぶんある、と言えるでしょう。

 ただ、ここで問題となるのは、皇族がYHg-D1b1a2あるいはそのサブグループD1b1a2b1a1だとして、「縄文系」と断定できるのか、ということです。現時点では、「縄文人」のYHgはD1b2しか確認されておらず(関連記事)、現代日本人で多数派のYHg-D1b1の祖先とはなりません。もっとも、まだ東日本の「縄文人」しか解析されていないので、西日本の「縄文人」の中にはYHg-D1b1も一定以上の割合でいるかもしれませんし、東日本の「縄文人」でも今後YHg-D1b1が確認されるかもしれません。しかし、現時点で「縄文人」においてはYHg-D1b1が確認されていない、という事実は無視できないと思います。YHg-D1b1が弥生時代以降にアジア東部から到来した集団に由来する可能性も現時点では一定以上ある、と私は考えています(関連記事)。その意味で、仮に皇族がYHg-D1b1a2だったとして、父系では「縄文系」と断定するのは時期尚早だと思います。

平等と協力の関係

 平等と協力の関係に関する研究(Hauser et al., 2019)が公表されました。直接互恵性は、反復的な相互作用に基づく協力の進化における効果的な機構です。直接互恵性には、相互作用する個人同士が十分に平等で、協力または裏切りによって各人が同等の結果に直面することが必要とされます。公共財ゲームのような互恵性モデルの大多数ではこれまで、参加者があらゆる面で同様だと仮定されています。しかし、現実の人間集団では、初期保有額(最初に与えられる富の量)および生産性(自らが生み出す富の量)が異なっているように、至る所に不平等が見られ、それが協力および福利を損なっている、と一般には考えられています。

 この研究は、こうしたモデルに修正を加えて、不平等な個人間の直接互恵性を研究するための一般的な枠組みを紹介しています。そのモデルは、不平等の複数の原因を考慮に入れており、初期保有額と生産性および公共財から得られる利得が異なる対象を扱えます。参加者が最初にいくらの金銭を所有しているか、参加者が他者のためにどれほどの利益を生み出せるか、参加者が公共財からどれだけの利益を得られるか、などといったことを考慮に入れたわけです。

 その結果、極端な不平等があれば協力は妨げられるものの、もし参加者の生産性に個人差があり、生産性の高い参加者の方が多額の金銭を得られるようにすれば、協力が生まれる、と見いだされました。この知見は、人間が参加したオンライン行動実験(2人で行なうゲーム)によって裏づけられました。不均一性の原因がうまく調整されていれば、全体の福利が最大限になる、というわけです。対照的に、初期保有額と生産性がうまく調整されていないと、協力は急速に瓦解します。また、全ての参加者が平等な場合には協力が起きない傾向にある、ということも明らかになりました。この研究は、協力を最大化するために必要なのは、異なるタイプの富の不平等の間の微妙なバランスを取ること、たとえば、社会財の生産性の高い者が多額の金銭を得られるようにすることである、との見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【社会学】平等は協力の必須条件でないかもしれない

 中程度の富の不平等は、グループ内での協力を生み出す可能性があることが、理論モデルと行動実験の分析によって示唆された。極端な不平等は協力を妨げるが、もし社会的生産性に個人差があるのであれば、協力を優勢にするためには行為者が受け取る金額に多少の不平等を生じさせることが必要な場合があるというのだ。この研究結果を報告する論文が、今週掲載される。

 社会的ジレンマの状況においては、全体の福祉は、全ての個人が協力すれば最大となり、これは個人が繰り返し交流する場合にそうなりやすい。この直接互恵性のコンセプトのモデルの大部分は、協力する意思の有無以外の点で、参加者に差がないことを前提としている。しかし、実生活では、どれだけの資源を受け取れるのか、どれだけ効率的に社会財を生産できるかなどの点で個人差がある。

 今回、Martin Nowakたちの研究グループは、こうしたモデルに修正を加えて、個人間の不平等のさまざまな原因(例えば、参加者が最初にいくらの金銭を所有しているか、参加者が他者のためにどれほどの利益を生み出せるか、参加者が公共財からどれだけの利益を得られるか)を考慮に入れたモデルを設計した。その結果、極端な不平等があれば協力は妨げられるが、もし参加者の生産性に個人差があり、生産性の高い参加者の方が多額の金銭を得られるようにすれば、協力が生まれることが見いだされた。この研究知見は、人間が参加したオンライン行動実験(2人で行うゲーム)によって裏付けられた。

 Nowakたちは、協力を最大化するためには、異なるタイプの富の不平等の間の微妙なバランスを取ること、例えば、社会財の生産性の高い者が多額の金銭を得られるようにすることが必要だと結論している。


社会科学:不平等な人々の間の社会的ジレンマ

社会科学:富のわずかな不平等が役に立つ理由

 公共財ゲームの大多数は、協力あるいは裏切りの傾向を除いて、参加者があらゆる面で同様だと仮定している。しかし、現実では、参加者は初期保有額(最初に与えられる富の量)および生産性(自らが生み出す富の量)が異なっている。M Nowakたちは今回、こうした不平等をモデル化して何が起こるかを調べ、実際の人々を参加させるオンライン実験でそのモデルを検証した。協力は、全ての参加者が平等な場合には起こらない傾向があった。また、参加者が極端に不平等な場合にも、協力が瓦解する傾向があった。全体として、福利に必要なのは、生産性と初期保有額の傾向がそろうといった、わずかな不平等だった。つまり、生産性の高い個人はより多くの報酬を受け取ることが必要なのである。対照的に、初期保有額と生産性がうまく調整されていないと、協力は急速に瓦解する。



参考文献:
Hauser OP. et al.(2019): Social dilemmas among unequals. Nature, 572, 7770, 524–527.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1488-5

森林火災の増加による北方林からの炭素放出

 森林火災の増加による北方林からの炭素放出に関する研究(Walker et al., 2019)が公表されました。北方林で自然発生する火災は、おもに有機土壌の燃焼を通して大気中へ大量の炭素を放出します。しかし、これらの火災では毎回、燃えた層の下の土壌の一部の土壌が燃焼を免れ、その後の度重なる火災を経て、土壌に閉じ込められた有機土壌炭素(レガシー炭素)の蓄積を形成します。レガシー炭素の蓄積に助けられ、こうした森林は正味の炭素シンクとなり、陸域炭素の約30~40%を保持しています。しかし、気候の温暖化と乾燥化によって、森林火災がより激しくより頻繁になっているため、北方生態系の炭素収支が正味の蓄積から正味の損失へ変わり、正の気候フィードバックをもたらす恐れがあります。

 この研究は、カナダのノースウェスト準州の乾燥した若い森林(林齢60年未満)で2014年に起きた森林火災後の、レガシー炭素の損失を定量的に評価しました。その結果、カナダ北西部の北方林の過去の森林火災発生間隔より古い森林では、レガシー炭素が燃焼した証拠は見いだされませんでした。乾燥地域にある火災発生時に林齢60年未満の森林では、以前の火災サイクルで燃焼を免れたレガシー炭素が燃焼していました。この研究は、2014年の森林火災で燃えた34万haの若い森林(林齢60年未満)で、レガシー炭素の燃焼が生じていた可能性を指摘しています。これは、連続的な森林火災において炭素循環が変化し、北方林が大気に対する正味の炭素シンクではなく正味の炭素源になっていることを示唆しています。レガシー炭素の燃焼が起こる若い森林の面積はおそらく、北方の森林火災の規模・頻度・強度が増大するにつれて増大し、北方の炭素収支の変化に重要な役割を担うことになります以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


生物地球化学:森林火災の増加によって脅かされる北方林の土壌の古い炭素シンク

Cover Story:火急の課題:森林火災の増大は北方林を炭素シンクから放出源に変える恐れがある

 表紙は、カナダのアルバータ州で2016年に起こった森林火災の様子である。北方林で自然発生する火災は、主に有機土壌の燃焼を通して大気中へ大量の炭素を放出する。しかし、これらの火災では毎回一部の土壌が燃焼を免れ、その後の度重なる火災を経て、土壌に閉じ込められた「レガシー炭素」の蓄積を形成する。レガシー炭素の蓄積に助けられてこうした森林は正味の炭素シンクとなり、陸域炭素の約30~40%を保持している。今回X WalkerとM Mackたちは、カナダのノースウェスト準州の乾燥した若い森林(林齢60年未満)で森林火災後に起こった、レガシー炭素の損失を明らかにしている。著者たちの知見は、北方林の森林火災の規模、頻度、強度が増大するのに伴って、連続的な火災の間に若い森林が正味の炭素放出源になり、北方の炭素収支がシンクからソースに変わる可能性があることを示唆している。



参考文献:
Walker XJ. et al.(2019): Increasing wildfires threaten historic carbon sink of boreal forest soils. Nature, 572, 7770, 520–523.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1474-y