ジャワ島の末期エレクトスの年代の見直し(追記有)

 ジャワ島の末期ホモ・エレクトス(Homo erectus)の年代の見直しに関する研究(Rizal et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。エレクトスはアジア南東部島嶼部の最初期人類種で、ジャワ島に150万年以上前に到達しました(関連記事)。アジア南東部におけるエレクトスに関する現在の知見は、おもにジャワ島中央部のソロ川(Solo River)流域の証拠に基づいています。しかし、エレクトス遺骸の発掘場所の混乱や化石と年代推定の根拠となった資料との関連性の欠如などの問題があるため、堅牢な年代は提示されていません。ソロ川流域のンガンドン(Ngandong)遺跡のエレクトスの年代は、現生人類(Homo sapiens)との共存も想定される5万年前頃以降と推定されたこともありましたが、その後、アルゴン-アルゴン法では546000±12000年前という平均年代なのに対して、電子スピン共鳴法およびウラン系列法では143000+2000/-1700年前と推定されており、推定年代に大きな開きがあります(関連記事)。

 本論文は、ンガンドン遺跡のエレクトス遺骸の発掘現場とその周辺地域の放射性年代測定(ウラン系列法およびウラン系列法と電子スピン共鳴法の組み合わせによる方法)により、ソロ川の台地形成時期を推定しました。また、ンガンドン遺跡の再発掘中に発見された非ヒト化石も放射性年代測定により年代が推定されました。その結果、遅くとも50万年前頃までには、ソロ川(Solo River)はケンデン丘陵(Kendeng Hills)へと流れを変え、316000~310000年前頃にソロ川台地が、140000~92000年前頃にンガンドン台地が形成された、と推測されます。ンガンドン遺跡の非ヒト化石の推定年代は、ウラン系列法の最小値では109000~106000年前頃、ウラン系列法と電子スピン共鳴法の組み合わせによる方法(US-ESR)では134000~118000年前頃です。

 本論文は、これらの年代から総合的に、エレクトス遺骸の年代を117000~108000年前頃と推定しています。エレクトスも含むンガンドンの動物化石は、ソロ川上流で死亡した多数の個体が下流に流されてきて、蓄積した、と推測されています。これは環境変化と関連していた、と考えられます。動物相の分析から、ンガンドン一帯は13万年前頃に、エレクトスの起源地であるアフリカのサバンナと類似した、開けた森林が点在する草原地帯から、熱帯雨林へと変わっていきます。そのためエレクトスは適応できなかったかもしれない、と本論文の最終著者であるシオチョン(Russell L. Ciochon)氏は指摘しています。

 エレクトスはジャワ島で150万年以上前から継続的に生息しており、フローレス島(関連記事)やルソン島(関連記事)の、エレクトスとの形態的類似性が指摘されている非現生人類ホモ属遺骸から、70万年前頃までにはアジア南東部島嶼部に広範に拡大した、と本論文は推測します。種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)は、3万年前頃までニューギニア島もしくはアジア南東部の東部に存在した、と推測されています(関連記事)。また本論文は、パプア人とアジア南東部の東部集団のゲノムに1%未満ながらわずかに見られる、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とデニソワ人を含む単系統群とは異なる人類系統からの遺伝的影響はデニソワ人経由と推測されているので、デニソワ人が後期エレクトスと遭遇した可能性を提示しています。

 本論文は、ンガンドン遺跡のエレクトスの堅牢な下限年代を提示しました。これはジャワ島、さらにはアジア南東部やその周辺地域のエレクトスの絶滅年代を直接的に示すものではありません。しかし、他地域ではンガンドン遺跡よりも確実に新しいエレクトスの痕跡は確認されていませんから、エレクトスの絶滅年代が10万年前頃に近い可能性は低くないように思います。もしそうならば、ジャワ島のエレクトスが現生人類と遭遇した可能性は低いでしょう。もっとも、アジア東部やオセアニアの事例からは、現生人類がアジア南東部に10万年以上前に拡散してきても不思議ではないのですが、これらの証拠には疑問も呈されており、まだ確定したとはとても言えないので(関連記事)、現時点では、アジア南東部における現生人類とエレクトスとの接触については、懐疑的に見ておく方が無難だと思います。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【考古学】ホモ・エレクトスの最後の姿

 インドネシアの中部ジャワ州で発見された古代人類のホモ・エレクトス(Homo erectus)の化石が、最後に登場したホモ・エレクトスの化石であることを明らかにした論文が、今週掲載される。この新知見は、この地域からのヒトの進化における初期ヒト族のホモ・エレクトスの位置を明らかにする上で役立つ。

 完全な直立歩行をした最初の人類であるホモ・エレクトスは、約200万年前に出現し、更新世のかなりの部分まで生き残っていた。1930年代に、ホモ・エレクトスの頭蓋冠(12個)と脛骨(2個)が、ソロ川(中部ジャワ州ガンドン)より20メートル高い位置にある骨化石包含層で発見された。しかし、この発掘現場の層序が複雑で、それ以前の発掘場所に関する当時の詳細なデータの一部に混乱があったため、これらの化石の年代測定は難航し、第一線の専門家による推定年代は、55万年前から2万7000年前まで大きくばらついていた。今回、Russell Ciochon、Kira Westawayたちの研究グループは、この発掘現場と周辺地域の分析を再び行った結果、この骨化石包含層の確度の高い年代が11万7000~10万8000年前であると示している。こうした年代の計算から、これらの化石が最後のホモ・エレクトスの個体群に由来したものであることが示唆された。

 興味深いことに、これらの化石は、ガンドンより上流で発生した大量死事象に巻き込まれた個体の化石であり、この大量死現象が起こったのは、環境条件の変化によって開けた森林のバイオームが熱帯雨林のバイオームに移行した頃だった。Ciochonたちは、その時に関節が連結している状態の遺体やそうでない遺体がソロ川に流れ込み、下流に堆積して、ガンドンの発掘現場が形成されたという考えを示している。



参考文献:
Rizal Y. et al.(2020): Last appearance of Homo erectus at Ngandong, Java, 117,000–108,000 years ago. Nature, 577, 7790, 381–385.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1863-2


追記(2020年1月16日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



古生物学:ジャワ島ガンドンにおける11万7000~10万8000年前のホモ・エレクトス最後の痕跡

古生物学:最後のホモ・エレクトス

 インドネシア・ジャワ島東部のソロ川沿岸にあるガンドン遺跡で発見されたホモ・エレクトス(Homo erectus)の化石群の年代については、55万〜2万7000年前と大きな幅があり、議論が続いている。年代にここまで大きなばらつきがある原因は、複雑な層序に関する理解が進んできたのと相まって、発掘時期の古い化石を正確な出土地点と結び付けるのが難しくなっていることにある。今回R Ciochonたちは、ガンドン遺跡について大規模な地質学的・古生物学的再評価を行い、この骨化石包含層が、川に流された遺骸が下流で堆積して形成されたことを明らかにしている。さまざまな年代測定を行った結果、この遺跡のヒト族化石の年代は11万7000~10万8000年前とされ、ホモ・エレクトスの存在を示す世界で最後の証拠であることが確認された。

前頭皮質ニューロンの意思決定要因

 前頭皮質ニューロンの意思決定要因に関する研究(Hirokawa et al., 2019)が公表されました。多くの皮質領域で、個々のニューロンは、当該領域の機能に対応した環境または自身の体の、特定の識別可能な特徴を符号化している、と知られています。しかし、認知機能に関わる前頭皮質では、神経応答は不可解な複雑さを呈し、知覚や運動やその他の課題関連変数を、一見無秩序に混合しているかのように見えます。この複雑さから、前頭皮質の個々のニューロンの神経表現は無規則に混合しており、神経集団のレベルでしか理解できない、と示唆されています。

 しかし、この研究は、ラットの眼窩前頭皮質(OFC)の神経活動が高度に構造化されている、と示します。つまり、単一ニューロンの活動は、選択行動を説明する計算論モデル中の個々の変数に相関して変動している、というわけです。この研究は、さまざまな行動が可能な中での神経応答の特徴を解析するため、知覚と価値関連意思決定とを結びつけた行動課題を行なうよう、ラットを訓練しました。無前提でモデルに依存しないクラスター解析では、OFCニューロンは複数の異なるグループに分けられ、それぞれが課題変数空間内での特定の応答プロファイルを備えていました。この範疇分けされた応答プロファイルに、選択行動の単純なモデルを当てはめると、それぞれのプロファイルは、特定の意思決定要因(たとえば、決定の確信度や価値など)と定量的に対応している、と明らかになりました。

 さらに、神経結合で定義された細胞タイプ、線条体に投射するOFCニューロンが、選択的で時間的に持続した単一の意思決定要因(統合価値)を符号化していることも明らかになりました。したがって、前頭皮質のニューロンも、他領域のニューロンと同じく、当該領域の機能に対応した特徴について、疎で過完備な神経表現を生成しており、その情報を、行動を支える下流領域に選択的に送っている、と考えられます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


神経科学:前頭皮質ニューロンの各タイプは単一の意思決定要因を範疇分けして符号化している

神経科学:前頭皮質の暗号

 前頭皮質では、個々のニューロンは、知覚信号から記憶信号、運動信号、報酬信号まで複雑に配列した情報を運んでいるとされてきた。しかし、各ニューロン集団にどのように情報が割り振られているかは分かっていなかった。今回A Kepecsたちは、ニューロンが範疇分けされた複数の応答タイプに分類できることを示している。応答タイプは、例えば報酬の大きさ、意思決定の確信度、価値といった特定の意思決定要因に対応しており、各要因はそれぞれ別の投射ニューロン集団に符号化されているらしい。彼らは、前頭皮質ニューロンも、知覚ニューロンと同じように、環境内の重要な要因について、疎で過完備な表現を生成すると考えている。



参考文献:
Hirokawa J. et al.(2019): Frontal cortex neuron types categorically encode single decision variables. Nature, 576, 7787, 446–451.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1816-9