メラネシア人における古代型人類からの遺伝子移入

 メラネシア人における古代型人類からの遺伝子移入に関する研究(Hsieh et al., 2019)が報道されました。日本語の解説記事もあります。人類は起源地から拡散していったさい、新たな環境に適応するよう、選択圧を受けたと考えられます。これはとくに現生人類(Homo sapiens)のアフリカから世界各地への拡散で注目されています。一塩基多型(SNVs)のゲノム調査からは、地域的な遺伝的適応と、現生人類がネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった現生人類とは異なる古代型人類から交雑により獲得した遺伝子多様体と、その後の正の選択の証拠が得られてきました。

 ゲノムの構造多型(SV)は50塩基対以上の欠失・挿入・重複・逆位多型の総称で、50塩基対より小さい欠失・挿入に相当するインデルや、1塩基対の置換である一塩基多型とは区別され、SVの中の欠失と重複はコピー数多型(CNVs)とも呼ばれます(関連記事)。より大きなコピー数多型は一般的に有害で、疾患と関連していますが、ヒトの適応的コピー数多型の事例も報告されてきました。しかし、現代人のコピー数多型が地域的適応の遺伝的基盤にどの程度貢献しているのか、他の人類から遺伝子移入されたコピー数多型が適応的選択の標的だったのかどうかについては、ほとんど知られていません。

 本論文は、メラネシア人の間で古代型人類から選択的に遺伝子移入されたコピー数多型のゲノム規模の証拠を体系的に調査しました。メラネシア人は、熱帯の島環境に住んでいるため、植生・感染症・身体サイズへの適応を発達させた可能性があります。さらに、メラネシア人はその歴史のほとんど(過去5万年)で比較的孤立しており、外部集団からの主要な遺伝的影響は、過去3000年間のおもにアジア東部系集団からのものに限定されています。メラネシア人はまた、古代型人類ネアンデルタール人とデニソワ人(Denisovan)から、それぞれ1~3%と3~5%程度の遺伝的影響を受けており、古代型人類からの遺伝的影響は現代人の各地域集団の中では最大と推定されています。

 本論文は、高品質なゲノム配列の得られている古代型人類3個体から、5135個のコピー数多型のデータベースを構築しました。この3個体とは、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ人(関連記事)およびネアンデルタール人(関連記事)と、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見されたネアンデルタール人です(関連記事)。本論文は、これら古代型人類3人のコピー数多型データを、266人の現代人および72頭の非ヒト大型類人猿と比較しました。402個の人類特有のコピー数多型のうち、約13%となる51個はユーラシアの古代型人類3人と非アフリカ系現代人の間で共有されており、このうち一部は古代型人類から現生人類への遺伝子移入によりもたらされた可能性があります。本論文は、現代人の中でも、古代型人類から最も大きく遺伝的影響を受けているメラネシア人における、古代型人類からの遺伝子移入および選択されたコピー数多型を調査しました。

 本論文の人口統計学的モデルでは、アジア東部人からメラネシア人への比較的高い遺伝子流動が示されます。メラネシア人でもとくに低地集団ではアジア東部系の遺伝的影響が高く、約1/3となります。メラネシア人の間で、正の選択の潜在的な兆候を示すコピー数多型37個が発見され、そのうち19個はおそらく古代型人類からの遺伝子移入と推測されました。適応的遺伝子移入のコピー数多型候補のうち、多くは代謝(ACOT1とACOT2など)、発達および細胞周期もしくはシグナル伝達(TNFRSF10DとCDK11AとCDK11Bなど)、免疫反応(IFNLR1など)と関連する遺伝子の近傍もしくはその内部に位置しますが、そのパターンは複雑です。

 メラネシア人の16番染色体短腕(16p11.2)には、デニソワ人起源で、現代メラネシア人の祖先集団に17万~6万年前に遺伝子移入されたと推定される、383000塩基対以上の長大な重複が存在します。この重複は多様なメラネシア人集団において79%以上という高頻度で存在しますが、他の現代人地域集団にはほぼ見られず、正の選択の痕跡を示します。本論文はこの領域の重複が現生人類系統とデニソワ人系統で独立して起きた、と推測しています。

 メラネシア人の8番染色体短腕(8p21.3)では、6000塩基対の欠失と、38000塩基対の重複からなるコピー数多型が確認され、このハプロタイプはネアンデルタール人起源で、12万~4万年前頃にネアンデルタール人から現生人類へと遺伝子移入された、と推測されています。このハプロタイプの割合はメラネシア人では44%ですが、他の現代人地域集団ではほぼ皆無です。本論文は、このコピー数多型において、メラネシア人における部分的な選択的一掃と一致する痕跡が確認される、と指摘しています。

 人類集団における地域的適応の根底にある遺伝的多様体を特徴づけることは、人類進化研究において重要な目標の一つです。しかし、ほとんどの研究では、新しい有益な変異として生じるか、もしくはネアンデルタール人とデニソワ人など古代型人類との交雑により導入された、適応的な一塩基多型に注目してきました。ゲノムにおいてより多くの塩基対に影響を与える欠失もしくは重複を通じて生成されたコピー数多型の適応的役割は、より強い選択圧を受けるという証拠にも関わらず、ほとんど調査されていないため、あまりよく理解されていませんでした。

 本論文は、古代型人類と現代人のゲノム配列により、適応的な遺伝子移入のコピー数多型遺伝子座を特定し、特徴づけました。本論文は、選択的および適応的な遺伝子移入コピー数多型の増加の、人類進化における潜在的役割を強調します。近隣の遺伝子座に作用する正の選択に起因する潜在的な「ヒッチハイク」効果の可能性は除外できないものの、候補となる遺伝子座の周囲の大きな効果の他の機能的変異(たとえば、非同義多様体)が欠如していることは、これらの選択兆候の基盤が、本論文で特定された層別化されたコピー数多型と、おそらくはその内部の遺伝子にあった、と示唆されます。

 遺伝子型と表現型との関係についての理解が限られているため、16番染色体短腕(16p11.2)と8番染色体短腕(8p21.3)のコピー数多型の機能的予測は困難ですが、16番染色体短腕には胚発達における制御に影響するかもしれない、ヒト特有の遺伝子重複拡大と関連する適応的兆候が含まれています。この遺伝子座は複雑な再発生の構造的再配列も示しており、自閉症の一因との関連が指摘されています。8番染色体短腕(8p21.3)では、メラネシア人のDUP10Dアレル(対立遺伝子)は、ネアンデルタール人に由来し、ヒトの骨格筋の既知の制御兆候と重なる、近隣の欠失を伴っています。

 大きなゲノムの獲得と喪失には、生物の表現型に影響を及ぼし得る遺伝子を作る可能性があります。さまざまな古代型人類と現生人類との間の遺伝子流動に関する理解が進むにつれて、古代型人類から現生人類へと継承された遺伝子多様体が、アフリカから世界各地へと拡散した現生人類にとって、新たな環境への適応に有利に作用した、との見解が定着してきました。移入されたコピー数多型も、有益なアレルの貯蔵庫として機能することにより、アフリカから新たな環境に拡散してきた現生人類とって重要な役割を果たしたかもしれない、と本論文は推測します。

 本論文はさらに、メラネシア人のコピー数多型の研究により、現在の参照ゲノムには欠けている大規模な遺伝的多様性がある、と指摘します。現代人集団において特徴づけられる大規模な遺伝的多様性と遺伝子の理解の進展には、コピー数多型の研究による参照ゲノムの発展が必要というわけです。本論文は、現生人類と古代型人類との交雑だけではなく、現代人の遺伝的基盤をさらに深く理解するための方法を提示したという点でも、大いに注目されます。今後、他の地域集団でも同様の研究が進めば、現生人類と古代型人類との交雑も含めて、さまざまな側面でこれまでには気づかれなかった新たな知見が得られるのではないか、と期待されます。


参考文献:
Hsieh P. et al.(2019): Adaptive archaic introgression of copy number variants and the discovery of previously unknown human genes. Science, 366, 6463, eaax2083.
https://doi.org/10.1126/science.aax2083

『卑弥呼』第27話「兵法家」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年11月5日号掲載分の感想です。前回は、那国がトメ将軍を裏切ったので、即刻兵を率いて渡河(筑後川と思われます)しなければ、トメ将軍は百日以内に死ぬ、という天照大御神からのお告げをヤノハがトメ将軍に伝えるところで終了しました。今回は、その7日前の那と暈の境界の場面から始まります。大河(筑後川と思われます)で男性の船頭は那の兵士たちに呼び止められます。大河を渡るのは御法度というわけです。兵士たちが密輸なら即刻死刑だと船頭を脅すと、中から青い服を着たアカメが現れます。兵士たちは、その服の色からアカメを祈祷女(イノリメ)と誤認します。アカメは山社(ヤマト)から逃れてきた祈祷女と名乗り、兵士たちの上官に会いたい、と言います。

 アカメはトメ将軍不在の留守を預かるホスセリ校尉と面会します。ホスセリ校尉に暈(クマ)の国の状況を尋ねられたアカメは、山社に日見子(ヒミコ)を名乗る女子が現れ、国内には内乱の兆しがある、と答えます。日見子と名乗った女子(ヤノハ)はタケル王に簡単に成敗される、と思っていたホスセリ校尉にたいして、ヤノハがしぶとく生き残り、国としての山社の独立を宣言した、とアカメは説明します。祈祷部(イノリベ)はその女子を日見子と認めたのか、とホスセリ校尉に尋ねられたアカメは、日の巫女の到来を信ずる者と信じない者に割れたが、信ずる側が勝ち、偽物と主張していた、暈の国にある日の巫女集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部の長であるヒルメは捕縛され、自分は隙を見て命からがら逃亡してきた、と答えます。トメ将軍が山社に向かったから山社に戻れるだろう、とホスセリ校尉に言われたアカメは、そうはならないようだ、と言ってトメ将軍謀反の噂を告げます。

 那国の「首都」である那城(ナシロ)では、ウツヒオ王が島子(シマコ)のウラと日の守(ヒノモリ)のサギリを呼び、対応を検討していました。島子のウラは、以前と変わらず、トメ将軍は信用ならない、とウツヒオ王に改めて訴えました。サギリは、トメ将軍が裏切り者とは信じられないが、万が一トメ将軍が兵を都に向ければ一大事だ、と言います。そんなサギリを、肝が小さいとウラは嘲り、トメ将軍の謀反は事実なので、成敗するだけだ、と主張します。サギリは、トメ将軍が勇猛果敢であることから、慎重な姿勢を示しますが、ウラは、たとえ不敗の将軍でもたった500人の兵士たちで何ができるのか、国境にはホスセリ校尉の率いる9000人の兵士たちがいるのだ、と事態を楽観しています。するとサギリは、その9000人の兵士たちがトメ将軍と真っ向から戦えるほど剛毅なのか、と疑問を呈します。戦人は最強の武人を敬い畏れるので、9000人の兵士たちがトメ将軍につく可能性もある、というわけです。ウラは慌てて、伊都(イト)・穂波(ホミ)・都萬(トマ)の国境に配した兵士たちを呼び戻すよう、ウツヒオ王に進言し、ウツヒオ王は悩みます。

 トメ将軍は暈の国内にある閼宗(アソ)山(阿蘇山)の近くにいました。トメ将軍に「アソ」の意味を問われたヌカデは、先祖の魂が戻らないよう塞ぐ場所と答えます。トメ将軍は、人の魂や黄泉返りといった人智を超えた事象は何も信じていないので、日見子(ヤノハ)の千里眼を今も疑っている、と打ち明けます。即刻兵を率いて渡河(筑後川と思われます)しなければ百日以内に死ぬ、という天照大御神からのお告げをヤノハから伝えられたトメ将軍は、すぐには納得しませんでした。するとヤノハは、トメ将軍が筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)でもはや並ぶ者のない武人で秀ですぎた、と指摘します。戦人として称賛されて何が悪い、とトメ将軍に反問されたヤノハは、称賛の裏には悪意もあり、悪意とは称賛の倍あるものだ、と答えます。たった500人で大河を渡り、鬼神と名高きオシクマ将軍を一蹴し、その勢いで兵を進めて暈のタケル王を追い詰めたトメ将軍を、那の王族・太夫・貴人・戦人・民・奴婢は畏怖し、那国の新たな王になろうとしているのではないかと考えるだろう、とヤノハは指摘します。その流言を那の王は一笑にふすほど、トメ将軍を信頼しているのか、と問われたトメ将軍は反論できません。急いで那国に戻るべきとヌカデはトメ将軍に進言し、ヤノハは、一刻の猶予もないため、ヌカデを案内役に那への最短の道を行くよう、トメ将軍に勧めます。その道を使えば、鞠智彦(ククチヒコ)の手勢と遭遇する危険もない、というわけです。それが、閼宗山を横断する経路でした。

 日見子(ヤノハ)の千里眼が信じられないなら、なぜ日見子の勧めに従ったのか、とヌカデに問われたトメ将軍は、海の向こうの大陸の帝の住む大国(当時は後漢)には、昔より兵法家と呼ばれる人々がいる、と自分の考えを説明し始めます。兵法とは戦の勝利を天運に頼らず、分析と研究と人為によって実現する学問で、兵法家として有名な先人には、太公望呂尚や孫武や呉起がいます。その偉大な兵法家に共通するのは、まず第六感の存在を信じないことでした。見る・聞く・嗅ぐ・触れる・味わうという人の五感に加えて、第六感とは、千里眼や預言や神との語らいなど、人智を超えた能力です。トメ将軍は、日見子(ヤノハ)にそれがあるとは思えない、とヌカデに打ち明けます。しかし、日見子は研ぎ澄まされた五感の持ち主で、優れた分析力と冷徹非情な決断力がある、というのがトメ将軍の評価でした。200年前(じっさいはこの時点から400年前頃)、大陸に韓信という前漢の高祖(劉邦)の知恵袋がおり、貧しい出自の不良で、生き残るためには恥を捨てて人の股すらくぐり、勝利のためならどんな汚い手も使って見方さえ欺いた男だったが、日見子はその大兵法家の韓信に似ているような気がする、とトメ将軍はヌカデに説明します。それ故に、トメ将軍は日見子の発言なら何か根拠があると思った、というわけです。

 山社では、日見子たるヤノハが、テヅチ将軍とミマト将軍に日向(ヒムカ)を併合するよう命じましたが、テヅチ将軍は躊躇います。ヤノハは、山社が国となるには日向が必要で、得るのは今しかない、と説明します。しかし、日向は古のサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の地で、両隣の暈と都萬がいかなる侵攻も許さないだろう、と言ってミマト将軍も躊躇います。日向出身のヤノハは、日向は誰からも守られず、見捨てられ、(瀬戸内海と思われる)内海(ウチウミ)の賊の餌食になっているので、山社の侵攻は日向の民の望みでもある、と両将軍を説得します。暈と都萬の連合軍をどう倒すのか、とテヅチ将軍に問われたヤノハは、タケル王が姿を消した今、暈があえて兵を差し向けるだろうか、また、平和に倦んだ都萬が単独で挙兵するだろうか、と反問します。その説明を聞いたミマト将軍は、ヤノハが優れた兵法家だと感心します。それでもテヅチ将軍は、サヌ王の盟約は筑紫島全土に及んでいる、と日向侵攻に消極的です。サヌ王の盟約とは、東征するサヌ王がかけた、自分の血筋以外の者が日向を治めようとするなら恐ろしい死がくだる、という呪いのため、日向には王がおらず、暈と都萬が共同管理していることです(第15話)。伊都・穂波・末盧といった国々がわざわざ他国の領土を踏み越えて派兵するだろうか、とヤノハに反問されたテヅチ将軍は、那国の動向を心配していました。するとヤノハは、那国では近く内乱が起きる、と断言します。それでテヅチ将軍も得心し、ミマト将軍が意気揚々と日向への侵攻を決意するところで、今回は終了です。


 今回は、トメ将軍の視点からヤノハの本質が描かれました。初期から存在を言及されていながら、他の主要人物よりも登場の遅かったトメ将軍ですが、的確にヤノハの本質を見抜いており、大物感があるので、たいへん魅力的な人物造形になっています。ヤノハは、近いうちに那国で内乱が起きる、と予想していますが、これも新生「山社国」成立のための計画の一環なのでしょう。どのように展開していくのか、楽しみですが、トメ将軍は大物感のある人物だけに、ヤノハの思惑通りに事態が進むとは限らないかもしれません。また、暈の鞠智彦とイサオ王も大物感のある人物で、『三国志』からは、新生「山社国」成立後、暈と「山社国」は対立を続けると予想されるので、その意味でも、ヤノハの思惑通り事態が進むのではなく、今後ヤノハが窮地に陥るような事態もありそうです。

 トメ将軍をめぐる事情も少し描かれ、那国の島子であるウラは、以前の描写(第14話)でも示唆されていましたが、明らかにトメ将軍を嫌っています。これは、トメ将軍が島子の地位を望んでおり、島子を務めるだけの能力・経験・人々の信頼があるので、自分の特権的地位を奪われるかもしれない、と警戒しているためなのでしょう。一方、那国の日の守であるサギリは、トメ将軍を信頼し、その能力を認めつつも、警戒もしているようです。トメ将軍は庶民出身なので、その点で那国上層部にはトメ将軍への軽視・警戒があるのかもしれません。主要人物のキャラは立っていますし、謎解き要素もあるので、今後『天智と天武~新説・日本書紀~』以上に楽しめる話になるのではないか、と期待しています。