中国に拘束されていた北海道大学の岩谷将教授が解放される(追記有)

 中国に拘束されていた北海道大学の岩谷将教授が解放され帰国した、と報道されました。この件は気になっていたので、ひとまず安心しました。この件については先日取り上げましたが(関連記事)、中国研究者の懸念が杞憂ではなかったことを示唆する報道になっています。中国外務省の耿爽副報道局長によると、今年(2019年)9月8日、岩谷氏は宿泊先のホテルで機密資料を所持しているのが当局に見つかり拘束され、取り調べに対して、以前から大量の機密資料を収集・取得していた違法な状況を供述し、容疑を認めて後悔の念を示していることから釈放した、とのことです。

 ネットでは掲載されていませんが、読売新聞紙面によると、岩谷氏が拘束されたのは、中国大陸から台湾に逃れた国民党関連の文書を古本屋で購入して所持していたためで、岩谷氏はスパイ法違反などの容疑で取り調べを受けていた、とのことです。耿爽副報道局長の定例記者会見と読売新聞の記事がどこまで真相を伝えているのか、門外漢には分からないのですが、仮におおむね記事の通りだとすると、外国の中国研究者にも中国共産党の統制が及びつつある、という中国研究者の懸念を裏づけるもので、憂慮されます。

 私は十数年前より、中国の経済・軍事・政治力の強化とともに、今よりもずっと中国に「配慮した」言説を日本でも強いられるようになるのではないか、と警戒していましたが、こうした問題は日本に限らないのでしょう。まあそれでも、日本をはじめとして各国には、中国との付き合いで利益を得ていたり、中国に傾倒したりしている人がいるでしょうから、中国に配慮せよ、といった感じで中国に多少なりとも批判的な言説を糾弾する人々が世界で増えていくかもしれません。

 「嫌中感情」がすっかり定着したように見える近年の日本では、それは被害妄想だと笑う人も多いでしょうが、中国が世界全体ではなくともアジア東部・南東部で覇権を確立し、日本も中国に政治・軍事的に従属するようになれば、それまで「反中的な」言説を声高に語っていた輩の中に、「現実主義」と称して「米帝」や「西側」を罵倒して中国共産党に迎合する者が現れ、現在の「ネトウヨ」よりも多数を占めるようになり、「親中的」で「反米(もしくは西側)的」」な本がベストセラーになるのかもしれません。


追記(2019年11月16日)
 「ネットでは掲載されていません」と本文では述べてしまいましたが、Twitterで該当する記事も掲載されていたことを知りました。まあ私が間抜けだったのですが、紙面では1記事のような扱いだったので、ネットでもできれば1記事にまとめておいてもらいたかったものです。

考古資料から人類集団の遺伝的継続・変容の程度を判断することは難しい

 文化の変容・継続とその担い手である人類集団の遺伝的構成との関係については、1年近く前(2018年11月25日)にも述べました(関連記事)。その時からこの問題に関していくつか新たな知見を得ることができましたが、私の見解はほとんど変わっておらず、両者の関係は実に多様なので、考古学的研究成果から担い手の人類集団の変容と継続の程度を一概には判断できない、とさらに確信を強めています。そのため、この問題を現時点で再度取り上げる必要はほとんどないのですが、最近のやり取りで、アイヌは「縄文人」の末裔ではない、という言説の根拠として考古資料が持ち出されたので、改めてこの問題について短く触れておきます。

 古代DNA研究が飛躍的に発展していくなか、次第に明らかになってきたのは、文化の変容・継続とその担い手である人類集団の遺伝的構成との関係は一様ではない、ということです。これについては以前の記事で、(1)担い手の置換もしくは遺伝的構成の一定以上の変化による文化変容、(2)担い手の遺伝的継続を伴う文化変容、(3)担い手の遺伝的変容・置換と文化の継続、の3通りに区分して具体例を挙げました。もっとも、これは単純化しすぎた分類だと今では反省しています。とはいっても、これらを的確に再整理して提示できるだけの準備は整っていないのですが、とりあえず、(4)類似した文化が拡大し、拡大先の各地域の人類集団の遺伝的構成が一定以上変容しても、各地域間の遺伝的構成には明確な違いが見られる、という区分を追加で提示しておきます。具体的には、紀元前2750年に始まり、イベリア半島からヨーロッパ西部および中央部に広く拡散した後、紀元前2200~紀元前1800年に消滅した鐘状ビーカー複合(Bell Beaker Complex)の担い手においては、イベリア半島とヨーロッパ中央部の集団で遺伝的類似性が限定的にしか認められませんでした(関連記事)。また、鉄器時代にユーラシア内陸部で大きな勢力を有したスキタイも遺伝的には多様だった、と明らかになっています(関連記事)。

 以前の記事の後に当ブログで取り上げた関連事例では、ヒマラヤ地域が(2)によく当てはまりそうです(関連記事)。一方、中国のフェイ人(Hui)の事例(関連記事)は分類が難しく、(1)と(2)の混合と考えています。フェイ人(回族)は遺伝的には多数の人口を有する漢人などアジア東部系と近縁ですが、父系ではユーラシア西部系の影響が見られ、漢人とは異なる多くの文化要素を有しています。フェイ人においては、全体的にアジア東部系の遺伝的継続性が見られるものの、ユーラシア西部に由来する父系の影響も一定以上(約30%)存在し、ユーラシア西部から到来した男性がフェイ人の文化形成に重要な役割を果たした、と考えられます。フェイ人の場合、基本的には集団の強い遺伝的継続性が認められるものの、父系では一定以上の外来要素があり、文化変容に貢献した、と言えそうです。

 このように、文化の変容・継続とその担い手である人類集団の遺伝的構成との関係は多様なので、ある地域の文化変容を単純に集団の遺伝的構成の変容、さらには置換と判断することはできません。これを踏まえて「考古資料から集団置換が起きたか否かを判断するのは容易ではないというかほぼ無理で、古代DNA研究に依拠するしかない」と述べたら、「遺伝子研究では縄文人とアイヌ民族を結びつけることは出来ないということで大変参考になりました」と返信されて、あまりの読解力の低さにうんざりさせられました。

 北海道の時代区分は、旧石器時代→縄文時代→続縄文時代→擦文時代→アイヌ(ニブタニ)文化期と変遷していき、続縄文時代後期~擦文時代にかけて、オホーツク文化が併存します。この間の文化変容と「遺伝的証拠」から、アイヌは「(北海道)縄文人」の子孫ではなく、12世紀頃に北海道に到来した、というような言説(関連記事)もネットの一部?では浸透しているようです(アイヌ中世到来説)。もっとも、こうしたアイヌ中世到来説やそれに類する言説を主張する人は、上述のやり取りから窺えるように読解力が低すぎるのではないか、との疑念がますます深まっています。

 それはさておくとして、考古学的には、縄文時代からアイヌ(ニブタニ)文化期、さらには近現代のアイヌにわたる人類集団の連続性を指摘する見解が主流で、アイヌ中世到来説はまともな議論の対象になっていない、と言えるでしょう(関連記事)。また考古資料から、縄文および続縄文文化を継承した擦文文化の側が主体となってオホーツク文化を吸収し、アイヌ(ニブタニ)文化が形成された、との見解も提示されています(関連記事)。アイヌ中世到来説論者に言わせると、こうした評価は適切ではない、ということになるのでしょうが、上述のように文化の変容・継続とその担い手である人類集団の遺伝的構成との関係は一様ではありませんから、置換があったと断定することはとてもできません。もちろん、考古資料だけを根拠に、縄文時代からアイヌ(ニブタニ)文化期までの人類集団の強い遺伝的継続性を断定することもまたできません。もっとも、考古資料も縄文時代からアイヌ(ニブタニ)文化期までの人類集団の強い遺伝的継続性を示唆している、と私は考えていますが。

 古代DNA研究も含めて現時点での遺伝学の研究成果からは(関連記事)、アイヌが「(北海道)縄文人」の強い遺伝的影響を受けている可能性はきわめて高い、と言えそうですが、この問題の解決には古代DNA研究の進展を俟つしかないと思います。ただ、日本列島も含めてユーラシア東部圏の古代DNA研究はヨーロッパを中心とする西部よりもずっと遅れているので、現時点でのヨーロッパと同水準にまで追いつくのには時間がかかりそうです。ただ、古代DNA研究には「帝国主義・植民地主義的性格」が指摘されており、日本でもこの問題が解決されたとはとても言えないでしょう(関連記事)。古代DNA研究の大御所と言えるだろうウィラースレヴ(Eske Willerslev)氏が中心となってのアメリカ大陸先住民集団との信頼関係構築は、日本においても大いに参考になるでしょうが、歴史的経緯が同じというわけではないので、単純に真似ることは難しいかもしれません。古代DNA研究は倫理面でも大きな問題を抱えていますが、それらを克服しての進展が期待されます。

更科功『残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか』

 NHK出版新書の一冊として、NHK出版から2019年10月に刊行されました。本書は、第1部が「ヒトは進化の頂点ではない」とあるように、進化に関する一般的な誤解を強く意識した構成になっています。進化に完成型が存在するとか、ヒトが最も進化していて高性能であるとかいった観念は、今でも根強くあるかもしれません。進化否定論でよく言われているような(今ではそうでもないかもしれませんが)、進化が正しいならばなぜ動物園のサル(あるいはチンパンジー)はヒトに進化しないのか、などといった「疑問」も、ヒトが最も進化している、という通俗的な誤解に起因するのでしょう。

 本書はそうした認識の誤りを、心臓・肺・腎臓・眼といった具体的な器官を事例に解説していきます。身近な器官を身近な動物のものと比較して、ヒトの器官が最も優れているわけでも進化しているわけでもない、と具体的に解説しているのは、一般向けの新書という形式に相応しいと思います。たとえば、チンパンジーの手はヒトよりも派生的、つまりより進化しています(ヒトの手はより祖先的)。また本書を読めば、ある形質が「優れている」とはいっても、それが環境次第である、と了解されます。この点は進化に関する一般向け解説でとくに重要になると思います。これと関連して、特定の形質がある点では有利であるものの、別の点では不利になることは一般的で、あちらを立てればこちらが立たず、ということが進化において一般的であることも了解されます。進化においてトレードオフ(交換)は大変重要な視点となります。

 本書は、人類の進化において重要だったのは一夫一妻的な社会への移行だと想定しています。これにより、直立二足歩行と犬歯の縮小を説明できる、というわけです。ただ、著者の以前の著書を取り上げた時にも述べましたが(関連記事)、犬歯の縮小を雄間の闘争緩和と結びつける著者の見解には私は否定的で(関連記事)、その見解は今でも変わりません。また本書は、雄が子育てに参加するのは一夫一妻と推測していますが、一夫多妻の多いゴリラも父親が子育てに深く関わります(関連記事)。種系統樹ではゴリラよりもチンパンジーの方がヒトと近縁ですが、繁殖に関しては、むしろチンパンジーよりもゴリラの方がヒトの進化を推測するうえで参考になるかもしれません。


参考文献:
更科功(2019B)『残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか』(NHK出版)

新種の鳥類化石

 新種の鳥類化石に関する研究(Imai et al., 2019)が公表されました。ドイツで発見されたジュラ紀後期(約1億6000万年~1億4000万年前)の始祖鳥は、最初の鳥類だと一般的には考えられていますが、現生鳥類に関連する特徴は、白亜紀まで出現しませんでした。最古となる既知の白亜紀の鳥類化石は、中国北東部で発見された2次元化石標本で、この化石鳥類には尾端骨がありません。尾端骨は現生鳥類の基本的な特徴で、脊柱の末端にあり、尾羽を支えています。

 この研究は、白亜紀前期となる約1億2000万年前の、3次元的に保存されたハトほどのサイズの鳥類の化石について報告しています。この化石標本は、中国以外で初めて発見された白亜紀の祖先的鳥類種の化石で、Fukuipteryx primaと命名されました。この祖先的鳥類種は、始祖鳥といくつかの特徴(頑丈な叉骨・融合していない骨盤・前肢)を共有しているものの、充分に形成された尾端骨も有していた、とこの研究は指摘しています。以前の研究では、尾端骨が鳥類の初期進化における重要な飛翔適応の一つと示唆されていました。一方この研究は、この祖先的鳥類種に尾端骨があることから、尾端骨は単に尾の縮小の副産物にすぎず、飛翔適応とは関係がないとする最近提起された理論を裏づけるものだ、という見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【進化学】尾羽を振っていた白亜紀前期の新種のダイノバード

 日本で発見された新種の鳥類の化石について報告する論文が掲載される。これは、約1億2000万年前の白亜紀前期に生息していた鳥類の化石標本とされ、初期鳥類の進化の解明が進むと考えられている。

 ドイツで発見されたジュラ紀後期(およそ1億6000万年~1億4000万年前)の始祖鳥は、最初の鳥類だと一般に考えられているが、現生鳥類に関連する特徴は、白亜紀まで現れなかった。現在知られている最古の白亜紀の鳥類化石は、中国北東部で見つかった2次元化石標本であり、この化石鳥類には尾端骨がない。尾端骨は、現生鳥類の基本的な特徴で、脊柱の末端にあり、尾羽を支えている。

 この論文で、福井県立大学の今井拓哉(いまい・たくや)たちは、3次元的に保存されたハトほどのサイズの鳥類の化石について記述している。この化石標本は、中国以外で初めて発見された白亜紀の原始的鳥類種の化石で、Fukuipteryx primaと命名された。今井たちは、F. primaと始祖鳥には、いくつかの共通の特徴(頑丈な叉骨、融合していない骨盤、前肢)があるが、F. primaには十分に形成された尾端骨もあったという見解を示している。以前の研究では、尾端骨が、鳥類の初期進化における重要な飛翔適応の1つであることが示唆されていた。これに対して、今井たちは、F. primaに尾端骨があるということは、尾端骨が単に尾の縮小の副産物に過ぎず、飛翔適応とは関係がないとする最近提起された理論を裏付けるものだという考えを提起している。



参考文献:
Imai T. et al.(2019): An unusual bird (Theropoda, Avialae) from the Early Cretaceous of Japan suggests complex evolutionary history of basal birds. Communications Biology, 2, 399.
https://doi.org/10.1038/s42003-019-0639-4