ネアンデルタール人の足跡

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の足跡に関する研究(Duveau et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現代人やほとんどの現生霊長類のように、ネアンデルタール人も社会集団で生きており、おそらくは性の異なるさまざまな年齢階級の個体群で構成されていました。ネアンデルタール人集団の規模と構成は適応に重要な役割を果たしたかもしれませんが、考古学と古人類学の記録から推論するのは困難です。居住領域と民族誌的類推といった間接的方法からは、ネアンデルタール人集団は平均10~30人と推定されています。そうした方法は、考古学的遺物の蓄積が単一の居住を反映していると仮定していますが、それは不確かです。

 同時期の複数個体の死亡が推定される惨事では社会集団の構成が得られますが、そうした事象はネアンデルタール人においても稀です。一方、化石足跡は急速に埋没すると保存されるので、その集団構成の少なくとも一部を表すと考えられます。そのため、足跡は人類集団の規模と構成を直接調査する手がかりとなりますが、人類の足跡のある遺跡は少なく、完新世よりも前では40未満で、4遺跡から9点のネアンデルタール人と推定される足跡が確認されています。

 本論文は、フランスのノルマンディー地方のマンシュ(Manche)県にあるルロゼル(Le Rozel)遺跡で発見された、8万年前頃となる257点の人類の足跡を報告します。ルロゼル遺跡は115000~70000年前頃の後期更新世に形成された古砂丘システムの一部で、1960年代に発見されました。足跡は5ヶ所のサブユニット(D3b-1~D3b-5)に分散し、おもに2ヶ所のサブユニット(D3b-2およびD3b-5)の砂泥に集中しています。本論文は、最もよく保存されている層序サブユニット「D3b-4」の足跡104点に焦点を当て、単一のネアンデルタール人集団の規模と年齢階級構成を調査します。

 5ヶ所の各サブユニットで、豊富な考古学的遺物が今日墓と関連しています。これらは豊富な中部旧石器時代石器群と約8000点の動物遺骸を含んでおり、屠殺や石器製作といった人為的活動が証明されています。また、炉床や石器を製作するような、いくつかの構造を備えた遺跡内の空間パターンが確認されました。堆積学および地質年代学的研究からは、各サブユニットが形成されてすぐに風成砂に覆われ、足跡が表面侵食から保護された、と考えられています。こうした風成のため、各サブユニット内で見つかった考古学的遺物および足跡は、単一の短期間の居住事象を反映している、と推測されています。

 2012~2017年に発見された足跡のうち、257点の人類の足跡が確認されました。足跡の約80%(104点)は、92㎡のD3b-4にあります。足跡の長さは11.4~28.7cmです。D3b-4の足跡104個のうち、39個は縦方向に完全で、100個は幅を測定するのに充分な大きさです。足跡の長さの範囲は11.4~28.7cm、幅の範囲は4.5~14.2cmです。足跡の分析から、この104個の足跡は少なくとも4人、おそらくは13人のものと推定されています。推定身長の範囲は65.8~189.3cmですが、最大個人間偏差を用いると、最も高い個体の身長は175cm程度です。この個体は、ネアンデルタール人の性的二形パターンから男性と推定されています。ルロゼル遺跡の足跡はおもに子供(長さを基準にすると64.1%、幅では47.0%)と思春期(長さでは28.2%、幅では43.0%)のもので、成人は少ない(長さでは7.2%、幅では10.0%)と推定されます。最も短い長さの11.4cmの個体は2歳と推定されます。

 ルロゼル遺跡の足跡は、形態からネアンデルタール人に分類されます。また、8万年前頃のヨーロッパ西部で知られている人類はネアンデルタール人だけで、共伴した石器がムステリアン(Mousterian)であることからも、ルロゼル遺跡の足跡はネアンデルタール人と考えられます。ルロゼル遺跡の足跡は13人が残したと推定されていますが、これは考古学的に推定されてきた10~30人というネアンデルタール人集団の規模と一致します。D3b-4の年齢構成は身長の推定に基づいて評価されました。ただ、現代人とネアンデルタール人とでは、足の長さと身長の比率に違いがあるかもしれません。そのため、第2中足骨と大腿骨の長さの比が分析され、おおむね足跡からの推定身長が妥当だと示されました。

 ルロゼル遺跡の足跡を残した集団の身長の範囲は66~189cmと広く、その半分以上は130cm未満です。ただ、上述のように、最大個人間偏差を用いると、最も高い個体の身長は175cm程度です。化石記録からは、ネアンデルタール人の成人の身長の範囲は147~177cmと推定されており、この範囲に収まります。しかし本論文は、この範囲を超える180cm以上の高身長個体がルロゼル遺跡に存在した可能性もある、と指摘します。D3b-4集団は子供と思春期の個体で約90%を占めます。身長には個体差がありすまが、ネアンデルタール人の成人の身長範囲の下限である147.5cmを成人と未成年の区分として利用した場合でも、成人の足跡の頻度は21%を超えません。また、体重の軽い未成年の足跡が成人よりも残りにくいことからも、足跡に占める成人の比率は低く、おもに子供と思春期個体で占められている、と推測されます。

 ネアンデルタール人の社会的集団の構成に関する信頼できる情報を提供できる遺跡としては、このルロゼルの他に、スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)があります。エルシドロン遺跡では、成人が7人、思春期が3人、学童期(juvenile、6~7歳から12~13歳頃)が2人、幼児が1人と推定されています。エルシドロン遺跡では、現代の狩猟採集民集団のように、成人の比率が高くなっています。ネアンデルタール人遺骸の発見されているクロアチアのクラピナ(Krapina)遺跡と、早期ネアンデルタール人もしくはネアンデルタール人の祖先集団と近縁な集団の遺骸が発見されているスペイン北部の「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡でも、成人が多いと推定されています。ただ、両遺跡では遺骸が同時期に死亡したものなのか定かではないので、集団の構成員の比率を表しているのか、不明です。本論文は、ルロゼル遺跡とエルシドロン遺跡から得られた現時点での証拠に基づき、ネアンデルタール人の社会集団の構成が多様だった可能性を示唆します。

 ただ、ルロゼル遺跡の足跡において未成年の比率が圧倒的に高い理由については、その時たまたま外にいた構成員のものもで、集団全体の構成比を表しているとは限らない、とも指摘されています。ネアンデルタール人の足跡としては、ジブラルタルで発見されたものがあり、28450±3010年前という推定年代でも大いに注目されますが、こちらは現生人類(Homo sapiens)の足跡である可能性も提示されています(関連記事)。一方、ルロゼル遺跡の足跡はほぼ間違いなくネアンデルタール人のものでしょうから、ネアンデルタール人の社会的集団構成がどのようなものだったか推測するうえで、たいへん貴重な遺跡であることは間違いないでしょう。


参考文献:
Duveau J. et al.(2019): The composition of a Neandertal social group revealed by the hominin footprints at Le Rozel (Normandy, France). PNAS, 116, 39, 19409–19414.
https://doi.org/10.1073/pnas.1901789116

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