イベリア半島北部における上部旧石器時代の幼児の下顎

 イベリア半島北部における上部旧石器時代の幼児の下顎に関する研究(Garralda et al., 2019)が公表されました。ヨーロッパで確実な現生人類(Homo sapiens)の化石が見つかるのは上部旧石器時代以降です。しかし、そうした化石はひじょうに少なく部分的で、考古学的背景が不明なものもあります。本論文は、1912年にスペイン北部のカンタブリア州にあるエルカスティーヨ(El Castillo)洞窟で発見された不完全な幼児の下顎(Castillo C)の分析結果を報告します。カスティーヨCには、同一個体のものと考えられる頭蓋断片も含まれます。カスティーヨCは当時、「オーリナシアン(Aurignacian)-デルタ」と呼ばれていた旧石器時代初期に区分されていました。

 エルカスティーヨ(El Castillo)洞窟では、4万年前頃までさかのぼる壁画が発見されています(関連記事)。エルカスティーヨ洞窟では、中世から下部旧石器時代にいたる長期の人類の痕跡が確認されています。旧石器時代では、上(新しい年代)から順にマグダレニアン(Magdalenian)→リュートレアン(Solutrean)→グラヴェティアン(Gravettian)→オーリナシアン(Aurignacian)と続きます。ここまでは現生人類が担い手と考えられる上部旧石器時代となります。初期マグダレニアンの層からは多数の動産美術品が発見されています。中部旧石器時代となるその下のムステリアン(Mousterian)は長く続いたようで、文化的変動が観察されます。その担い手は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と考えられています。その下は下部旧石器時代となり、アシューリアン(Acheulian)石器群が発見されています。このアシューリアン石器群の発見されている層が人類の痕跡の最下層となります。

 上述のように、カスティーヨCは当初、文化的には「オーリナシアン-デルタ」期に位置づけられました。発掘位置の正確な記録が残っていないため、本論文は当時の記録を精査し、遺跡と改めて照合することで、放射性炭素年代測定により、非較正年代で24720±210年前、較正年代で29300~28300年前という結果を得ました。これはグラヴェティアン(Gravettian)期に相当する年代で、カスティーヨCは巣穴など堆積後の作用によりオーリナシアン層まで移動した、と考えられます。カスティーヨCの年齢は4~5歳程度と推定されており、性別は不明とされています。

 カスティーヨCは形態面では、ヨーロッパのオーリナシアン(Aurignacian)およびグラヴェティアン(Gravettian)期の幼児化石、さらには現代の幼児化石と比較されました。その結果、現代の幼児との違いがいくつか観察されるものの、おおむね現生人類の範囲内に収まり、ネアンデルタール人との明確な違いを示します。同位体分析では、カスティーヨCの食性は多様だった、と推測されます。カスティーヨCには多数の解体痕(cutmarks)が確認されましたが、歯の痕跡は見当たらず、ハイエナのような肉食獣に消費されたのではなく、ヒトによる処理と考えられます。しかし、それが葬儀と関連しているのか、それとも食人行為の結果なのか、現時点では判断が困難です。また、食人行為が葬儀と関連している可能性も想定しておかねばならないでしょう。


参考文献:
Garralda MD. et al.(2019): The Gravettian child mandible from El Castillo Cave (Puente Viesgo, Cantabria, Spain). American Journal of Physical Anthropology, 170, 3, 331–350.
https://doi.org/10.1002/ajpa.23906