天皇はなぜ「王(キング)」ではなく「皇帝(エンペラー)」なのか

 一昨日(2019年10月22日に即位の礼が行なわれたためか、天皇への一般的関心が高まっているようで、Y染色体を根拠に男系維持を主張したり、中にはろくに理解できずに「神武天皇由来のY遺伝子」と発言したりする人もいますが(関連記事)、この問題に関しては以前述べたので繰り返しません(関連記事)。なお、皇族の天皇というか皇族のY染色体ハプログループ(YHg)について、「縄文系」のD1a2(旧D1b)とする見解がネットではそれなりに浸透しているようですが、皇族(もちろん男性限定です)がYHg- D1a2だと示す確実な証拠はまだ提示されていないと思いますし、そもそもYHg- D1a2のうち、現代日本社会において多数派のD1a2a(旧D1b1)が「縄文系」であると確定したわけではない、と私は考えています(関連記事)。

 天皇への関心が高まる中、表題の記事が公開されました。すべてに突っ込むだけの気力・見識は今の私にはありませんが、そもそも、ローマ帝国に淵源のあるヨーロッパの皇帝概念と、漢字文化圏の皇帝概念とを安易に同一視すべきではないというか、そもそも前者を漢字文化圏の概念である皇帝と訳すこと自体に問題が内包されている、と考えるべきなのでしょう。両者を同一視することで、さまざまな誤認や新たな(あるいは現代日本社会の一部でしか通用しないような)価値観が創出されているのではないか、とも思います。表題の記事も、慣習的かつ儀礼的なもので法的なものではなく、序列が公式に定められているわけでもない、と断りつつも、国際社会において、皇帝である天皇は王よりも格上と見なされる、と述べています。こうした認識と類似した、天皇が「ローマ法王やエリザベス女王より格上の位」との観念は、現代日本社会において一部?の人々の間で常識とされているようですが、現在の各国の君主は基本的に同格で、「序列」は在位年で判断されているものだと思います。異なる歴史的経緯を踏まえた各文化圏の君主号は容易に外国語に翻訳できるようなものではなく、その地位や「格」を自文化の概念で判断することは難しいでしょう。「王」が「皇帝」より格下という観念は、漢字文化圏の前近代的観念を(歪に?)継承したところが多分にあり、現代では破棄すべきと私は考えています。現代日本社会にとって、もはや保守すべきものは「西洋近代」ではないか、というのが最近の私の見解です。

 具体的に表題の記事の問題点をいくつか述べると、近世以降にヨーロッパでは天皇を「皇帝」と呼ぶことが定着した、という指摘です。確かに、『日本誌』では天皇は皇帝と紹介されていますが、一方で征夷大将軍も(世俗の)皇帝とされています。といいますか、近世ヨーロッパにおいて日本は世界7帝国の一つ(他は、ロシア、神聖ローマ、トルコ、ダイチン・グルン、ペルシア、インド)と認識されるようになりましたが(関連記事)、その前から日本の「皇帝」とみなされていたのは、おおむね征夷大将軍(天下人)だったと思います。17世紀前半、ルイス・ソテロはスペイン国王に征夷大将軍を「皇帝」と紹介しており、19世紀初頭、ロシア皇帝からの国書でも、皇帝は征夷大将軍とされていました。

 また表題の記事は、天皇は「皇帝」と名乗らず、「天皇」と名乗った、と述べていますが、天皇とは本来「もう一つの中華世界の皇帝(天子)」に他ならないと思います(関連記事)。養老令(おそらく大宝令でも)儀制令では、日本国君主の称号は場面により天子・天皇・皇帝と使い分ける、と規定されています。天皇と(中華)皇帝との同質性が軽視されているのは、近代になって日本国君主の称号の表記がほぼ天皇に一元化された一方で、中華世界では唐代半ば以降に(おそらくは)君主の称号として天皇号が用いられなかったからなのでしょうが、その近代日本においても、皇帝が用いられることもありました。これは、中世~近世後期にかけて天皇号は公的には用いられなかったことが、一般にはあまり知られていない(だろう)こととも関連しているのでしょう。

 表題の記事は、天皇は「中国皇帝に対抗する」とも述べていますが、天皇号が正式に採用された後の遣唐使において、日本国君主は天皇とも皇帝とも天子とも名乗っていなかったようです。これは、日本が唐に冊封されていなかったとはいっても、朝貢していたので当然の話で、日本側が唐にたいして皇帝やそれに類する天皇(天武朝とかなり時代の重なる唐の高宗が天皇号を用いています)と称していたら、外交上の大問題となっていたことでしょう。当時の日本は、唐に対して「主明楽美御徳」と称していました(関連記事)。「主明楽美御徳」は「スメラミコト」で、日本国君主の称号の訓読みです。おそらく日本側は、唐にとって馴染みのない称号を用いることで、唐とは対等であるという理念と、唐の朝貢国であるという現実とが大きく齟齬をきたさないように配慮したのでしょう。唐は「主明楽美御徳」を日本国君主(天皇)の名と誤認しています。これも、日本側が意図的に唐に誤解させようとした可能性が高いとは思いますが、唐側もある程度は事情を把握しており、朝貢国の確保のためにあえて理解していないように振舞ったのかもしれません。

有機農業への転換が温室効果ガス排出量に及ぼす影響

 有機農業への転換が温室効果ガス排出量に及ぼす影響に関する研究(Smith et al., 2019)が公表されました。この研究は、イングランドとウェールズで有機農法による食料生産へ全面転換することが温室効果ガスの正味排出量に及ぼす影響を、ライフサイクルアセスメントによって評価しました。その結果、有機農法による食料生産が、慣行農法と比較して、作物で20%、家畜で4%の排出量削減につながる、と明らかになりました。しかし、有機農法への全面転換により、大半の農産物は40%台の生産不足になる可能性がある、という予測も示されました。この研究の試算によれば、不足分を補うために必要な海外の土地面積は、現在イングランドとウェールズの食料生産に利用されている面積のほぼ5倍となります。

 こうした分析結果に基づいて、この研究は、温室効果ガス排出量が正味で現在のレベルの1.7倍になるかもしれない、と推測しています。この研究は、温室効果ガス排出量に対する畜産の寄与度を考えれば、肉の消費を減らすことが重要な役割を果たし、人間の食用作物と炭素の貯留のために土地を開放できる可能性があると主張する一方で、環境的に持続可能な食料生産を達成できる単一のアプローチが存在する可能性は低い、と結論づけています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【環境】有機農業への転換が温室効果ガス排出量に及ぼす影響を評価する

 英国のイングランドとウェールズで、有機農法による食料生産へ全面転換した場合の温室効果ガス排出量の変化を評価した結果を報告する論文が掲載される。この研究では、有機農業によって温室効果ガス排出量が減少すると予測された一方、国内の食料生産量の減少を補うための海外での土地利用の増加を考慮に入れると、温室効果ガスの正味排出量は増加してしまうことが示唆された。

 今回、Guy Kirkたちの研究グループは、イングランドとウェールズで有機農法による食料生産へ全面転換することが温室効果ガスの正味排出量に及ぼす影響をライフサイクルアセスメントによって評価した。その結果、有機農法による食料生産が、慣行農法と比較して、作物で20%、家畜で4%の排出量削減につながることが判明した。しかし、有機農法への全面転換によって大半の農産物が40%台の生産不足となる可能性があるという予測も示された。Kirkたちの試算によれば、不足分を補うために必要な海外の土地面積は、現在イングランドとウェールズの食料生産に利用されている面積のほぼ5倍となる。この分析結果に基づいて、Kirkたちは、温室効果ガス排出量が正味で現在のレベルの1.7倍になる可能性があるという考えを示している。

 Kirkたちは、温室効果ガス排出量に対する畜産の寄与度を考えれば、肉の消費を減らすことが重要な役割を果たし、人間の食用作物と炭素の貯留のために土地を開放できる可能性があると主張する一方で、環境的に持続可能な食料生産を達成できる単一のアプローチが存在する可能性は低いと結論付けている。



参考文献:
Smith LG. et al.(2019): The greenhouse gas impacts of converting food production in England and Wales to organic methods. Nature Communications, 10, 4641.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-12622-7