皇位男系継承を「日本の存亡に関わる問題」とする竹内久美子氏の認識はある意味で正しい

 「皇統の男系男子継承の深い意味」と題する竹内久美子氏の記事が公開され、それなりに話題になっているというか、嘲笑されているようです。とくに嘲笑の対象になっているのは、皇位継承を「日本の存亡に関わる問題」としているところのようですが、竹内氏の認識はある意味で正しいと思います。似たような認識として、「女系(他系)継承を認めたら、日本は、終わります」という発言を最近取り上げたので(関連記事)、かなり重なってしまうのですが、改めて私見を整理するとともに、竹内氏の他の見解にも言及します。

 竹内氏は、女系天皇を認めれば「異質の王朝」を生むとして、男系男子による皇統の継承は、日本国の存亡に関わる問題である、との認識を示しています。似たような認識の「女系(他系)継承を認めたら、日本は、終わります」という発言も含めて嘲笑する人は多いでしょうが、重要な論点が含まれており、一笑に付すようなものではない、と私は考えています。たとえば、網野善彦『日本の歴史第00巻 「日本」とは何か』(講談社、2000年)では、「日本」はヤマトを中心に成立した国家の国号で、王朝名だと指摘されています(P333)。また網野氏はかつて、一部の支配者が決めた「日本」という国号は国民の総意で変えられると述べて、日本が嫌いなら日本から出ていけ、という手紙・葉書が届いたそうです(同書P94)。

 現在の女性皇族が「(天皇の男系子孫ではない)民間人」と結婚し、その子供が天皇に即位した場合、これを「王朝交替」と解釈することは、人類史、とくにヨーロッパ史的観点からは無理のない定義と言えるでしょう。日本も含まれる漢字文化圏でも、後周のように異なる男系でも同一王朝という事例もあり、異なる男系での君主継承が王朝交替の第一義的条件ではないとしても、実質的には男系の交替と王朝交替がおおむね一致しています。また漢字文化圏では、王朝が替われば国号も変わります。

 このように、異なる文化圏の概念の組み合わせという側面もあり、強引なところも否定できませんが、「日本」という国号を王朝名、それまでとは異なる男系の天皇が誕生すれば「王朝交替」と考えれば、皇位男系継承を「日本の存亡に関わる問題」とする竹内氏の発言や、「女系(他系)継承を認めたら、日本は、終わります」という発言に見られる認識は一笑に付すようなものではない、と私は考えています。日本は、漢字文化圏的枠組みでは少なくとも6世紀以降「王朝交替」はなかったと言えるので(関連記事)、漢字文化圏としては異例の長さで同じ国号が続いたことから(漢字表記で正式に「日本」とされたのは8世紀初頭)、「日本」はもう地理的名称として定着した感もありますが、原理的には変えられるものなのだ、と気づく契機になり得るという点で、皇位男系継承を「日本の存亡に関わる問題」とする竹内氏の認識は嘲笑されるべきではない、と私は考えています。

 もっとも、仮に今後日本で天皇制が廃止されたり、皇位の女系継承が容認され、女性皇族と天皇の男系子孫ではない夫との間の子供が即位したりするようなことがあっても、すでに定着した「日本」という国号を変える必要はまったくないと思いますし、もしそういう運動が起きたとしても、すでに長く定着した国号で愛着があるので、私は反対します。網野善彦氏は、「日本」は王朝名だと強調し、「日本」という枠組みで「(日本)列島」史を把握することに否定的ですが、そもそも「政治的」ではない「中立的な」地理的名称が世界にどれだけあるのかと考えれば、「アジア」や「朝鮮半島」や「中国大陸」という地名を採用しておきながら、ことさら「日本」を標的にすることには疑問が残ります。なお、網野氏は天皇号と日本国号の画期性を強調しますが、これにも疑問が残ります(関連記事)。

 ただ、竹内氏が皇位男系継承の根拠として、Y染色体の継承を挙げていることにはまったく同意できません。なお、竹内氏は「Yについては交差が起きず、父から息子へ、そのまた息子へといった男系で継承している限りまったく薄まることがない」と述べていますが、竹内氏は以前Twitterにて、Y染色体にも短いながら組換え領域があると述べていたように記憶しているので、この発言は一般読者向けに簡略化した説明なのでしょう。まあ、とても褒められたことではありませんが。

 それはさておき、皇位継承が話題になった小泉内閣の頃より、皇位男系継承の根拠としてY染色体を挙げるのは地雷に他ならない、と指摘されてきたように思うのですが、今年(2019年)久しぶりに天皇の生前退位があったためか、皇位継承問題への関心が高まる中で、Y染色体に基づく皇位男系継承論がネットでは支持を集めつつあるように思われるのは気がかりです。率直に言って、皇位男系継承支持者で、その根拠としてY染色体を持ち出す人は大間抜けだと思います。

 その最大の理由は、皇位継承のほとんどの期間において父子関係が遺伝的に保証されていたわけではない、ということです。つまり、系図上の父親と生物学的な父親とが異なっている(ペア外父性)可能性がある、というわけです。もちろん、現実には宮中においてそうした「間違い」が生じる危険性はかなり低いとは思います。ただ、皇位(大王位)の男系継承が6世紀半ば以降としても、すでに1400年以上経過しているわけで、どこかで1回「間違い」が起きた可能性は無視できるほど低いものではないと思います。

 この問題でよく言及されるのは『源氏物語』でしょうが、これはあくまでも創作であり、じっさいに「間違い」が起きた根拠にはできませんし、そうした「間違い」が起きる危険性はかなり低かったのかもしれません。ただ、皇后に仕えて後宮の事情に精通していただろう紫式部が『源氏物語』でわざわざ「間違い」を取り入れたのは、ある程度以上の現実性があったからではないか、とも考えられます。もっとも、『源氏物語』での「間違い」の結果でも、「初代天皇」と生物学的に父系でつながっていない天皇が即位したわけではありませんが。じっさい、「間違い」が起きていた可能性の高い事例も指摘されており、『源氏物語』の設定を単なる空想とも言い難いでしょう。

 それは、崇光天皇の皇太子に立てられた直仁親王が、公式には花園院の息子とされていたのに、実は光厳院の息子だった、という事例です(佐伯智広『皇位継承の中世史 血統をめぐる政治と内乱』P179~180)。直仁親王が崇光天皇の皇太子に立てられたのは光厳院の意向で、花園院の甥の光厳院が親王時代に世話になった叔父に報いた、という美談として当時は受け取られたかもしれませんが、裏にはそうした事情があったわけです。なお、光厳院は院政を継続するために、直仁親王を皇太子に立てるさいに養子としています。もちろん、直仁親王が光厳院の実子だったのか否か、DNA鑑定がされたはずもなく断定できるわけではありませんが、少なくとも光厳院は直仁親王が実子だと確信していました。もっとも、直仁親王の事例にしても、『源氏物語』と同じく、「初代天皇」と生物学的に父系でつながっていない男性が天皇に即位する予定だったわけではありませんが。直仁親王は正平一統により皇太子を廃され即位できず、その子孫が即位することもありませんでした。

 具体的な「間違い」ではありませんが、状況証拠的な事例としては、江戸時代初期の猪熊事件があります。どの程度の確率で皇室において「間違い」があったのか、推定できる根拠はほぼ皆無ですが、14~20世紀のネーデルラントの事例では、人口密度および社会階層がペア外父性率と相関している、と報告されています(関連記事)。人口密度が高く、社会階層が低いいほどペア外父性率は高い、というわけです。逆に、人口密度が低く、社会階層が高いとペア外父性率は低くなります。人口密度の低い地域の中流~上流階級のペア外父性率は0.4~0.5%と推定されています。

 皇室は、上流階級でもさらに特殊ではあるものの、人口密度の高い場所に居住し続けているという点や、直仁親王や猪熊事件の事例からは、ペア外父性率が0.4~0.5%以上でも不思議ではないでしょう。仮に0.4%という割合を採用し、継体「天皇」を始祖と仮定した場合、今上天皇は北畠親房の云う「まことの継体(父系直系なので天皇ではない皇族も含みますが、この点に関しては議論もあるようです)」では54世(数え間違えているかもしれませんが)で、53回の父子継承となりますから、始祖とずっと父系でつながっている確率は約81%です。ペア外父性率が1%だった場合は、始祖とずっと父系でつながっている確率は約59%となります。もっとも、直仁親王の事例のように、ペア外父性でも皇族もしくは臣籍降下の氏族だった場合は、「初代天皇」のY染色体が継承されていることになるので、じっさいには確率はもっと上がるでしょうが。まあ、上述のように皇族におけるペア外父性率を推定するデータが皆無に近い状況ですから、まったく参考にならないお遊び程度の計算でしかありませんが。

 実際問題としては、持統天皇以降には火葬された天皇も多く、また飛鳥時代以前には天皇(大王)の陵墓も確実ではない場合がほとんどで、そもそも天皇陵とされている古墳の調査には制約が大きいので、天皇(大王)だったかもしれない人物のDNA解析は実質的に不可能です。また、仮にほぼ天皇と間違いない遺骸のDNA解析が技術的には可能だとしても、じっさいに解析して現代の皇族と比較するようなことを宮内庁、さらには政府が許可するとも思えません。その意味で、Y染色体を根拠とする皇位継承男系維持派も、その多くは、実質的にDNA解析は不可能だと考えて、無責任にY染色体を根拠としているのでしょう。しかし、皇位男系継承の根拠としてY染色体を持ち出せば、生物学的確実性が要求されるわけで、女系容認派や天皇制廃止派に付け入る隙を与えるだけの愚行だと思います。竹内氏は皇位男系継承の根拠としてY染色体を提示した草分け的な人物の一人だったようですから、愚論と言われて不満なのは当然かもしれません。

 少なくとも6世紀以降の皇位継承が男系を大前提としていたことは、例外がないことからも明らかです。称徳→光仁・称光→後花園・後桃園→光格といった事例のように、前天皇とは血縁関係の遠い人物が即位したことは歴史上何度かありますが、いずれにしても男系で皇統につながっています。また、皇后の在り様からも、8世紀初頭においてすでに、皇位継承が男系に限定されていた、と窺えます。皇后の条件は令においてとくに規定されていませんが(これは、天皇について令で規定されていないことと通じると思います)、妃の条件が内親王であることと、藤原氏出身の光明子を皇后に立てるさいの聖武天皇の勅の歯切れがきわめて悪いことから、皇后には皇族(内親王)が想定されていた、と考えるのが妥当でしょう。これは、6~7世紀には皇后(大后)の即位が珍しくなかったからだと思います。その意味で、光明子が皇后に立てられたのは画期であり、これ以降、皇后が即位することはなくなります。皇族でなくとも皇后に立てられるという先例ができた以上、皇后を即位させるという選択肢がなくなったのでしょう。前近代において、皇位継承が男系であることは明文化されていないと思いますが、それは皇位男系継承が大前提・常識だったからと思います。

 皇位継承の根拠をY染色体とする言説は、女系容認派や天皇制廃止派に付け入る隙を与えるだけの愚行だと思いますが、それ以上の問題に発展しかねません。今後、男系維持派の大半?が主張するような、旧宮家の男系男子の皇族復帰にさいして(皇別摂家の男系子孫の皇族復帰を主張する人は、私の観測範囲では皆無に近いようです)、Y染色体根拠論に基づくと、Y染色体DNAの検査が必要となるからです。仮に、現在の男性皇族と旧宮家の男系男子とでY染色体ハプログループ(YHg)が大きく異なっていた場合(たとえば、YHg-DとYHg-O)、どちらが「正統」なのか、という点をめぐって議論になり、皇室の権威を傷つけてしまうことになりかねません。じっさい、外国の事例ですが、プランタジネット朝に始まる父系一族において、サマーセット家ではどこかで家系図とは異なる父系が入っている、と推測されています(関連記事)。今後、皇族が減少するなか、旧宮家の男系男子を皇族に復帰させるとしても、DNA検査は必要ない、と私は考えています。

 ただ、皇位男系継承維持派がY染色体を根拠として持ち出したことは理解もできます。現代日本社会において、皇位継承を男系に限定する根拠として、伝統だけを挙げても日本人の広い理解を得られない、との危機感が皇位男系継承維持派にはあるのでしょう。そこで、「科学的根拠」たるY染色体が提示されたわけですが、「科学的根拠」を採用してしまうところが、伝統維持や保守を自任していても、いかにも近代的だなあ、と思います。皇位男系継承派の中に、皇族における一夫多妻制を提案する人がほとんどいないことも、現代日本社会においてヨーロッパ発の近代がいかに深く浸透したのかを示しています。

 皇位男系継承維持派には保守主義者を自任している人が多いでしょうが、保守主義の本質の一つとして、(1000年以上にわたる)伝統宗教も含めて長きにわたる伝統・慣行は深い叡智に基づいているかもしれないので、安易に変革・廃止してはならない、という自制があると思います。その意味で、皇位男系継承維持派は、日本人の広範な支持を得るためには、男系継承がいかなる叡智に基づくのか説明しなければならなかった、と私は考えています。しかし実際には、少なからぬ人がY染色体論という「科学的根拠」に飛びついてしまい、これは皇位男系継承維持派の知的怠慢だと思います。まあ、上述のようにY染色体を根拠とする皇位男系継承維持論議は「科学的根拠」になるどころか、地雷でしかないのですが。

 少なからぬ皇位男系継承維持派は、男系継承をきわめて価値のあるものと主張しますが、高貴な地位の男系継承自体は、人類史において普遍的です。それが日本のように短くとも1400年以上という事例はきわめて例外的としても、たとえばフランスでは、革命期からナポレオン期を除いて、800年以上にわたってユーグ・カペー(Hugues Capet)の男系子孫が王位を継承しました。男系継承は人類進化と深く関連しており、その意味でも、何らかの叡智に基づいている可能性はあるかもしれません。ただ、私程度の見識では、説得力のある見解の提示はできませんが。

 私が男系継承と人類進化との深い関連を想定しているのは、人類はずっと父系に傾いた社会を形成していた、と考えているからです。現代人(Homo sapiens)も含む現生霊長類では母系社会の方が優勢ですが、現代人も含まれるその下位区分の現生類人猿(ヒト上科)では、現代人の一部を除いて非母系社会を形成します。これは、人類社会が、少なくとも現生類人猿との最終共通祖先の段階では、非母系社会を形成していた、と強く示唆します。さらに、現代人と最近縁の現生系統であるチンパンジー属(チンパンジーおよびボノボ)は父系社会を形成し、次に近縁な現生系統であるゴリラ属は、非単系もしくは無系と区分すべきかもしれませんが、一部の社会においては父親と息子が共存して配偶者を分け合い、互いに独占的な配偶関係を保ちながら集団を維持するという、父系的社会を形成しています(関連記事)。

 おそらく、現代人・チンパンジー属・ゴリラ属の最終共通祖先の時点で、父系にやや傾いた無系社会が形成されており、チンパンジー属系統ではその後に明確な父系社会が形成されたのだと思います。人類系統においても、現生人類ではない絶滅人類で父系社会を示唆する証拠が得られています(関連記事)。人類系統においては、父系に強く傾きつつも、所属集団を変えても出生集団への帰属意識を持ち続けるような双系的社会(関連記事)がじょじょに形成され、さらに配偶行動が柔軟になっていき、母系に傾いた社会も出現したのだと思います。おそらく人類史において、母系に傾いた社会の形成は父系に傾いた社会の出現よりもずっと新しいと思います。ただ、そうした変化が現生人類の形成過程と関連しているのか、それともさらにさかのぼるのか、現時点では不明ですし、将来も確証を得るのはきわめて困難でしょう。

 この観点からは、藤原氏が皇后を次々と輩出し、天皇の外戚となることで権力を掌握したことも、双系的社会に基づき、男系での皇位継承を大前提とする体制に順応したと解釈すべきで、母系社会であった証拠にはならない、と思います。藤原氏はあくまでも、娘を天皇もしくは皇位継承の有力者の「正妃」とすることで権力を掌握しようとしたのであって、自身が即位しようという具体的な動きは確認されていません。藤原氏出身の女性を母とする天皇は奈良時代以降多いのですが、これを母系的観点から解釈することも無理筋だと思います。藤原氏自身も父系的な氏族であり、藤原氏の娘は基本的に母系ではなく父系により高貴な出自を保証されているからです。なお、竹内氏は、「皇統の男系男子による継承は、かつては藤原氏などの国内の権力を排除するという意味があった」と述べていますが、父系継承が人類史において普遍的だったことを反映しているだけだと思います。じっさい、古代日本も双系的な社会だったので、藤原氏は娘を天皇(や皇太子)に嫁がせて権力を獲得(分掌と言うべきでしょうが)していったわけで、「藤原氏などの国内の権力を排除」できていませんし、その意図もなかった、と考えるべきでしょう。

 支配層の母系継承かもしれない事例としては、9~12世紀の北アメリカ大陸のプエブロボニート(Pueblo Bonito)遺跡が挙げられていますが(関連記事)、それは古代日本の皇族・有力氏族の地位・財産継承とは大きく異なります。現在の通説のように、古代日本社会は基本的に双系的だったのでしょうが、それは現生人類の特徴でもあり、古代日本を母系社会から父系社会への過渡期と解釈するのは的外れでしょうし、そもそも人類社会は母系制から始まり、社会的発展により「原始的な」母系制から父系制へと移行する、という社会発展モデル自体が根本的に間違っているのでしょう。

 人類社会において父系(男系)的な継承が多いのは、それが長く基準だったからで、俗流唯物史観での想定とはまったく異なり、農耕開始以降に初めて出現したわけではない、というわけです。その意味で、確かに現代および記録上の人類社会では、父系的とは言えないような社会構造も見られるものの、それはアフリカから世界中への拡散を可能とした現生人類の柔軟性に起因し、「未開社会」に父系的ではなさそうな事例があることは、人類の「原始社会」が母系的だったことの証拠にはならない、と私は考えています。そもそも、「未開社会」も「文明社会」と同じ時間を過ごしてきたのであり、過去の社会構造を維持しているとは限らない、という視点を忘れるべきではないでしょう。

 たとえば、日本でもすっかり有名になったヤノマミ集団は、テレビ番組などで「1万年以上、独自の文化・風習を守り続けている」と紹介されてきましたが、アマゾン地域は先コロンブス期において大規模に開発されており(関連記事)、ヤノマミの祖先集団もかつては現在とは大きく異なる社会を構成していたかもしれません。そうだとすると、1万年以上前の祖先集団の文化・風習をどの程度継承しているのか、疑問です。また、現代の「未開社会」は、完新世の農耕・牧畜社会、さらに産業革命以降の近代社会の圧迫を受けてきたわけで、更新世にはそうした社会は存在しなかった、という視点も重要となるでしょう。

 もちろん、長く基準だったからといって、それが「本質的」とは限りませんし、何よりも、仮に「本質的」あるいは「生得的」・「自然」だから守らねばならないと主張するならば、自然主義的誤謬に他なりません。現生人類は、双系的社会を築いたように、柔軟な行動を示す霊長類の中でも、きわめて柔軟性の高い種です。これは、『暴力の人類史』などでも指摘されているように(関連記事)、現生人類には相反するような複数の生得的性質と、状況に応じて行動を変えるような高度な認知能力が備わっているからでしょう。もちろん、他の動物にもそれは当てはまり、それ故に気候変動も含めて短期的および長期的な環境変化を生き延びてきたのでしょうが、現生人類ではそうした特徴がとくに強く発達したのだと思います。

 その意味で、皇位男系継承維持派からも一夫多妻制の提案すら躊躇われるような、すっかりヨーロッパ発の近代が浸透してしまった現代日本社会において、あくまでも皇位男系継承維持に拘るならば、単に伝統と主張したり、もっと突っ込んで、長きにわたる伝統・慣行は深い叡智に基づいているかもしれないので、安易に変革・廃止してはならない、と主張したりしても、それだけで広く支持を集めることは難しいでしょう。じっさい、そうした見解を述べる人もいましたが、あまり支持を集めていないように見えます。そのため、現生人類のさまざまな生得的性質と社会状況を踏まえた、説得力のある根拠(叡智)の提示が要求され、少なからぬ皇位男系継承維持派にとって、それがY染色体だったのでしょうが、上述のようにそれは地雷に他ならず、伝統だけを主張しておいた方がまだましだったように思います。その意味で、Y染色体を皇位男系継承維持の根拠とする人々は、(本心を隠した天皇制廃止論者や女系容認論者でなければ)大間抜けだと思います。

 なお、皇族が父系では「縄文人」系統との認識も見られますが、その確証はまだ得られていない、と言うべきでしょう(関連記事)。ただ、皇族が一部で言われている現代日本人では多数派のYHg-D1a2a(旧D1b1)である可能性は低くないように思います。YHg-D1a2(旧D1b)は「縄文人」由来と考えられており(関連記事)、現代日本人のうち本州・四国・九州を中心とする「本土」集団における「縄文人」の遺伝的影響は10~20%程度と推定されているのに(関連記事)、YHg-D1a2の割合は35.34%になるからです。皇族に連なる父系集団は、武士になるなどして地方で父系を拡大する機会に恵まれていたましたから、ゲノム規模では弥生時代以降の渡来集団の影響力が圧倒的に高いとしても、皇族が父系では「縄文人」系統だとすると、「縄文人」系統のYHg-D1a2の強い影響力を説明できる、というわけです。ただ、皇族が本当にYHg-D1a2aか、まだ確証は得られていないでしょうし、何よりも、「縄文人」ではYHg-D1a2aはまだ確認されておらず、YHg-D1a2b(旧D1b2)しか確認されていません(関連記事)。これは、YHg-D1a2aが弥生時代以降に日本列島に到来した可能性を示唆します。ただ、YHgが分類されている「縄文人」はいずれも東日本の個体なので、西日本の「縄文人」がYHg-D1a2aで、皇族がその父系に属する可能性もじゅうぶんある、と思います。

飯山陽『イスラム2.0 SNSが変えた1400年の宗教観』

 河出書の一冊として、河出書房新社から2019年11月に刊行されました。本書の「イスラム2.0」とは、イスラム教をめぐる新たな状況を意味します。その契機となったのがグローバル化の進展とインターネットの普及で、それ以前が「イスラム1.0」とされます。「イスラム1.0」、つまりイスラム教の始まりから20世紀末まで、イスラム教徒の大半は知識層である一部のイスラム法学者を介してしかイスラム法を知るしかありませんでした。イスラム法学者は、時の権力層の庇護を受けるため、権力層を擁護する必要があり、『コーラン』とハディースに忠実ではないこともありました。ただ、「イスラム1.0」の時代には、大衆が直接的に『コーラン』とハディースを理解することは困難だったため、イスラム法学者の見解(もちろん、複数の学派があるわけですが)を受け入れるしかありませんでした。

 しかし、「イスラム2.0」の時代には、インターネットを介して『コーラン』とハディースに直接触れられるイスラム教徒の数が激増しました。すると、『コーラン』とハディースからテロも厭わないジハード主義を読み取るのは論理的なので、じゅうらいの政権寄りのイスラム法学者の見解は『コーラン』とハディースに照らして間違っている、と理解する人々が増加していき、それがイスラム主義・原理主義的傾向を強化し、さらにはテロも厭わないジハード主義者を次々と生み出していき、それは「穏健な」イスラム教の代表例とされてきたインドネシアでも同様である、というのが本書の大まかな見通しです。と言いますか、むしろ「穏健な」もしくは「緩い」イスラム社会だったインドネシアのような地域でこそ変化は激しい、と本書は指摘します。

 本書はこうした見通しのもと、ヨーロッパの「リベラル」な政治エリートたちによる、イスラム教は本来寛容で平和的な宗教であり、イスラム教徒移民やイスラム教自体は脅威ではなく、差別や経済格差こそが同化・統合を阻み、移民やその二世をテロに走らせるのだ、といった言説が、今やヨーロッパで広く大衆から支持を失っており、エリート層も方針を転換しつつある、と指摘します。本書は、「イスラム2.0」の時代に『コーラン』とハディースに直接触れてイスラム主義的性格を強めたイスラム教徒が、ヨーロッパにおいてLGBTなど「リベラル」的価値観を攻撃している、と指摘します。イスラム教と「リベラル」な西洋近代の価値観とは相容れないところが多分にあり、ヨーロッパで頻発するジハード主義者のテロの根本的な要因は、差別や経済格差といった社会問題ではなく、価値観の大きな違いに原因がある、というわけです。本書はその根拠として、一定以上の裕福な階層においても、イスラム主義・原理主義的傾向が強くなり、自爆テロを行なう者(家族単位の事例もあります)もいることを挙げています。

 ただ本書は、「イスラム2.0」の時代においてイスラム教徒では原理主義的傾向が強くなっていることにたいして、棄教という反動も起きている、と指摘します。棄教には、神への信仰は失わないものの、1日5回の礼拝やハラールが非合理的だと考える「軽い」ものから、無神論にまで至る「本格的」なものまであります。こうした人々の多くは、自由と寛容という西洋近代の価値観に触れて魅了され、イスラム教に疑問を抱くようになっていきました。また本書は、ヨーロッパだけではなくイスラム教圏でも、「リベラル」なイスラム教知識人の間でイスラム教の改革運動が起きていることを指摘します。「イスラム国」は『コーラン』とハディースという啓示文字通り解釈しているのであり、問題はイスラム教の側にある、というわけです。本書は、「イスラム国」がイスラム教の唯一の正統的な解釈の在り様とは言えないにしても、イスラム教の伝統的解釈の中から出現したことを強調します。

 こうしたイスラム教圏におけるイスラム教改革運動を強力に推進しているのがエジプトのシシ政権です。イスラム教には、神は宗教・生命・理性・子孫・財産の保全という「立法目的」のために人間に法を与えたので、ある法を特定場面に適用することでその「立法目的」が損なわれると予想される場合、その法の適用を回避しなければならない、という「マスハラ理論」があります。「マスハラ理論」を用いると、『コーラン』とハディースの変更なしに、異教徒との共存も可能となります。しかし、「マスハラ理論」はイスラム法の規範全ての適用の回避も可能とするので、歴史的にその運用は抑制されてきた、とも本書は指摘します。また本書は、シシ政権の試みに関しても、「イスラム2.0」の時代において原理主義的傾向の強まる大衆に、直ちに広く支持されるわけでもないことを指摘しています。本書は、イスラム教改革運動がどの程度成功を収めるのか定かではなく、イスラム教徒の人口増加率が高いという現状から、イスラム教が世界で支配的になった時に、「イスラム国」のような統治が杞憂に終わらない可能性を警告します。

 本書はこのように現状認識を述べたうえで、イスラム教徒とどう共生すべきなのか、最終章で提言しています。大別すると、普遍真理を争わない、法の遵守の徹底、日本の常識を押しつけない、レッドラインを越えない、となります。具体的には、『コーラン』を否定したり冒涜したりしない、酒や豚を口にするよう勧めない、賭博や占いに誘わない、イスラム教の規範に合理的説明を求めないなどです。今後、日本人とイスラム教徒との接触機会は増えていくでしょうから、本書の実用的な提言は有益だと思います。

 本書に対しては、「リベラル」派を中心に、イスラム恐怖症を煽っているとか、差別的とかいった批判が多いだろう、と思います。自分の周囲のイスラム教徒は「過激派」ではなく、異教徒とも話しあい、また理解しあえる人物だ、と主張する「リベラル」派は少なくないでしょう。じっさい、上述のように、本書でも「リベラル」的というか、西洋近代との共存を目指すようなイスラム教改革運動も取り上げられています。差別や経済格差が縮小していけば、そうした「リベラル」なイスラム教改革運動が支持を集め、民族的にも宗教的にも多様な人々が共存する社会も実現するだろう、というような見通しを抱いている「リベラル」派は少なくないかもしれません。じっさい、イスラム教にテロも厭わないようなジハード主義者を生み出す強固な内在的論理が備わっているとしても、行動に移すのはごく一部なわけで、テロを減らすためには、やはり環境こそが重要ではないか、との議論もあるでしょう。イスラム教の今後の影響力拡大の根拠とされるイスラム教徒の人口増加率の高さにしても、それが啓示に由来する側面はとても否定できないにしても、環境変動にさほど影響を受けずにずっと続くのか、疑問は残ります。

 しかし、「リベラル」派と深く付き合うようなイスラム教徒の大半は知的エリートでしょうから、立場上西洋的な「リベラル」派と話を合わせているか、「リベラル」的な価値観をかなり内面化している可能性があり、イスラム教は本質的に平和な宗教とか、差別や経済格差こそがイスラム教徒によるテロの温床とかいった「リベラル」的言説を真に受けるのは危険ではないか、とも思います。確かに、「リベラル」派のイスラム教およびイスラム教徒認識は、真理の一面を把握しているのかもしれません。しかし、それがイスラム教の本質・主流なのかというと、「リベラル」派が深く付き合うようなイスラム教徒から直ちにイスラム教の「本質」を理解した気になるのは危険だろう、と門外漢ながら思います。「啓示の宗教」であるイスラム教に、テロも厭わないジハード主義へと向かわせる内在的論理と、「リベラル」な西洋近代とは多分に相容れない価値観があり、ジハード主義者はグローバル化の進展とインターネットの普及により世界規模で増加している、という本書の見通しは基本的には妥当と思います。

 それを踏まえたうえで、日本人もイスラム教およびイスラム教徒と付き合っていかねばならないのでしょうが、私も含めて西洋近代の価値観に強い影響を受けた日本人には、精神的にたいへんきつい状況と言えるでしょう。もちろん、現代日本のような世俗社会で暮らすイスラム教徒の側には、本書が指摘するように大きな精神的ストレスがあるのでしょうが。あるいは、中国のような高度な情報技術を活用しての抑圧的な管理体制は、イスラム教の過激派のテロを押さえ込むのにかなり有効かもしれず、その意味で「イスラム2.0」の時代には「中国モデル」を採用する国が増えていくかもしれません。ただ、中国的な体制では失うものがあまりにも多いため、日本がそうならないよう、私も微力ながら努めていきたいものです。著者の前著『イスラム教の論理』(関連記事)を読むと、本書をさらによく理解できると思います。

出生前のアンドロゲン曝露による多嚢胞性卵巣症候群のリスク

 出生前のアンドロゲン曝露による多嚢胞性卵巣症候群のリスクに関する研究(Risal et al., 2019)が公表されました。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は生殖年齢の女性の17%にまで見られ、受精率の低下や2型糖尿病、それに不規則な月経周期のような健康に有害な事象に関連があり、そのすべては肥満によりさらに悪化します。PCOSの罹患率は高く、女性の健康に対する悪影響も大きいと考えられていますが、PCOSの原因やリスク因子はほとんど明らかになっていません。これまでの研究から、単純な遺伝だけで説明できるのは、PCOSの遺伝率のせいぜい10%に過ぎない、と明らかになっています。

 この研究は、スウェーデンのPCOSを発症した女性の診療記録を解析し、ある症例対照研究からチリのPCOS患者とその娘のコホートを追跡しました。その結果、PCOSのスウェーデン女性もチリ女性もともに、娘がPCOSと診断される確率は通常の5倍でした。この現象の原因をさらに調べるため、この研究はマウスで検証しました。すると、観察された世代を超えて伝わる現象に関わっているのは、妊娠中の肥満ではなく、出生前のアンドロゲン曝露出と明らかになりました。また、世代を超えた作用は永続し、最大で三世代にわたって受け継がれることも分かりました。これらの知見から、PCOSという多様な症状を示す疾患の複雑さの一端が明らかになり、これからの女性のPCOSを防ぐ研究を進めるための基盤が得られました。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【医学】出生前のアンドロゲン曝露が、多嚢胞性卵巣症候群のリスクにつながる

 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の女性から生まれた娘は、PCOSを発症するリスクが5倍も高いことを報告する論文が掲載される。

 PCOSは生殖年齢の女性の17%にまで見られ、受精率の低下や2型糖尿病、それに不規則な月経周期のような健康に有害な事象に関連がある(そのすべてが、肥満によってさらに悪化する)。PCOSの罹患率は高く、女性の健康に対する悪影響も大きいが、PCOSの原因やリスク因子はほとんど明らかになっていない。これまでの研究から、単純な遺伝だけで説明できるのは、PCOSの遺伝率のせいぜい10%に過ぎないことがわかっている。

 Elisabet Stener-Victorinたちは、スウェーデンのPCOSを発症した女性の診療記録を解析し、ある症例対照研究からチリのPCOS患者とその娘のコホートを追跡した。すると、PCOSのスウェーデン女性、チリ女性ともに、娘がPCOSと診断される確率が通常の5倍にも上った。この現象の原因をさらに調べようと、著者たちはマウスでの研究を行った。すると、観察された世代を超えて伝わる現象に関わっているのは、妊娠中の肥満ではなく、出生前のアンドロゲン曝露出あることが分かった。また、世代を超えた作用は永続し、最大で三世代にわたって受け継がれることが分かった。

 これらの知見から、PCOSという多様な症状を示す疾患の複雑さの一端が明らかになり、これからの女性のPCOSを防ぐ研究を進めるための基盤が得られた。



参考文献:
Risal S et al.(2019): Prenatal androgen exposure and transgenerational susceptibility to polycystic ovary syndrome. Nature Medicine, 25, 12, 1894–1904.
https://doi.org/10.1038/s41591-019-0666-1