4万年以上前までさかのぼるヨーロッパの投射技術

 ヨーロッパにおける投射技術が4万年以上前までさかのぼる可能性を報告した研究(Sano et al., 2019)が報道されました。日本語の解説記事もあります。これまで、ヨーロッパにおける投射具の最古の事例は、フランスのコンブ=ソニエール(Combe Saunière)遺跡のソリュートレアン(Solutrean)層で発見された23000年前頃の投槍器と考えられてきました。本論文は、イタリア半島南部のカヴァッロ洞窟(Grotta del Cavallo)遺跡のウルツィアン(Uluzzian)層で発見された石器が、ヨーロッパにおける最古の投射具の証拠になる、と報告しています。

 ウルツィアン(Uluzzian)は伝統的に、ヨーロッパ南部(イタリアおよびギリシア)における中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行期文化として認識されてきましたが、最近では上部旧石器時代早期の分化として再定義されています。また、カヴァッロ洞窟のウルツィアン層では現生人類(Homo sapiens)の臼歯が発見されており(関連記事)、以前はネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産と考えられていたウルツィアンは、近年では現生人類の所産と考えられるようになってきています。ウルツィアンは、装飾品・磨製骨器・顔料・小石刃製の三日月形石器など、「現代的」な特徴を示す文化です。とくに三日月形石器はウルッツィアン文化の指標とされており、ヨーロッパではネアンデルタール人の所産とされているムステリアン(Mousterian)石器群とは異なる、技術形態学的な特徴を有しています。

 本論文は、カヴァッロ洞窟遺跡の45000~40000万年前頃となるウルツィアン層から出土した146点の三日月形石器の分析結果を報告しています。類似した三日月形石器はアフリカ東部の現生人類の所産と考えられる遺跡で発見されていますが、アフリカ東部からヨーロッパへの拡散経路を示す考古学的証拠はまだ見つかっていません。三日月形石器はデジタルマイクロスコープで観察され、そのマクロおよびミクロ痕跡が、実験試料に認められる使用痕跡と比較分析されました。その結果、多くの三日月形石器に、指標的な衝撃剥離とミクロレベルの線状痕が観察されました。

 これらの衝撃剥離は、投槍器や弓で投射されたサンプルに認められた衝撃剥離のパターンに似ていましたが、突き槍や投槍の実験で形成された衝撃剥離とは明らかに違うものでした。この知見は、アフリカからアジア南西部を経由してヨーロッパに拡散してきた現生人類が、すでに投槍器や弓のような投射具を装備していた、と示唆します。これは、ヨーロッパにおける投射具の年代を以前の推定よりも2万年以上さかのぼらせることになります。今後、ヨーロッパの他の上部旧石器時代早期の遺跡で、投射具の痕跡の確認事例が増えていくかもしれません。本論文は、フランス地中海沿岸の移行期文化であるネロニアン(Neronian)では、ウルツィアンよりも5000年以上前に投射具が用いられていたかもしれないものの、その機能検出には体系的な石器の使用痕分析が必要と指摘します。

 また、いくつかの三日月形石器に認められた付着物のフーリエ変換赤外分光分析から、これらの三日月形石器は、オーカー・樹脂・蜜蝋を混ぜた混合接着剤で柄に付けられていた、と明らかになりました。カヴァロ洞窟で回収された赤い土のフーリエ変換赤外分光分析の結果、遺跡内の土壌が混じっていた可能性はなく、付着物はオーカーを含んだ接着剤である、と確認されました。このような複合的な接着剤は、固定強度を高めるため、速い速度で獲物に当たったさいに、石器が柄から外れるのを防ぐ効果があります。

 投槍器や弓を使った狩猟具は強い衝撃力を有するので、投射技術を有していた現生人類は、投射技術のないネアンデルタール人との生存競争において有利に立てたのではないか、と本論文は推測しています。また、投射技術は長距離から獲物を狩れるので、手で槍を持って獲物に突き刺したり、手で槍を投げたりするより安全でもあります。ネアンデルタール人は木製の槍を使用し、先端に石器を装着した可能性もあります。しかし、ネアンデルタール人の狩猟に関する現時点での研究に基づくと、槍を突き刺したか手で投げたと推測され、道具を用いて投射していたわけではなさそうだ、と本論文は指摘します。ネアンデルタール人の狩猟法は接近戦が主体との見解は有力で(関連記事)、この観点からもネアンデルタール人にたいする現生人類の優位が支持されます。

 ヨーロッパにおいて、ネアンデルタール人の狩猟はアジア南西部から拡散してきた現生人類よりも非効率的で危険だったため、現生人類との競争で不利になったネアンデルタール人は、すでに減少していた人口を回復させられず、滅亡したのではないか、というわけです。本論文はその傍証として、カヴァッロ洞窟では後期ムステリアン層よりもウルツィアン層において若いウマが多く狩られている、という考古学的証拠を提示します。若いウマは成体の雄に保護されているので、若いウマの集中的狩猟はウルツィアン集団の熟練した長距離狩猟を反映しているかもしれない、というわけです。

 ただ、ウルツィアンが現生人類の所産なのか、疑問も呈されています(関連記事)。本論文が明らかにしたウルツィアンの投射技術は、ウルツィアンの担い手がネアンデルタール人ではなく現生人類である可能性を強く示唆する、と言えるかもしれませんが、ウルツィアン全体ではどうなのか、また同時期のヨーロッパの移行期文化や、その後の上部旧石器時代前期ではどうなのか、という検証の進展がこの問題の解明には重要となりそうです。あるいは、ウルツィアンの担い手がネアンデルタール人と現生人類の双方だった可能性も考えられます。両者の交流が新たな文化を創出した、というわけです。

 また、狩猟法において現生人類はネアンデルタール人にたいして優位に立っていた、との見解も慎重に考えなければならないでしょう。実験考古学では、獲物から20m程度の距離でも、投槍で獲物を仕留められ、獲物からの距離が長ければ、手で槍を投げても投槍器を用いる場合と同等の効果が得られる、との見解も提示されています(関連記事)。また、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類の頭蓋外傷受傷率は類似している、との見解も提示されています(関連記事)。つまり、ネアンデルタール人が現生人類よりも危険な狩猟法を用いていたのかも確定的ではない、というわけです。投射技術により現生人類がネアンデルタール人よりも優位に立ち、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれた、との見解は魅力的ですが、この見解が通説となるには、さらなる検証が必要でしょう。


参考文献:
Sano K. et al.(2019): The earliest evidence for mechanically delivered projectile weapons in Europe. Nature Ecology & Evolution, 3, 10, 1409–1414.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0990-3

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