ヨーロッパの中期中新世類人猿の二足歩行

 ヨーロッパの中期中新世類人猿の二足歩行に関する研究(Böhme et al., 2019)が報道されました。『ネイチャー』のサイトには解説記事(Kivell., 2019)が掲載されています。常習的な二足歩行は、人類系統を定義する最重要とも言える特徴です。この常習的な二足歩行の進化については、その要因・過程・時期をめぐって長く議論が続いてきました。これは、アフリカの大型類人猿(ヒト科)の化石が少ないことに起因しており、そのため現生類人猿(ヒト上科)の移動様式が人類系統の常習的な二足歩行の研究において重視されてきました。人類系統における常習的な二足歩行の起源については、足の裏全体を地面につけて歩行する現生サルに似た四足動物(掌行性/蹠行性の四肢動物)から進化したという見解や、懸垂運動を頻繁に行なう現生チンパンジー属によく似た四足動物から進化したという見解も提示されています。

 人類に最近縁の現生動物はチンパンジー属で、その次がゴリラ属ですが、どちらも移動様式はナックル歩行(手を丸めて手の甲の側を地面に当てつつ移動する歩き方)なので、アフリカの大型類人猿系統からまずゴリラ系統が分岐し、その後にチンパンジー系統と人類系統が分岐したことから推測すると、常習的な二足歩行は現生チンパンジー属によく似た四足動物から進化したという見解の方が妥当にも思われますが、初期人類のアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)の移動様式は現生類人猿と似ていないので、この問題は未解明のままです。

 本論文は、ドイツのバイエルン州のアルゴイ地方で発見された、中期中新世となる1162万年前頃の類人猿化石を報告しています。この類人猿化石はダヌヴィウス・ガゲンモシ(Danuvius guggenmosi)と命名されました。この類人猿化石の四肢骨はほぼ完全に保存されており、「四肢伸展型よじ登り(extended limb clambering)」という新たに特定された位置的行動の形態の証拠が得られました。ダヌヴィウスの歯の特徴は、ドリオピテクス(Dryopithecus)類などのヨーロッパで見つかっている後期中新世の類人猿に最も似ています。

 ダヌヴィウスには、常習的な二足歩行動物である人類に見られるような幅広い胸郭・長い腰椎・伸展した股関節と膝・全類人猿に共通する長くて完全に伸展した前肢という、二足歩行動物の適応と懸垂型の類人猿の適応を組み合わせたような特徴が見られ、(非人類系統の)大型類人猿と人類系統との最終共通祖先のモデルになり得る、と本論文は指摘します。ダヌヴィウスは、前肢(前腕)で枝にぶら下がれた一方で、後肢(脚)は真っすぐに保たれており、歩行に用いられた可能性がある、というわけです。またダヌヴィウスは物を掴める第1趾を持っており、細い枝の上では足で枝を掴んで体を支え、地面では足の裏全体をつけて歩行していた、と推測されています。本論文は、ダヌヴィウスの系統的位置づけを提示しているわけではありませんが、ダヌヴィウスの移動様式は、類人猿が地上に降りる前から後肢での歩行を行なっていた、と示唆しています。

 ただ、ダヌヴィウスの化石で保存されている脊椎が不充分なので、移動様式の推定は難しい、とも指摘されています。しかし、ダヌヴィウスが(非人類系統の)大型類人猿と人類系統との最終共通祖先のモデルになり得る、との本論文の見解は、近年の知見とも整合的なように思います。すでにラミダスの詳細な分析以前に、(非人類系統の)大型類人猿と人類系統とが分岐する前の類人猿系統において、二足歩行はありふれており、人類系統とチンパンジー系統の最終共通祖先も同様だった、との見解が提示されていました(関連記事)。この見解によると、チンパンジー属系統とゴリラ属系統のナックル歩行は収斂進化となります。その後の研究では、この見解を裏づけるような研究が公表されました(関連記事)。チンパンジーとゴリラの大腿骨の発生パターンは著しく異なっており、全体的に類似したように見える両系統の骨格形態は収斂進化だろう、というわけです。

 この遺伝的基盤はまだ明らかになっていませんが、おそらくゴリラ属系統・チンパンジー属系統・人類系統の最終共通祖先の移動様式はダヌヴィウスに類似しており、それはチンパンジー属系統と人類系統の最終共通祖先でも同様だった可能性が高そうです。現代人は、人類が「最も進化している」、つまり派生的と考えがちかもしれませんが、ゴリラ属とチンパンジー属も人類と同じ時間進化してきたわけですから、人類の進化に関する考察では、人類系統が常に派生的とは限らない、と常に意識しておくべきなのでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【進化学】二足歩行を始める前の類人猿

 ドイツで発見された新種の化石類人猿について報告する論文が、今週掲載される。この化石標本は、約1160万年前の中新世に生息していた類人猿のものとされ、二足歩行する前の類人猿の姿に関する手掛かりとなっている。

 ヒト族の二足歩行と大型類人猿の懸垂の起源を説明する多くの学説が提示されてきたが、化石証拠がなかった。ヒト族の二足歩行については、足の裏全体を地面につけて歩行する現生サルに似た四足動物から進化したという考え方がある一方で、懸垂運動を頻繁に行う現生チンパンジーに最もよく似た四足動物から進化したという考え方も示されている。

 今回、Madelaine Bohmeたちは、完全な四肢骨が保存された新種の化石類人猿Danuvius guggenmosiについて記述している。この化石標本については、「extended limb clambering(四肢を伸ばした姿勢でのよじ登り)」と命名された新たな位置的行動の形態を示す証拠になるとBohmeたちは考えている。D. guggenmosiは、腕で枝にぶら下がることができたと考えられているが、脚より腕を多く使って移動する他の類人猿(例えば、テナガザルやオランウータン)とは異なり、後肢が真っすぐに保たれており、歩行に用いられた可能性がある。また、D. guggenmosiは、物をつかむことのできる第1趾を持っており、足の裏全体を地面につけて歩行していたと考えられる。

 Bohmeたちは、類人猿が地上に降りる前に後肢で歩行し始めた過程がD. guggenmosiの化石によって例証されていると結論付けている。


古生物学:中新世の新たな類人猿と、大型類人猿およびヒトの共通祖先のロコモーション

古生物学:二足歩行への道の途中

 今回M Böhmeたちによって、ドイツで中新世(約1170万年前)の未知の絶滅類人猿種が発見され、二足歩行を行うようになる前の類人猿の姿に光が当てられている。この化石類人猿は、前肢で木の枝からぶら下がることができたと考えられる。一方、その後肢は、ロコモーションにおいて脚が腕と同程度の貢献しかしないテナガザルやオランウータンとは異なり、習慣的にほぼ真っすぐに保たれていて、蹠行性だった(つまり、足裏全体を着地させて歩行していた)が、母趾の物をつかむ力は強く、細い枝の上では足で枝をつかみ体を支えていたと考えられる。この類人猿が、他の化石類人猿とヒト族の「共通祖先」や「ミッシングリンク」だったと示されたわけではないが(著者たちは今回、系統発生学的な再構築は試みていない)、これらの知見は類人猿が地上に降りる前から後肢での歩行を開始していた様子を物語っている。



参考文献:
Böhme M. et al.(2019): A new Miocene ape and locomotion in the ancestor of great apes and humans. Nature, 575, 7783, 489–493.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1731-0

Kivell TL.(2019): Fossil ape hints at how walking on two feet evolved. Nature, 575, 7783, 445–446.
https://doi.org/10.1038/d41586-019-03347-0

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