古代人が噛んだカバノキの樹脂に含まれる遺伝的情報(追記有)

 古代人が噛んだカバノキ(Betula pendula)の樹脂に含まれる遺伝的情報についての研究(Jensen et al., 2019)が報道されました。カバノキの樹脂は樹皮を加熱することで得られる暗褐色の物質で、中期更新世(76万~126000年前頃)以降、接着剤として用いられてきました。カバノキの樹脂はスカンジナビア半島の遺跡で一般的に見られ、その用途については議論されていますが、しばしば噛まれた痕跡が見られます。カバノキの樹脂の主成分の一つであるベツリンには防腐性があるため、薬用だった可能性も指摘されています。ヨーロッパで発見された噛まれた樹脂の最古の例は中石器時代にまでさかのぼり、それらの多くはカバノキでした。噛まれたカバノキの樹脂には古代人のDNAも含まれており、スウェーデンの中石器時代人のDNAが解析されています(関連記事)。また、噛まれたカバノキの樹脂には、噛んだ人の口腔微生物叢を反映する微生物DNAや、その直前の食事に由来するかもしれない動植物のDNAが含まれています。このように、噛まれたカバノキの樹脂には、人口史・健康状態・生存戦略など多様な情報が含まれています。

 本論文は、デンマークのロラン島のシルソルム(Syltholm)遺跡で発見されたカバノキの樹脂を分析しました。放射性炭素年代測定法により、この樹脂の較正年代は5858~5661年前(95.4%の確率)と推定されています。カバノキの樹脂から得られた古代人ゲノム配列の網羅率は2.3倍です。このシルソルム個体のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)はK1eです。X染色体の読み取りの比率から、シルソルム個体は女性と推定されています。また、シルソルム個体の肌の色はやや濃く、髪の色は暗褐色で、目の色は青かった、と推定されています。こうした特徴は、中石器時代の他のヨーロッパ狩猟採集民では広範に存在していた、と以前に報告されており、明るい肌の色が後の時代に拡大したことを示唆します。乳糖耐性に関しては、シルソルム個体は両親からともに祖先型となる不耐性のアレル(対立遺伝子)を受け継いでいました。これは、乳糖耐性が最近進化して拡散した、という有力説と整合的です。以下、上記報道に掲載されたシルソルム個体の推定復元図です。
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 シルソルム個体は遺伝的には、ヨーロッパ西部狩猟採集民(WHG)と類似しており、ヨーロッパ東部狩猟採集民(EHG)やアナトリア半島起源の農耕民集団からの遺伝子流動の証拠は見られませんでした。スカンジナビア半島の初期人類集団は、南方からのWHGと北東からのEHGとの混合と推測されており(関連記事)、デンマークには5858~5661年前頃までEHGが到達していなかった、と示唆されます。5700年前頃のデンマークは、考古学的区分では中石器時代となる7300~5900年前頃のエルテベレ(Ertebølle)文化から、新石器時代となる5900~5300年前頃の漏斗状ビーカー(Funnel Beaker)文化への移行直後となります。デンマークでは、狩猟採集から農耕への移行過程は比較的速く、定住パターンと生存戦略が劇的に変わった、とされています。しかし、この移行において、狩猟採集民集団による農耕受容と農耕集団到来との影響度の評価については、不明なところがあります。

 本論文は、シルソルム個体が遺伝的には、ヨーロッパに農耕を初めてもたらした新石器時代アナトリア農耕民系統を有さないことから、スカンジナビア半島南部の新石器時代農耕民集団の遺伝的拡散が、以前の推定よりも迅速ではなかったか、広範ではなかった可能性を提示しています。シルソルム個体のmtHgは上述のようにK1eで、これは一般的にヨーロッパ早期農耕民集団と関連していると考えられていましたが、近年では、中石器時代ヨーロッパにすでに存在していた、という証拠が蓄積されつつあります。シルソルム個体における新石器時代アナトリア農耕民系統の欠如は、ヨーロッパ他地域の狩猟採集民集団の証拠と一致しており、遺伝的に異なる狩猟採集民集団が以前の推定よりもずっと長く存続していた、と示唆します。こうしたWHG「生存」系統は、7000~5000年前頃のヨーロッパ中央部における、狩猟採集民系統の増加(関連記事)を引き起こしたかもしれません。

 噛まれたカバノキの樹脂からは、ナイセリア属など複数の細菌やウイルスも確認されました。以前の研究ではヒトの歯石からも同様に口腔微生物叢が確認されていますが(関連記事)、長年の口腔微生物叢を反映する歯石に対して、噛まれたカバノキの樹脂のようなものはその時点での口腔微生物叢を表しており、両者は相互補完的な関係にある重要な情報源となります。シルソルム個体からは多数の細菌が特定され、その大半は非病原性種として分類されていますが、特定の条件下では病原性になる可能性があります。また、歯周病と関連する細菌や、肺炎の原因となる細菌も確認されました。シルソルム個体では、世界の聖人の90%以上が感染する最も一般的なヒトヘルペスウイルス4型(EBV)も確認されています。ほとんどのEBV感染症は小児期に発生しますが、その大半は無症状か、他の軽度の小児期疾患と区別できない程度の症状です。ただ、EBVは時に伝染性単核球症を引き起こし、リンパ増殖性疾患などの原因となります。

 シルソルム個体では、カバノキやヘーゼルナッツ(Corylus avellana)やマガモ(Anas platyrhynchos)といった動植物のDNAも確認されました。カバノキのDNAが確認されたのは当然として、本論文はヘーゼルナッツやマガモに関して、遺跡の動物相からシルソルム個体の直近の食事に由来する可能性を提示しています。スカンジナビア半島の他の中石器時代~新石器時代の多くの遺跡では、ヘーゼルナッツが消費のために大量に集められている、という証拠が得られています。当時のスカンジナビア半島において、ヘーゼルナッツは重要な食資源だったようです。

 このように、カバノキの樹脂の断片は、古代人とそれ以外の生物およびウイルスのDNAの優れた情報源となることを示しました。これは、古代人の遺伝的系統や表現型や健康状態や食性もしくは生存戦略、さらには口腔微生物叢の組成など、多様な情報を得られるという点で、今後大いに注目されます。近年の古代DNA研究の進展は目覚ましく、その試料も生物遺骸に留まらなくなっており、堆積物や海・川・湖などからDNAを分析する環境DNA研究が古代DNA研究に応用されています(関連記事)。古代DNA研究は、飛躍的な発展期にあると言え、少しでも最新の研究を追いかけていこう、と考えています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【遺伝学】古代の「チューインガム」によって示されたヒトのゲノムと口腔マイクロバイオーム

 ヒトが噛んでいたカバノキの脂(やに)がデンマークで出土し、その標本から5700年前のヒトのゲノム全体が明らかになったことを報告する論文が、今週掲載される。また、この脂に含まれていた植物と動物と微生物のDNAの解析も行われ、このヒトの口腔マイクロバイオームと食物の供給源を解明するための手掛かりも得られた。

 カバノキの樹皮を加熱することによって得られるカバノキの脂は、中期更新世(約76万0000~12万6000年前)以降、接着剤として利用されてきた。カバノキの脂については、複数の考古学的遺跡で小さな塊が発見され、歯型が残っているものが多かったため、ヒトが噛んでいたことも示唆されている。

 今回、Hannes Schroederたちの研究グループは、カバノキの脂標本に含まれるヒトDNAの塩基配列を解読して、このDNAが女性のものと判定した上で、いくつかの遺伝子の遺伝的変異を根拠として、この女性は、黒い髪で、肌が浅黒く、青い目をしていた可能性が高いことも明らかにした。Schroederたちは、このヒトが、スカンジナビア半島の中央部の狩猟採集民よりもヨーロッパ大陸の西部の狩猟採集民に近縁だったと考えている。また、カバノキの脂標本に含まれるヒト以外の古DNAの解析では、口腔マイクロバイオームに特徴的な細菌種が検出され、その一部は、(歯周病に関係すると考えられている)Porphyromonas gingivalisなどの既知の病原体だった。さらに、植物種(例えばヘーゼルナッツ)や動物種(例えばマガモ)のDNA配列も特定できたが、Schroederたちは、これらの植物と動物が直前の食事の残りかすだとする考えを示している。



参考文献:
Jensen TZT. et al.(2019): A 5700 year-old human genome and oral microbiome from chewed birch pitch. Nature Communications, 10, 5520.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-13549-9


追記(2019年12月20日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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