近東の家畜ウシの起源と遺伝的変容

 近東の家畜ウシ(Bos taurus)の起源と遺伝的変容に関する研究(Verdugo et al., 2019)が報道されました。日本語の解説記事もあります。絶滅したユーラシアのオーロックス(Bos primigenius)は10500年前頃に、肥沃な三日月地帯のユーフラテス川上流とティグリス川の間の限定的な地域で家畜化されましたが、その詳細な遺伝的起源とヒトの介在について詳細は不明です。現代の家畜ウシのミトコンドリアDNA(mtDNA)から、家畜ウシは母系では80頭程度が起源集団となり、遺伝的多様性が低いと推測されています。以下、単に「ウシ」といった場合、コブウシ(Bos indicus)ではない家畜ウシ(Bos taurus)を指します。

 ウシは母系では遺伝的多様性の低さが指摘されていますが、イギリスでは在来のオーロックスからの遺伝子流動があり、またインダス川流域からのコブウシからの遺伝的影響が近東で広がっていると指摘されているように、ウシと野生集団との関係は複雑です。ウシの起源に関しては二つの仮説があります。一方は近東のオーロックス起源を示唆しています。もう一方は、近東のウシ集団は東方からのコブウシの遺伝子移入の結果生じ、それは気候変動に対応した個別の能動的な過程か、または数千年にわたる消極的な融合だった、いうものです。

 本論文は、今では不明瞭な初期のウシのゲノムを分析するため、6頭のオーロックスを含む古代の67頭のウシ属からゲノム規模データを得ました。これは中石器時代から初期イスラム時代までとなり、近東というDNAの保存には適さない地域にも関わらず、平均0.9倍の網羅率が得られました。現代の家畜化されたウシ属の遺伝的多様性パターンは明らかになっており、ヨーロッパのウシ、アフリカ西部のウシ、アジア南部のコブウシに大まかには区分されます。近東やアフリカ東部のような地理的に中間のウシ集団は、遺伝的にはそれら3集団の中間に位置します。新石器時代~青銅器時代のウシは地理的には、バルカン、アナトリア半島およびイラン、レヴァント南部に3区分され、現代のアフリカとヨーロッパのウシはこれらと遺伝的に近縁ですが、コブウシはそれらと遺伝的距離がかなり遠くなります。これは、ウシの起源が少なくとも2つのオーロックス集団にあり、コブウシと家畜ウシが形成された、と示唆します。

 オーロックスに関しては、6頭のゲノムが解析されました。そのうち4頭は近東のもので、2頭は9000年前頃のレヴァント、1頭は7500年前のアナトリア、1頭は7000年前頃のアルメニアの個体です。この4頭は古代のアナトリア半島およびイランのウシと遺伝的に近縁で、その祖先系統と推測されます。この最初期の近東のウシのゲノムの痕跡は、後の混合により不明瞭になりました。

 コブウシは乾燥地域と熱帯地域に適応しており、その起源は8000年前頃と推定されています。しかし、肥沃な三日月地帯とインダス川流域との接触の考古学的証拠にも関わらず、コブウシのゲノムの影響がアジア南西部で検出されるようになるのは4000年前以後です。これ以降、近東やアジア中央部ではウシとコブウシの交雑集団が広く見られるようになります。この時期以降、コブウシの骨格証拠も確認されています。

 常染色体データとは対照的に、以前の研究で示されていたように、近東在来のウシのmtDNAのハプロタイプは持続しており、遺伝子移入は雄ウシによるものだったと推測されます。この急激な遺伝子流動は、4200年前頃の急激な気候変動事象として知られている、乾燥化の始まりに促進された可能性があります。この数世紀にわたる旱魃は、メソポタミアとエジプトの大国の崩壊およびインダス文化の衰退と一致しており、メーガーラヤン(Meghalayan)と呼ばれる完新世の最新の時代区分の開始年代となります。

 紀元前4000年以降のコブウシの流入は、適応とヒトの介在により起きた可能性が高そうです。その第一の根拠は、遺伝子移入の程度が単純な東西の勾配になっておらず、近東の西端となるレヴァントで著しいことです。第二の根拠は、遺伝子移入の範囲は広く、4000年にわたってほとんどコブウシの遺伝的痕跡が検出されなかったのに、比較的短期間でコブウシの遺伝的影響が拡大したことです。第三の根拠は、最大で70%のゲノム変化が観察されたのに対して、在来の家畜ウシのmtDNAのハプロタイプは保持されたことから、雄ウシの選択により遺伝子移入が起きたと考えられることです。家畜ウシとコブウシの交雑集団は、乾燥化が進んで気候で周辺地域に拡大したかもしれません。また、乾燥化による在来の家畜ウシの衰退も、コブウシの遺伝的影響の拡大の一因になったかもしれません。この時期に西方へのヒト移住の記録が残っており、スイギュウやアジアゾウのようなアジア南部の動物が近東に出現した、という考古学的証拠もあり、ヒトによる大型動物の移動が示唆されています。

 コブウシとの混合の前、レヴァント南部のウシは遺伝的にはアフリカの現代のウシと比較的近く、9000年前頃となる続旧石器時代のモロッコのオーロックスとはとくに近縁でした。7000年前頃の中石器時代のイギリスのオーロックスのゲノムは、近東の初期集団とは遠く離れており、新石器時代のバルカン集団と近縁でした。古代のウシにおけるこれらの遺伝的類似性は、多様な野生集団からの早期の家畜化を示唆します。レヴァントでは、レヴァントおよびアフリカ北部の類似したオーロックス系統が家畜化された、と推測されます。ヨーロッパでも、家畜ウシが導入された7000年以上前から、在来のオーロックスとの混合が始まった、と推測されます。

 これらのオーロックスは家畜ウシとは異なるmtDNAハプロタイプを有していますが、古代の家畜ウシは現代の家畜ウシに典型的なmtDNAハプロタイプを有します。そのため、家畜ウシはおもに雄のオーロックスと交配されたと推測されます。性的に成熟した雄ウシはその大きな身体サイズと攻撃性のために、新石器時代の村ではおそらく最も危険な家畜なので、オーロックスの雄による管理下ではない野外での受精は、初期の家畜ウシの管理で役割を果たしたかもしれません。

 アフリカ原産のウシの遺伝子の中には、熱帯感染症耐性関連などのように、アフリカのオーロックスの家畜化もしくは遺伝子移入によりもたらされた、と推定されるものもあります。しかし、古代レヴァントのウシのゲノムとアフリカ北部のオーロックスの遺伝的類似性は、この特徴が肥沃な三日月地帯の南部に起源があるかもしれない、と示唆します。ほぼアフリカのウシ集団で固定されている家畜ウシのmtDNAハプログループ(mtHg)は、レヴァント南部において最も高頻度で、それは最初期のウシでも見られますが、他の古代の家畜ウシでは見つかっていません。

 ウシは当初、肥沃な三日月地帯の北部の限られた遺伝的背景の集団に由来しましたが、この地域外の初期の家畜ウシは、ヨーロッパとアフリカの家畜ウシの祖先に特有のものも含めて、多様なオーロックス系統から遺伝的影響を受けました。4200年前以後、コブウシの拡大を反映する遺伝的構成の変容は、おそらく気候変動と関連して、アジア南西部および中央部の牧畜民の影響により進行しました。ウシに限らず、家畜化の進展は限定的な地域からの単純な拡散で説明できない場合が多そうで、これまでよく知らなかった分野だけに、今後は少しずつ調べていきたいものです。


参考文献:
Verdugo MP. et al.(2019):Ancient cattle genomics, origins, and rapid turnover in the Fertile Crescent. Science, 365, 6449, 173–176.
https://doi.org/10.1126/science.aav1002

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