10万年以上前までさかのぼるかもしれないアジア南部への現生人類の拡散

 アジア南部沿岸の中部旧石器時代の年代に関する研究(Blinkhorn et al., 2019)が公表されました。アジア南部は現生人類(Homo sapiens)のアフリカから東方への拡散経路の中心に位置しており、現生人類の拡散をめぐる議論で重要な役割を担っています。しかし、その頃のアジア南部の人類遺骸は少ないので、考古学および古環境のデータがこの問題の解明に重要となります。当初、現生人類のアフリカからの拡散は6万年前頃以降と推定され、急速な移動の可能なアジア南部沿岸が重視されており、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の研究からも支持されていました。

 過去10年、この問題に関して学際的な研究が進み、現生人類のアジア南部への拡散が128000~71000年前頃となる海洋酸素同位体ステージ(MIS)5までさかのぼる、と主張されるようになりました。また、後期更新世のアジア南部は、砂漠から熱帯雨林、広大な低地河川流域から高地まで、多様な生態系で構成されていることも明らかになってきました。これは、後期更新世の現生人類が、更新世末までに世界中の極限環境に進出し、「専門家」になっていった、とする見解(関連記事)と整合的です。

 こうしたアジア南部の後期更新世の多様な環境の中で、資源の観点からアジア南部沿岸地帯は人類にとって有利な環境と考えられます。本論文は、アジア南部海岸線に近く(現代の海岸線からは約25km)、ナイラ渓谷(Naira Valley)に位置する、インドのグジャラート(Gujarat)州カッチ(Kachchh)県のサンダヴ(Sandhav)遺跡の中部旧石器時代の痕跡について報告しています。サンダヴ遺跡周辺の現在の気候は、平均気温が17.9~32度、年間平均降水量が350mm以下です。アジア南部の現在の海底地形は、完新世におけるかなりの堆積が推定されていることから、更新世の地形を反映しているとは限らない、と本論文は指摘します。サンダヴ遺跡では、中部旧石器時代の石器群が複数地点で識別された一方で、現生人類拡散の指標とされる細石器群は上層でしか確認されませんでした。サンダヴ遺跡はレベル1~11に区分されており、レベル5~6では中部旧石器が確認されています。レベル6の年代は、赤外光ルミネッセンス法(IRSL)でMIS5前半に相当する113800±12810年前です。

 サンダヴ遺跡におけるレベル6の石器群の113800±12810年前という年代は、アジア南部西方の中部旧石器としては最古となります。アジア南部全体で最新の下部旧石器となるアシューリアン石器群は、インド北部のマドゥヤプラデーシュ(Madhya Pradesh)州のミドルサン渓谷(Middle Son Valley)で発見されており、年代は13万年前頃です。MIS5には、現在のカッチ県では夏季モンスーンが強くなり、C4植物群が繁茂していた、と推測されています。人類にとってより好適な環境が出現しただろう、というわけです。MIS5には、カッチ県のような沿岸地域も、内陸部となる近隣のタール砂漠も類似した環境だった、と推測されています。

 サンダヴ遺跡では複数の有舌尖頭器が発見されており、ルヴァロワ(Levallois)技術の使用とともに、インド東部のジュワラプーラム(Jwalapuram)遺跡のようなアジア南部の他の遺跡と同様にアジア南部西方の中部旧石器時代石器群に分類されます。サンダヴ遺跡の複数の有舌尖頭器は、アジア南部における有柄技術の最初の指標となるかもしれません。近年のアジア南部に関する学際的研究では、中部旧石器技術に関連するMIS5のアジア南部への現生人類の拡散が支持されることから、本論文はアジア南部の中部旧石器時代のこうした有柄技術を、現生人類の拡散と直接的に関連している、と評価しています。ただ本論文は、アジア南部における有舌尖頭器の出現が着柄技術における機能的に顕著な特徴の独立した革新なのか、アテーリアン(Aterian)のように西方の人類集団からの文化的継承遺産なのか、解決するには比較研究が必要になる、と指摘します。

 現生人類の出アフリカに関しては、回数・年代・経路などをめぐって議論が続いていますが、遺伝学的研究では、6万年前頃のアフリカからの1回のみの沿岸拡散モデルが有力とされています(関連記事)。しかし、サンダヴ遺跡の証拠は、アジア南部の大陸部と沿岸部両方におけるMIS5での中部旧石器技術の共有から、6万年前頃よりもずっと早い現生人類拡散モデルの方を支持する、と本論文は指摘します。正直なところ、中部旧石器時代までの石器技術に関しては、人類遺骸の共伴がひじょうに少なく、その担い手がどの人類系統なのか、現時点での断定は難しいと思います。

 かりに、本論文の主張するように、MIS5にアジア南部に現生人類が拡散していたとしたら、その集団は絶滅して現在に子孫を残さなかったか、その後でアフリカから拡散してきた非アフリカ系現代人の主要な祖先集団に吸収され、現代人にはわずかしか遺伝的影響を残していないと想定すると、遺伝学的研究とも整合的かな、と考えています。アジア南部には、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が存在したかもしれず(関連記事)、現生人類が拡散してきた時に交雑があったかもしれないという点でも、現生人類のアジア南部への初期の拡散は注目されます。


参考文献:
Blinkhorn J. et al.(2019): The first directly dated evidence for Palaeolithic occupation on the Indian coast at Sandhav, Kachchh. Quaternary Science Reviews, 224, 105975.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2019.105975