アジア人のゲノム

 アジア人のゲノムに関する研究(GenomeAsia100K Consortium., 2019)が公表されました。日本語の解説記事もあります。ヒトの遺伝学的研究ではこれまでのところ、非ヨーロッパ人のデータ不足によってゲノムデータセットにおける個体間多様性が制限されており、そのために全球的なヒト集団の大部分におけるその医学的意義も限定的なものになっています。この問題に取り組むためには、集団特異的な参照ゲノムデータセットに加え、多様な集団におけるゲノム規模関連解析が必要です。

 そこで本論文は、ゲノムアジア10万人計画の試験段階について報告しています。これには、アジア64ヶ国219集団の1739人の全ゲノム参照データセットが含まれています。本論文はこのデータセットを用いて、遺伝的変動・集団構造・疾患との関連・創始者効果についてのカタログを作成しました。また、アジアにはかなり大きな創始者集団が存在し、そうした集団から移住によって新たな集団が複数生じた、と明らかになり、これらの集団についてのさらなる研究が、稀な疾患に関連する遺伝子の特定に役立つ可能性が示唆されました。

 具体的には、検出されたゲノム変異のうち、非同義置換では23%が公的データベースに登録されていない新たな変異で、0.1%以上の頻度で検出された変異はおよそ195000個になりました。これらはアジアの特定の集団では比較的高い頻度で存在すると考えられ、今後はその医学的な意義の解明が期待されます。また、遺伝病の原因となる変異として公的データベースに登録されている変異の中には、ヨーロッパ系集団では稀である一方で、アジア系集団では高頻度である例も見つかり、これらは実際には遺伝病とは無関係である、と考えられました。さらに、各種の薬剤による副作用との関連が報告されている遺伝子変異の分布も調べられ、アジア諸集団の中でも顕著な集団差がある、と明らかになっています。これらのデータを基に、今後より大規模なアジア集団の全ゲノム塩基配列の解析が進み、ゲノム医学研究の推進に貢献する、と期待されます。

 人類進化との関連でも、興味深い知見が得られました。現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やその近縁系統の種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との交雑は、今ではよく知られています。ネアンデルタール人の遺伝的影響が出アフリカ系現代人の各地域集団においておおむね類似した割合で見られるのに対して、デニソワ人の遺伝的影響は、出アフリカ系現代人の各地域集団において顕著な差があり、ユーラシア西部集団では基本的に見られず、オセアニア系集団で顕著に高く、アジア南部・南東部・東部集団で低いながらも確認される、と報告されています(関連記事)。

 本論文でも、こうした以前からの知見と整合的な結果が得られました。本論文で対象とされた集団のうち、デニソワ人の遺伝的影響は、メラネシア集団とフィリピンのアエタ(Aeta)人で最も高く、中間的なのがフローレス島のアティ(Ati)人で、アジア南部・南東部・東部のほとんどの集団では低くなります(とはいえ、明らかに遺伝的影響を受けています)。アエタ人に関しては、追加のデニソワ人との交雑が推測されています。これは、今年(2019年)公表された研究(関連記事)と整合的です。

 アジア南部集団は、言語ではインド・ヨーロッパ語族と非インド・ヨーロッパ語族に、社会的もしくは文化的には、部族集団・低カースト集団・高カースト集団・パキスタン集団(インド・ヨーロッパ語族のみ)に分類され、デニソワ人の遺伝的影響に明らかな差が見られました。これは、デニソワ人の遺伝的影響を受けていないインド・ヨーロッパ語族がアジア南部に到来し、デニソワ人の遺伝的影響を受けている在来集団とさまざまな割合で混合したことを示唆し、現在の有力説と整合的です。

 インド・マレーシア・フィリピンのネグリート集団については、それぞれ他のネグリート集団よりも近隣集団の方と遺伝的に近縁で、濃い肌の色はおそらく環境適応で、共通祖先からの遺伝的継承ではない、と推測されています。ネグリート集団におけるデニソワ人の遺伝的影響の明らかな違いも、ネグリート集団を単系統群的に把握できないことを示している、と言えるでしょう。表現型から人類集団の系統関係・遺伝的近縁性を推測することには難しさもあり、ゲノム解析によりずっと正確な推測が可能になりました。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ゲノミクス:ゲノムアジア100Kプロジェクトによりアジアでの遺伝学的発見が可能になる

Cover Story:アジア人のゲノム:ゲノムアジア100Kプロジェクトで得られた最初の参照データセット

 これまで、ヒトの遺伝学研究は主にヨーロッパ人に重点が置かれていて、そうした遺伝学的データセットに含まれる個体間多様性が制限されてきた。ゲノムアジア100Kプロジェクトは、そうしたギャップを埋めるのに大きな役割を果たすことを目的に、10万人のアジア人のゲノムの塩基配列解読と解析を計画している。今回ゲノムアジア100Kコンソーシアムは、このプロジェクトの試験段階で得られたデータ、すなわち、アジア全域の64か国の219のヒト集団に属する1739人から得られた全ゲノム参照データセットを報告している。著者たちは、このデータを用いて、遺伝的変動、集団構造、疾病関連性のカタログを作っている。また、アジアにはかなり大きな創始者集団が存在し、そうした集団から移住によって新たな集団が複数生じたことが明らかになり、これらの集団についてのさらなる研究が、まれな疾患に関連する遺伝子の特定に役立つ可能性が示唆された。



参考文献:
GenomeAsia100K Consortium.(2019): The GenomeAsia 100K Project enables genetic discoveries across Asia. Nature, 576, 7785, 106–111.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1793-z

『卑弥呼』第30話「人柱」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年12月20日号掲載分の感想です。前回は、那のホスセリ校尉と兵士たちが、トメ将軍への支持を表明したところで終了しました。今回は、五瀬の邑の老翁(ヲジ)がヤノハに生贄をどのように送り出しているのか、説明する場面から始まります。五瀬から玄武の方角、つまり北方へ石の柱の道が始まるところより、鬼八荒神(キハチコウジン)の支配地となります。石柱の手前の広場まで8人の生贄は輿で運ばれ、邑の男たちは毎年、輿を広場に置くと、生贄と「送り人」を残して立ち去ります。「送り人」は、生贄である8人の娘を奥の祭祀の場に導き、柱にくくりつけます。代々の「送り人」は鬼八を見たことがないのか、とヤノハに問われた邑長と老翁は、見てはいるだろうが、その途端に黄泉の国へ送られる、つまり殺されるだろう、と答えます。「送り人」は腰布以外身に着けない決まりなので、どんなに屈強な男でも鬼八に襲われたら殺されるだろう、というわけです。

 ヤノハに策を問われたミマト将軍とテヅチ将軍は、生贄を捧げず怒った鬼八の襲撃を待つか、こちらから討って出るのかどちらかだ、と答えます。今晩、人柱になる娘たちに会いたい、とヤノハに言われた邑長は、もったいないことだ、と断ろうとしますが、気高い女性たちを勇気づけずに何が日見子(ヒミコ)だ、と言います。ヤノハは生贄とされる女性たちに、戦いを学んだことがあるか、と尋ねます。すると、5人が挙手します。さらにヤノハが、鬼と戦う覚悟があるのか尋ねたところ、4人が挙手します。ヤノハは、ミマト将軍・テヅチ将軍・ミマアキ・イクメ・邑長と対策を練ります。ヤノハは、人柱の中に兵を潜ませてはどうか、と提案します。ミマアキは化粧をせずとも美しい女性に擬装できる、というわけです。クラトもいけるだろう、と言うミマアキに、化粧で黥を隠すようクラトに伝えよ、とヤノハは命じます。自分も参戦したいと言うイクメを、父のミマト将軍は制止しようとしますが、自分は幼い頃より父に言われて武芸に励んでおり、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)でも戦女(イクサメ)希望で、そこらの男性よりずっと戦える、と言います。それでも娘の参戦に反対するミマト将軍ですが、女子も武人たれという自身の言葉を持ち出されてしぶしぶ娘の参戦を認め、ただし死ぬな、と言います。イクメは気丈に、天照大御神は自分を見捨てない、と言います。テヅチ将軍は、兵士200人が千穂を囲み、50人の精兵を人柱付近に潜ませるよう、提案します。ミマト将軍は、「送り人」には副官のオオヒコを任せます。オオヒコならば、たとえ素手でも敵の10人や20人は造作ない、というわけです。

 邑長は日見子たるヤノハに、自分たちの勝利と鬼八の滅亡の祈願を願い出て、ヤノハは楼観に籠ります。しかし、ヤノハは天照大御神の正式な祈り方も知らず、よくばれないものだと自嘲し、戦の間は祈るふりをして楼観で高みの見物も悪くないか、と呟きます。するとヤノハは、モモソの幻覚?を見ます。モモソはヤノハに、イクメとミマアキを人柱に潜ませて終わりなのか、と問いかけます。焦った様子で、よい作戦だと思わないか、と答えるヤノハに、二人が心配ではないのか、とモモソは尋ねます。もちろん心配だが、自分は総大将なので心を鬼にした、と答えるヤノハを、嘘だ、とモモソは一喝します。戦に勝ちたいが、自分だけは誰を犠牲にしても生き残りたいのだ、とモモソに指摘されたヤノハは返答に窮し、何をしろと言うのか、とモモソに問いかけます。するとモモソはヤノハに、本当は何をすべきか分かっているだろう、そなたは歴代の日見子の中で最も血塗られた女王だ、と告げます。

 夜中に生贄8人は石柱の前の広場に連れていかれ、オオヒコはイクメやミマアキなどたち生贄を柱に縛りつけていきます。オオヒコはミマアキに、お前が女なら惚れるところだ、と声をかけます。8人全員が縛りつけられると、いつ敵が来るか分からないので、すぐに紐を切れるよう、刀を準備せよ、とイクメは呼びかけます。恋仲のミマアキとクラトは、互いの美貌を誉めあいます。生贄に選ばれた五瀬邑の娘の一人が沈んでいる様子を見て、この世に鬼は存在しない、正体は人に決まっている、とクラトとミマアキは励まします。しかし、五瀬の邑の娘たちは悪臭に精神的打撃を受けていました。夜が明けると、串刺しにされた腐りかけの複数の死体と、多数の頭蓋骨が見えてきて、五瀬の邑の娘たちは錯乱します。オオヒコはイクメに、紐を切ってこちらから討って出よう、と提案しますが、ヤノハが反対します。ヤノハも生贄の一人として紛れ込んでいたのでした。イクメは総大将のヤノハが現場にいることに反対しますが、だから来たのだ、とヤノハは落ち着いた様子で答え、合図は自分が出す、まずは化け物の数と正体を見極めよう、と言います。ヤノハたちに「何か」が迫ってくるところで、今回は終了です。


 今回は、鬼八荒神との接触との直前までが描かれました。多数の人々を殺害し、その遺骸を積み上げる鬼八荒神の正体と意図は、鬼八荒神が鬼道に通じているとされ、『三国志』によると卑弥呼(日見子)は鬼道により人々を掌握した、とありますから、かなり重要になってくると思います。おそらく、ヤノハは鬼八荒神も配下に組み入れることになるのでしょう。千穂(高千穂)の謎は、序盤の山場になるかもしれません。ヤノハがどのような策で鬼八荒神を迎え撃つのか、楽しみです。また、今回は描かれず、次回も描かれないかもしれませんが、那国情勢も気になるところで、トメ将軍がどのように事態を解決させようとするのか、楽しみです。

現生哺乳類と異なる聴覚器官を持つ初期哺乳類

 現生哺乳類と異なる聴覚器官を持つ初期哺乳類に関する研究(Wang et al., 2019)が公表されました。発生生物学および古生物学の双方から蓄積されたデータからは、哺乳類では、顎の歯骨後方の骨の、頭蓋の耳小骨への変化が、少なくとも3回独立に起きた、と示唆されています。また、保存状態の良好な化石からは、哺乳類中耳の進化における移行段階がいくつも明らかになっています。しかし、哺乳型類の異なる複数のクレード(単系統群)で、これらの歯骨後方の骨がなぜ、どのように歯骨から完全に分離したのかなど、中耳の進化に関してはまだ疑問が残されています。

 この研究は、中華人民共和国遼寧省の九仏堂層で発見された多丘歯目哺乳類(齧歯類様哺乳類の分類群)エオバータル科の新種(Jeholbaatar kielanae)の化石について報告しています。多丘歯類は、おそらくこれまでで最も繁栄した哺乳類の一群であったと考えられています。この新種化石は約1億2000万年前のもので、この哺乳類動物の体重は約50グラムと推定されています。左中耳骨の保存状態が良好だったため、以前に報告された白亜紀の多丘歯目哺乳類よりも独自の構造が明らかになり、その構成要素もより完全な形を保持しています。この標本からは、顎の上角骨が独立した骨要素から中耳の槌骨の一部へと変化し、耳小柱状の鐙骨と平たい砧骨の間に限定的な接触が存在した、と示されました。

 この研究は、哺乳型類において、こうした槌骨–砧骨間の関節の接続様式には2つの骨が隣り合う配置と互いにかみ合う配置の2通りがあり、それは歯骨–鱗状骨関節の進化的分岐を反映している、との見解を提示しています。系統発生学的解析から、この標本のような異獣類における最終哺乳類中耳の獲得は、単孔類や真獣類での哺乳類中耳の獲得とは独立したものであった、と明らかになりました。この新種化石により得られた証拠は、多丘歯目哺乳類の中耳の発達が、摂食に必要な条件によって誘発されたことを示唆しています。この研究は、下頬部の形状から判断して、この新種多丘歯目哺乳類が雑食性で、蠕虫・節足動物・植物を餌として、咀嚼時の顎の動きが特徴的だった、という見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【古生物学】現生哺乳類と異なる聴覚器官を持つ初期哺乳類の新種

 中国で発見された白亜紀の齧歯類様哺乳類の新種が、その近縁種と異なる耳を持っていたことを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、この哺乳類動物の聴覚器官の進化が、摂食のための特殊化によって推進された可能性を示唆している。

 哺乳類の耳の進化、つまり、顎の構成要素が徐々に頭蓋骨内に移動して、中耳の耳小骨になった過程が、少なくとも3回独立に起こったことが、化石証拠から示唆されている。しかし、この過程が異なる哺乳類群でどのように起こったのか、そしてなぜ起こったのかは解明されていない。

 今回、Yuanqing Wangたちは、中国遼寧省の九仏堂層で発見された多丘歯目哺乳類(齧歯類様哺乳類の分類群)の新種Jeholbaatar kielanaeの化石について記述している。Wangたちは、この化石が約1億2000万年前のものであり、この哺乳類動物の体重を約50グラムと推定している。左中耳骨の保存状態が良好だったため、以前に報告された白亜紀の多丘歯目哺乳類よりも独自の構造が明らかになり、その構成要素もより完全な形を保持している。Jeholbaatar kielanaeの化石によって得られた証拠は、多丘歯目哺乳類の中耳の発達が、摂食に必要な条件によって誘発されたことを示唆している。Wangたちは、下頬部の形状から判断して、Jeholbaatar kielanaeが雑食性で、蠕虫、節足動物、植物を餌として、咀嚼時の顎の動きが特徴的だったという見解を示している。


進化学:白亜紀の化石から明らかになった哺乳類中耳の新たな進化パターン

進化学:中耳進化の異なる道筋

 多丘歯類は、おそらくこれまでで最も繁栄した哺乳類の一群であったと考えられる。中生代の前半に進化を遂げた多丘歯類は白亜紀末の大量絶滅を乗り越え、始新世まで生き延びた。その名称が示すように特徴的な歯を有していた多丘歯類は、多くの点で齧歯類の先駆けとも言える存在だった。今回Y Wangたちが新たに発見したJeholbaatar kielanaeは、現在の中国で約1億2000万年前に生息していた多丘歯類であり、その標本には多くの構造、中でも中耳が極めて詳細に保存されている。哺乳類の進化は、祖先的爬虫類の下顎から多くの骨要素が頭蓋へとゆっくり移動して中耳の小骨を形成したことを特徴とする。これまで、この進化は独立して複数回起こったと考えられてきたが、それはJ. kielanaeにも当てはまるようである。著者たちは、哺乳類進化における顎の歯骨後方の骨の耳小骨への変化は、多丘歯類などの哺乳類系統において咀嚼機構が複雑さを増していったことと関係している可能性があると示唆している。



参考文献:
Wang H, Meng J, and Wang Y.(2019): Cretaceous fossil reveals a new pattern in mammalian middle ear evolution. Nature, 576, 7785, 102–105.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1792-0