種系統樹と個々の遺伝子の近縁性が一致するとは限らない

 『ゲノム革命 ヒト起源の真実』で強調されているのは、種系統樹と遺伝子系統樹とは必ずしも一致しない、ということです(関連記事)。現代人(Homo sapiens)と近縁な現生系統としてゴリラ属とチンパンジー属がいますが、個々の遺伝子というかゲノム領域で比較すると、現代人とゴリラ属が近縁で、チンパンジー属がこれら2系統とはやや疎遠だとか、チンパンジー属とゴリラ属とが近縁で現代人がその2系統とはやや疎遠だとか、複数の系統樹が描けます。しかし、ゲノム全体の比較からは、現代人とチンパンジー属が近縁で、ゴリラ属がその2系統とやや疎遠であることは確定している、と同書は指摘します。また同書は、こうした不一致は分岐してから比較的新しい系統間で生じることが多い、と指摘します。

 種系統樹と遺伝的近縁性とが一致しないゲノム領域は、ニシローランドゴリラ(Gorilla gorilla gorilla)では約30%と推定されています(関連記事)。これは、種系統樹と遺伝子系統樹との不一致や、ある系統において、特定のゲノム領域で選択圧や遺伝的浮動により急速に変異が蓄積した、という事例が想定されます。一部の遺伝子もしくはゲノム領域に基づく系統樹は危うい、と改めて了解されます。ただ、現代人とチンパンジー(Pan troglodytes)とニシローランドゴリラとで種系統樹と遺伝子系統樹とが一致しないゲノム領域に関しては、コード遺伝子の周辺ではかなり小さい傾向が見られます。とはいえ、現代人とゴリラ属の方が現代人とチンパンジー属よりも近縁な遺伝子もあるわけで、それは表現型やそれに基づく行動にも反映されることはあるでしょう。チンパンジー属には、発情兆候が明確であることや乱婚など、繁殖関連の行動の中に現生類人猿(ヒト上科)の中ではかなり特異的なものがあります。これはチンパンジー属でとくに派生的な特徴で、現代人とチンパンジー属よりも現代人とゴリラ属の方との近縁性を示し、何らかの遺伝的基盤があるのではないか、と予想しています。

 こうした種系統樹と遺伝的近縁性との不一致は、後期ホモ属の各系統間でも示唆されています(関連記事)。後期ホモ属では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が近縁で、現生人類(Homo sapiens)はそれら2系統の共通祖先と分岐した、と推測されています。しかし、デニソワ人の手の指はネアンデルタール人よりも現生人類の方にずっと類似しています。これは、関連遺伝子では、ネアンデルタール人とデニソワ人よりもデニソワ人と現生人類の方が近縁であることを示唆します。10万年前頃のネアンデルタール人の手の指は現生人類と類似しているため、こうしたネアンデルタール人の手の指の特徴は、何らかの選択圧や遺伝的浮動による祖先型(デニソワ人と現生人類)との相違の拡大に起因するのではないか、と考えられます。また、ミトコンドリアDNA(mtDNA)では、デニソワ人とネアンデルタール人よりも、現生人類とネアンデルタール人の方が近縁で、これも種系統樹とは異なります。DNA解析技術の飛躍的進展により、遺伝的情報の蓄積は膨大なものになりましたが、一部の結果に惑わされて、的外れな推測をしないよう、自戒しなければなりません。

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