オホーツク文化人のハプログループY遺伝子

 一定以上の有名人の発言でも、イランは「広義のアラブ」というような、どうにも拡散・定着しそうにない馬鹿げたものを揶揄するように取り上げる(関連記事)のは時間の浪費だと考え、当ブログでわざわざ言及することはやめよう、と最近では心がけています。しかし、現代日本社会において、一定以上の比率で存在するだろう特定の政治的志向の人々の間でもてはやされ、定着しかねない与太話に関しては取り上げる価値があると考えているので、Y染色体について検索していて見かけた、以下に引用する表題の発言について私見を述べます。

これは擦文人との関係ではなくオホーツク文化人のハプログループY遺伝子を引き継いでいるという記事です。つまりオホーツク文化人の男系遺伝子を引き継いだという証明。すでに女系のmtDNAを引き継いでいる事は証明されているのでアイヌのホームタウンはアムール川流域である事を示していますね。

 まず、「ハプログループY遺伝子」という用語からして不適切です。ハプログループとは、類似したハプロタイプの集団のことです。ハプロタイプとは、ヒトのような二倍体生物では、単一の染色体上のアレル(対立遺伝子)の組み合わせです。ハプログループとは特定の遺伝子のことではなく、ハプログループの分類名の後に遺伝子をつけるような用語は不適切です。

 次に、上記発言は、2009年の北海道新聞の記事を引用したブログ記事に基づいており、そこでもすでに「Y遺伝子」とありますが、これはおそらく、紀元後7~13世紀のオホーツク文化集団のミトコンドリアDNA(mtDNA)を解析し、そのハプログループ(mtHg)を決定した研究(Sato et al., 2009)に基づいていると思います。この研究は、北海道「縄文人」にはmtHg-Yが見られないのに対して、現代アイヌ集団には20%弱存在することから、現代アイヌ集団は北海道の続縄文時代および擦文時代の集団とオホーツク文化集団との混合により形成された、と推測しています。つまり、「オホーツク文化人の男系遺伝子を引き継いだという証明」となる研究ではありません。上記発言では「すでに女系のmtDNAを引き継いでいる事は証明されている」とありますが、それがこの研究を指しています。

 おそらく上記の発言主は、「ハプログループY遺伝子」とあるので、Y染色体ハプログループ(YHg)についての研究だと誤認したのでしょう。ちなみに、現時点でもYHgの分類名でまだYは割り当てられていません。率直に言って、この程度の認識で「アイヌのホームタウンはアムール川流域である事を示していますね」と発言するのは、たいへん恥ずかしいことだと思います。以前当ブログでもこの問題を取り上げましたが(関連記事)、実は5年近く前(2014年11月18日)に、的場光昭氏でさえ、

「アイヌ民族の特徴であるY遺伝子がない。」は、体細胞核にあるY染色体と混同される恐れがあるので、誤解を招きます。
ミトコンドリアDNAのハプログループYと訂正お願いします。


と懸念を表明していたくらいでした。上記発言は、的場氏の懸念が杞憂ではなかったことを証明してしまいました。率直に言って、アカウントを削除してもおかしくないくらいの失態だと思うのですが、こういう発言をする人は多くがふてぶてしいので、今後もアイヌ問題関連で遺伝学的研究を都合よく理解して、というか誤認して恥ずかしい発言を続けるのでしょう。なお、検索してみたところ、すでに北海道新聞の記事で「ハプログループY遺伝子」となっており、上記のブログ記事や発言主にも多少は同情の余地があるかもしれませんが、遺伝学的観点からアイヌの由来を語っているわけですから、やはりアカウント削除級の恥ずかしい間違いとの私見は変わりません。


参考文献:
Sato T. et al.(2009): Mitochondrial DNA haplogrouping of the Okhotsk people based on analysis of ancient DNA: an intermediate of gene flow from the continental Sakhalin people to the Ainu. Anthropological Science, 117, 3, 171–180.
https://doi.org/10.1537/ase.081202

ニア洞窟群の10万年以上前の人類の痕跡

 ボルネオ島のニア洞窟群(Niah Caves)のトレーダーズ洞窟(Traders’ Cave)で、0万年以上前の人類の痕跡が発見された、と報道されました。ニア洞窟群は1958年に4万年以上前の現生人類(Homo sapiens)の頭蓋が発見されており、これはアジア南東部では最古級の現生人類遺骸となります。報道では詳細は不明なのですが、トレーダーズ洞窟で109000年前頃の化石の骨とカキの殻が発見されたそうです。ただ、化石の骨が人類のものなのか、報道を読んでも明確ではありませんでした。カキの殻に人為的と判断できる痕跡が確認された、ということでしょうか。別の発掘区域では人工物も発見されているそうで、おそらく石器なのでしょう。

 仮に、人類がボルネオ島に10万年以上前に存在したとすると、どの人類なのか、大いに注目を集めそうです。近年、疑問も呈されているとはいえ、現生人類がアジア南東部やオセアニアへ遅くとも6万年以上前に拡散していた、との見解が複数提示されています(関連記事)。その意味で、ボルネオ島の10万年以上前の人類が現生人類である可能性は否定できません。ただ、ルソン島で発見された67000年前頃の人類遺骸はホモ属の新種ルゾネンシス(Homo luzonensis)と分類されており(関連記事)、現生人類ではないホモ属である可能性もじゅうぶん想定されます。今後は10万年以上前の層を調査する予定とのことですから、研究の進展がたいへん楽しみです。

火山島の崩壊前の兆候

 火山島の崩壊前の兆候に関する研究(Walter et al., 2019)が公表されました。インドネシアの火山島であるアナク・クラカタウ(Anak Krakatau)の山腹が2018年12月22日に崩壊し、それが引き金となって発生した津波により430人以上が死亡し、3万人以上が避難しましたが、事前の警告と思われるものはほとんどありませんでした。この研究は、火山が一部崩壊した12月22日より前に、いくつかの活動の兆候があったことを明らかにしました。

 まず、2018年1月にアナク・クラカタウ島の南西側の山腹が海に向かってゆっくりと移動し始め、その後2018年6月30日には同島で熱活動が活発化し、火山の一部崩壊までの数ヶ月間に同島の表面積が拡大し続けていました。この研究は、これらの要因がアナク・クラカタウ火山の山腹崩壊の原因究明に役立つのではないか、と考えています。これらの観測結果は、個別に検討した場合、その後の崩壊現象の発生を予測できるだけの決定的な現象とは判断できないものの、他の火山島で山腹崩壊の監視体制の充実に寄与し、早期警報技術の精緻化にも役立つ可能性があります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【地球科学】アナク・クラカタウの崩壊前に活動の兆候があった

 火山島アナク・クラカタウは、2018年12月に山腹が崩壊し、それが引き金となって発生した津波によって多数の死者が出た。この火山の崩壊が起こるまでの数か月間にいくつかの活動の兆候があったことを報告する論文が掲載される。この論文では、そうした異常現象が観測された時にそれらを個別に検討した場合、その後の崩壊現象の発生を予測できるだけの決定的な現象とは判断されないと考えられるが、この観測結果は将来的に有用なものとなる可能性があると指摘されている。

 アナク・クラカタウは、インドネシアの火山島で、その一部が2018年12月22日に崩壊し、それが引き金となって発生した津波によって、430人以上が死亡し、3万人以上が避難したが、事前の警告と思われるものはほとんどなかった。

 今回、Thomas Walterたちの研究グループは、火山が一部崩壊した12月22日より前にいくつかの活動の兆候があったことを明らかにした。つまり、2018年1月にアナク・クラカタウ島の南西側の山腹が海に向かってゆっくりと移動し始め、その後2018年6月30日には同島で熱活動が活発化し、火山の一部崩壊までの数か月間に同島の表面積が拡大し続けていたのだ。Walterたちは、これらの要因がアナク・クラカタウ火山の山腹崩壊の原因究明に役立つのではないかと考えている。今回明らかになった観測結果は、他の火山島で山腹崩壊の監視体制の充実に寄与し、早期警報技術の精緻化にも役立つ可能性がある。



参考文献:
Walter TR. et al.(2019): Complex hazard cascade culminating in the Anak Krakatau sector collapse. Nature Communications, 10, 4339.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-12284-5