家畜ウマの父系起源

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、家畜ウマの父系起源に関する研究(Wallner et al., 2017)が公表されました。Y染色体の雄特有領域(MSY)は、父親から息子へと組み換えなしに継承されるので、雄の移住および人口史を反映しています。母系継承となるミトコンドリアDNA(mtDNA)と組み合わせると、単一種の雌雄の人口史を比較できます。家畜ウマ(Equus caballus)は、両性間で人口史が異なるとくに顕著な例です。ウマの場合、家畜化に明確に先行するmtDNAの多様性とは対照的に、MSYはきょくたんに低い多様性を示します。ウマの低いMSY多様性は、低い変異率では説明できません。なぜならば、現代のウマのY染色体系統は明確にモウコノウマ(Equus przewalskii)とは異なり、先史時代のウマのY染色体系統にはもっと多様性があった、と考えられるからです。なお、モウコノウマは現在では唯一の野生ウマと考えられてきましたが、古代DNA研究により、初期家畜馬の野生化した子孫で、現在の家畜ウマにはわずかしか遺伝的影響を及ぼしていない、と明らかになりました(関連記事)。

 現代のヨーロッパのウマにおける低いMSY多様性と限定的な短縦列反復変異性は、雄のきょくたんに低い有効集団規模を示唆します。これは、ウマの雄が厳しい人為的選択を受けてきたことを反映しているのでしょう。ウマのY染色体多様性の低下は、家畜化の過程における遺伝的ボトルネック(瓶首効果)を伴って5500年前頃始まり、複数の先史時代および歴史時代の移住の波によりさらに強化されました。現代のウマの各品種は、過去数百年にわたる集中的かつ組織的なウマの繁殖の結果です。この期間中に、近親交配および戻し交配の概念が一般的になり、ウマ集団全体がこれらの戦略に強く影響を受けてきました。とくに重要なのは、外国の飼育場から種牡馬を輸入して在来の群れを改善する傾向でした。ヨーロッパ中央部ではこれが16世紀に始まり、スペインとナポリの種牡馬が人気でした。

 18世紀末までに、ヨーロッパ中央部の各ウマ集団は東洋の種牡馬の導入により形成されていき、この期間には、外部からの輸入はアジア中央部草原地帯のトルコマン種とアラビア半島からのアラビアン種牡馬に制限されていました。種牡馬を介した改良は19世紀と20世紀に頂点に達し、イギリスのサラブレッドが多大な影響を及ぼしました。イギリスのサラブレッドに関しては閉鎖的な血統書が1793年以来作成され続けており、在来の牝馬と交配した東洋の種牡馬の移入により形成されました。この繁殖の歴史は、現代のウマの品種内にわずかなだけの創始者系統しか残らない状況につながり、輸入された血統の繁殖成功は、在来ウマのY染色体系統の完全な置換をもたらしたかもしれません。したがって、最近の創始者効果は、ウマにおけるMSY多様性に大きな影響を与えました。

 本論文は、高解像度MSYハプロタイプ決定により、影響力のある創始者種牡馬の起源を解明し、現代のウマ集団への遺伝的影響を推測しています。本論文は、21品種の52頭のMSYにおける146万塩基の解析により、867ヶ所の多様体を特定し、1頭の種牡馬につき平均して25頭のうち1頭に新規変異が生じると推定しています。本論文は、この解析から24のY染色体ハプロタイプ(HT)を作成するとともに、これに基づきモウコノウマとロバを外群として、家畜ウマのHT系統樹が作成しました。HT系統は、シェトランドポニーおよびノルウェーのフィヨルドホースの系統群(N)と、アイスランド種(I)と、その他の系統群に分類されます。NとIはヨーロッパ北部の品種に限定されており、その中でもアイスランド種は多様です。

 圧倒的多数はその他の4系統群となるA・L・S・Tに分類されます。Aにはアラブ種とその影響を受けたコネマラポニーおよび南ドイツのトラケナーが含まれます。LとSにはリピッツァーナとソーライアが含まれます。Tには本論文で対象となった品種の2/3以上が含まれており、フランシュ・モンターニュを除いてすべて、記録上はイギリスのサラブレッドの父系子孫です。T系統の多様性はきわめて低く、最終共通祖先の年代の新しさを示唆します。1世代平均7年とすると、A・L・S・Tの最終共通祖先の年代は647±229年前です。N・Iも含めた合着年代は1328±380年前で、これらの系統とモウコノウマ系統の合着年代は23716±1975年前です。ただ、世代ごとの推定変異率は4ヶ所の変異のみに基づいているので、それほど堅牢ではない、と本論文は注意を喚起しています。また、1世代の年代も推定なので、最終共通祖先の推定合着年代には大きな幅が生じます。本論文のデータは、現在の家畜ウマのMSY系統は家畜化後に単一の創始者から始まった、とする見解と一致します。

 より詳しく家畜ウマのMSY系統を見ていくと、アラブ種がAoとTを有しているのに対して、イギリスのサラブレッド種はすべて、Tから派生したTbを有しており、その中でもTb-dWにほぼ独占されています。Tbおよびその派生系統のTb-dWは、イギリスのサラブレッド種の影響を受けたヨーロッパおよびアメリカの競技用ウマ品種でも優勢でした。アラブ種(Ao系統)およびイベリア種(S・L系統)の強い影響は、ドラフト種とポニー種とバロック種で、Ad系統はこの3種に限定されます。

 本論文は、イギリスのサラブレッドの父系3始祖、つまり1700年生まれのダーレーアラビアン(Darley Arabian)、1680年生まれのバイアリーターク(Byerley Turk)、1700年生まれのゴドルフィンアラビアン(Godolphin Arabian)の系統を復元しました。標本となった子孫の数は、ダーレーアラビアンが110頭、バイアリータークが22頭、ゴドルフィンアラビアンが7頭です。MSY系統樹では、Tb-dがダーレーアラビアンで、その中でも優勢なTb-dW1は1807年生まれのホエールボーン(Whalebone)と推定されました。

 ダーレーアラビアンの父系子孫(現在のサラブレッド父系で圧倒的多数派のエクリプス系を含みます)で観察された5つのDNA解析と血統書との食い違いのうち1つは、1775年生まれのキングファーガス(King Fergus)系統で発生した、と推測されます。キングファーガス系統ではTb-dが見られず、TbもしくはTb-kとなります。他の2系統の標本数は少ないのですが、バイアリーターク系統とTbの関連が確認されました。ゴドルフィンアラビアン系統ではおもにTb-g2が観察されましたが、ゴドルフィンアラビアンはTb-gもしくはTbだったかもしれません。

 キングファーガスの父系子孫がサンシモン(St. Simon)なので、これらの結果は、19世紀以降のサラブレッドにおいて最大の遺伝的影響力を有する個体とされているサンシモン(セントサイモン)が、生物学的な父系ではバイアリータークに始まるヘロド系(日本ではパーソロン系が有名です)だった可能性を示唆します。血統理論の中には、9代までさかのぼる精緻なものもありますが、昔から私は、それが「血統理論」ではなく「血統表理論」ではないか、と考えてきました。以前から、血統表と生物学的な血統との違いが指摘されていたからです。本論文はその問題を実証的に示しました。系図と生物学的な血縁関係との食い違いは、人類社会においても当てはまります(関連記事)。

 Tbの亜系統であるg・k・r・dW・dMがほぼ確実にイギリスのサラブレッド起源である一方で、フルツやリピッツァーナのように、基底部Tbはイギリスのサラブレッドの影響の記録がない品種でも見つかっています。しかし、スペイン種やバーブ種やアラブ種のような一般的に改良に用いられてきた古典的品種のどれも、Tbを有していませんでした。本論文は、Tbの起源を特定するため、絶滅したトルコマン種の近縁とされるアハルテケ種を含めて標本数を拡大し、Tbの割合は78頭のアハルテケの雄で81%になる、と明らかにしました。このように、Tbはおそらくトルコマン種起源で、イギリスのサラブレッドの種牡馬を通じて広範に拡大しました。さらに、イギリスのサラブレッド種牡馬の影響が記録されていない多くのヨーロッパの品種におけるTbの存在は、イギリスのサラブレッドとは無関係のトルコマン種の種牡馬の影響を示唆し、これに関しては政治情勢および地理との関連が指摘されています。

 現在の家畜ウマ品種におけるMSYの主要系統(A-L-S-T)は東洋起源と推測され、そのうちTbはトルコマン種起源で、Aoは「起源的アラブ種」に明確に由来します。起源的アラブ種の一部父系子孫はハプログループTに分類されます。これは、東洋の創始者集団には異なる二つの父系があった、という本論文の仮説と矛盾しているように見えますが、祖先集団における不完全な系統分類もしくは固有アレル(対立遺伝子)の過小評価により説明できるかもしれない、と本論文は指摘します。また、19世紀の東洋ウマ市場において、ヨーロッパの馬商が正確に「純粋な」アラブ種の種牡馬を識別できなかった、ということを単純に反映しているのかもしれません。

 本論文は、現代の家畜ウマの父系の大半が、少数の東洋の種牡馬からのみ過去1000年未満に確立した、と示しました。本論文は、アジアの品種MSY領域の解析の進展により、ウマの父系多様性が増加するかもしれない、と展望しています。しかし本論文は、それでも、父系の分岐は浅く、家畜化の始まりまでさかのぼらないかもしれない、とも指摘しています。また本論文は、父系の変遷に遺跡からのウマ遺骸(古代DNA研究)が必要とも指摘しています。本論文は、家畜ウマの父系多様性がきょくたんに低いことを示しました。これは、とくに近世以降の家畜ウマの繁殖において、少数の種牡馬が選択されてきた歴史を考えると、妥当な見解だと思います。これは、有性生殖において子孫を残すコストの性差が大きいことを反映しており、人類も例外ではありません。とはいえ、人類は現在まで、一夫多妻制が容認されているような社会でも、全体的には一夫一妻制が優勢だったように思われます。これは、遺伝的多様性の維持という観点からは重要となりますが、今後、技術の発展と格差の拡大により、父系の多様性が急激に失われていくような事態も生じるのではないか、と懸念されます。本論文の刊行後もウマの遺伝的研究は進展しているようなので、それらも少しずつ取り上げていくつもりです。


参考文献:
Wallner B. et al.(2017): Y Chromosome Uncovers the Recent Oriental Origin of Modern Stallions. Current Biology, 27, 13, 2029–2035.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.05.086

高齢期に始めた食餌制限では寿命は延びない

 栄養状態の記憶の影響に関する研究(Hahn et al., 2019)が公表されました。カロリー摂取量を通常の20~40%減にする食餌制限を一生にわたって行なうと、健康に良い影響があり寿命が延びる、と多くの動物でよく知られています。しかし、食餌制限を一生の比較的遅い時期に開始した場合に効果があるのかどうかは、分かっていませんでした。

 この研究は、24月齢の雌のマウス800匹で食餌制限の効果を調べました。マウスの一部は、制限しない自由食から食餌制限へと切り替え、一部はその逆を行ないました。その結果、食餌制限から制限なしに切り替えたマウスは、すぐに不健康になり、食餌制限をそのまま続けたマウスよりも早く死んだ。しかし、食餌制限なしから食餌制限に切り替えたマウスは、そのまま食餌制限なしを続けたマウスと比較して健康ではあったものの、長生きはしませんでした。この研究は、一生のほとんどの期間、制限されずに食物を摂取できていたマウスでは、食餌制限に対する脂肪組織での分子レベルの応答が違っている、と見出しました。この研究は、脂肪組織に「栄養状態の記憶」が刻まれていて、これが食餌制限の健康や生存に及ぼす効能を抑制するのだろう、と推測しています。

 この研究は、遅く始めた食餌制限の効能をマウスで詳しく調べましたが、この「栄養状態の記憶」の基盤となる分子機構がヒトにも当てはまるかどうかは、まだこれから確かめる必要がある、と強調しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【代謝】高齢マウスでは、栄養状態の記憶の影響が、食餌制限による利益を相殺する

 一生の後半になって食餌制限を行っても、マウスの寿命は延びないということを報告する論文が掲載される。この知見は、後になって健康的な食餌に適応しても、制限を加えないそれまでの食餌によって生じた損傷を元に戻せないことを示唆している。これらの知見が、ヒトにも当てはまるかどうかは、まだ分からない。

 食餌制限を一生にわたって行う(カロリー摂取量を通常の20~40%減にする)と、健康に良い影響があり、寿命が延びることが多くの動物でよく知られている。しかし、食餌制限を一生の比較的遅い時期に開始した場合に効果があるのかどうかは分かっていなかった。

 今回、Linda Partridgeたちは、24月齢の雌のマウス800匹で食餌制限の効果を調べた。マウスの一部は、制限しない自由食から食餌制限へと切り替え、一部はその逆を行った。食餌制限から制限なしに切り替えたマウスは、すぐに不健康になり、食餌制限をそのまま続けたマウスよりも早く死んだ。しかし、食餌制限なしから食餌制限に切り替えたマウスは、そのまま食餌制限なしを続けたマウスに比べて健康ではあったものの、長生きはしなかった。著者たちは、一生のほとんどの期間、制限されずに食物を摂取できていたマウスでは、食餌制限に対する脂肪組織での分子レベルの応答が違っていることを見いたした。著者たちは、脂肪組織に「栄養状態の記憶」が刻まれていて、これが食餌制限の健康や生存に及ぼす効能を抑制するのだろうと述べている。

 この研究は、遅く始めた食餌制限の効能をマウスで詳しく調べたものだが、ここで提案した「栄養状態の記憶」の基盤となる分子機構がヒトにも当てはまるかどうかは、まだこれから確かめる必要があると、著者たちは強調している。



参考文献:
Hahn O. et al.(2019): A nutritional memory effect counteracts the benefits of dietary restriction in old mice. Nature Metabolism, 1, 11, 1059–1073.
https://doi.org/10.1038/s42255-019-0121-0