大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第40回「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

 1959年、田畑政治たちは1964年夏季オリンピック大会を東京に招致しようとしていましたが、IOC(国際オリンピック委員会)総会で演説予定だった外交官が負傷し、田畑たちは嘉納治五郎を看取った平沢和重に演説を依頼します。しかし、1964年に東京で夏季オリンピック大会を開催するのは時期尚早だと考える平沢は、その要請を断ります。そんな平沢に、田畑は1945年以来の自分たちのオリンピックへの熱い想いを語り始めます。

 今回は敗戦後の流れが一気に描かれ、ダイジェスト的な感じでした。回想場面も多く、最終章を迎えて、これまでの描写を踏まえた集大成の始まりを予感させました。1954年の時点でのフィリピンにおける反日感情の強さと、田畑へのオリンピックの熱意を結びつける話の流れはよかったと思います。田畑が1953年の衆院選に出馬したことは知りませんでしたが、自民党公認と言ってしまったのはまずかったな、と思います。まだ保守合同前で自民党結成前だったからです。調べてみたら、田畑は自由党から出馬し、立候補者中8人(定数4)6位でした。脚本では自由党になっていたのかもしれませんが。

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