私はアジア人と呼ばれる事に抵抗がある

 表題の発言をTwitterで見かけました。全文を引用すると、

私はアジア人と呼ばれる事に抵抗がある。私は日本人だ。中国人や朝鮮人と同じグループの一員ではない。それではドイツ人やフランス人をあまり好まないイタリア人はヨーロッパ人か?なぜ無知な西洋人の都合に合わせる?私はいつも「いや、違う。日本人だ!」と大声で答えてやる。

となります。アジアといっても広範囲なので、たとえばイランやイラクといったアジア南西部も「同じアジア」と言われても、多くの日本人に実感がなくても不思議ではありません。文化(歴史)的にも遺伝的にも、アジア南西部は日本よりもヨーロッパの方とずっと近縁です。アジア南部や南東部は、仏教というつながりがあるので(仏教発祥地のアジア南部では、今や仏教はごく少数派ですが)、距離の観点からもアジア南西部よりは日本人にとって馴染み深いでしょうが、それでも、多くの日本人にとって「同じアジア」という認識は薄いでしょう。上記発言では中国や朝鮮が対象となっており、現代日本社会で「アジア」という時、やはり想定されるのはアジア東部が多いと思います。アジア東部では、多くの地域で前近代において漢字文化が共有されていた、という歴史的経緯もあります。

 しかし、以前当ブログで取り上げましたが(関連記事)、中華人民共和国・日本国・大韓民国・中華民国(台湾)というアジア東部4ヶ国を対象とした調査ではっきり示されているように、現代日本人における「東アジア人意識」はかなり低く、上記の発言のように中国人や朝鮮人を強く意識している場合ではなくとも、「東アジア人意識」を持たないか希薄な日本人は少なくないと思います。これは、近代以降、漢字文化という共通基盤が急速に変容もしくは失われたことも大きいと思います。ベトナム(一般的には東南アジアに区分されるのでしょうが)はほぼ完全に漢字文化から離脱しましたし、その動きは朝鮮半島でも見られ、とくに北部で顕著なようです。第二次世界大戦後、中国は簡体字を、日本は新字体を採用し、ともにまだ漢字文化とはいっても、大きな違いが生じました。

 根本的な問題としては、漢字は習得が容易ではなく、前近代において漢字文化を修めた者はごく一部に限られていた、という事情があると思います。こうした状況で近代化と言われる実質的なヨーロッパ化が進展したわけで、中国人や朝鮮人に対する敵意から「東アジア人意識」を否定するのはどうかと思いますが、歴史的経緯を踏まえると、「東アジア人」という共通意識がアジア東部において低いのは仕方のないところでしょう。宗教が仏教・道教・イスラム教などの併存状況であることも、「東アジア人意識」の醸成を妨げているように思います。

 上記のアジア東部4ヶ国では、いずれも国民意識よりも東アジア人意識の方がずっと低く、国民意識では大差はありませんが、「東アジア人意識」に関しては、中国と台湾は日本と韓国よりもさらに低くなっています。この状況は、少なくとも短期的には、今後大きく変わるとはとても思えません。また、アジア東部とはいっても、漢字文化圏ではない地域も多く、「東アジア」なる概念を、安易に中華人民共和国の実効支配領域(モンゴル南部やチベットなど)にまで拡大することには慎重であるべきだ、と思います。

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