感情を表す言葉における普遍性と多様性

 感情を表す言葉における普遍性と多様性に関する研究(Jackson et al., 2019)が公表されました。日本語の解説記事もあります。愛という感情はほぼ全ての人が感じます。しかし、トルコ語のsevgiやハンガリー語のszrelem、それらの英訳であるloveが伝える感情は同じなのか、という問題があります。本論文は、世界の口語の1/3以上で感情を伝えるために使用されている言葉の意味のマッピングにより、感情をどう表現するかは文化によって大きく違う、と明らかにしました。これまでの研究ではおもに一つから二つの文化の徹底比較や感情の限定的な選択が行なわれていましたが、この研究の規模は前例のないものだったので、異文化間の大きな相違が明らかになりました。

 多数の人の言語を集めた語彙集には、感情を表す言葉が豊富に載っています。感情を表す言葉の多くはどの言語においても、人間の基本的感情を名づけたものだと考えられます。たとえば、loveやangerです。しかし、感情を表現するすべての言葉の意味が同じというわけではありません。たとえば、ポルトガル語のsaudadeは、厳密に言えば、ないものや失ったものへの切望が引き起こす深い憂愁の感情を表す言葉で、英語にはそれを直訳した言葉はありません。したがって、感情は人の状態を特徴づける一部分ですが、それらを表現するために使用される言葉の意味には微妙な違いがあり、単純な言い回しの中に強く複雑な感情を込めて伝えられます。

 しかし、感情があらゆる文化で同じ意味内容なのかどうかは依然として不明です。本論文は、「コレクシフィケーション」と呼ばれる、言葉の意味における多様性と構造を評価する比較言語学による新しい方法を用いて、話者が比較的少なく研究も進んでいない小言語を含む、20の主要語族2474言語の実例における意味パターンを特定しました。その結果、感情を表す言葉は、対訳辞書では同一となっていても、言語間でその意味に大きな違いがある、と明らかになりました。しかし、この違いのパターンは、言語の地理的分布とそれらが肯定的感情の表現か否定的感情の表現かで予測でき、これは感情という人間の体験は生物学的進化のみならずそれらを表現する言葉によっても形成されることを示している、と本論文は指摘します。


参考文献:
Jackson JC. et al.(2019):Emotion semantics show both cultural variation and universal structure. Science, 366, 6472, 1517–1522.
https://doi.org/10.1126/science.aaw8160

鳥類の嘴の進化

 鳥類の嘴の進化に関する研究(Friedman et al., 2019)が公表されました。日本語の解説記事もあります。オオハシからハチドリまで、鳥類がさまざまな形状や大きさの嘴を有しているのは、鳥の進化を示しています。嘴は鳥にとって、餌を食べたり、体温を調節したり、囀ることを可能にしていますが、鳥が生存するために必要なこうした機能は、嘴の長さやサイズの決定に関連しています。しかし、従来のほとんどの進化研究は、嘴が複雑なものであるにも関わらず、複合的機能が嘴の形にどのように影響するかよりも、体温調節のような単一の機能の部分にもっぱら焦点を当ててきました。

 本論文は、行動観察・形態学的測定・数学的分析により、嘴の形状は多くの機能との妥協の副産物である、と明らかにしました。つまり、嘴は進化で起きている微細な変化について貴重な洞察を提供してくれる、というわけです。さらに本論文は、嘴の形態が鳥の鳴き声に影響を与え、結果として交尾やコミュニケーションに影響を与えることも明らかにしています。本論文は、鳥類がどのように都市化の進行と気候変動に対応し、現在進行中で進化しているか、という問題の手がかりも提供します。

 生物学には、動物は暑い地域では四肢が長く、寒い地域では四肢が短い傾向にあるとする、アレンの法則と呼ばれる理論があります。また、大きな嘴を有する鳥は熱帯に、小さな嘴を有する鳥は寒冷地に生息する傾向があります。アレンの法則が妥当なのか確認するため、この研究は、オーストラリア産ミツスイの多様な種が耐えられる冬の平均最低気温と夏の平均最高気温を測定しました。ミツスイはオーストラリア全土で形態的にも地理的にも多様であり、数も多いことから、研究対象とされました。

 また、採餌行動との関連における嘴の進化も調べられました。これに関しては、オーストラリア全土に分布する74種のオーストラリア・ミツスイの採餌行動の1万回に及ぶ野外観察の研究結果が用いられました。この研究はまた、ロンドンの自然史博物館で525羽の鳥の標本の写真を撮影し、嘴の形態を詳細に分析するため、画像をデジタル化しました。この研究はさらに、何百もの鳥の鳴き声の周波数と速度を測定しました。本論文は、これらのデータを利用して、嘴の湾曲と深さなどのさまざまな機能に、食べた蜜や夏と冬の気温などをマッピングしました。分析が進むと、採餌生態は嘴の形が曲線か直線かということに大きな影響を与え、気候も嘴のサイズに大きな影響を与える、と明らかになりまし。嘴の形とサイズは、鳥のさえずり声にも影響します。大きな嘴はゆったりとした、より深い囀りにつながります。

 本論文は、嘴を介した囀り行動の三つ、つまり温度調節・アレンの法則・採餌行動を関連づけました。それにより、鳥の嘴が交尾やコミュニケーション行動にどのように影響するのか、さらに理解できるようになります。本論文の提示した結果は、未来にも重要な意味を持つ、と指摘されています。人類が環境に多大な影響を及ぼしている近年、動物が気候変動や都市化に呼応してどのように進化しているのか、研究を進めるのに役立つだろう、というわけです。すでに、騒音公害に反応して鳥の鳴き声が変化する、との観察結果が得られています。また、気候により嘴のサイズや体のサイズが変化するのも観察されてきました。鳥類は気候変動に反応し、今も着実に進化している、というわけです。


参考文献:
Friedman NR. et al.(2019): Evolution of a multifunctional trait: shared effects of foraging ecology and thermoregulation on beak morphology, with consequences for song evolution. Proceedings of the Royal Society B, 286, 1917, 20192474.
https://doi.org/10.1098/rspb.2019.2474

『卑弥呼』第31話「価値ある人」

 『ビッグコミックオリジナル』2020年1月5日号掲載分の感想です。前回は、生贄を装って鬼八荒神(キハチコウジン)の広場で待ち受けるヤノハたちに、「何か」が迫ってくるところで終了しました。今回は、ヤノハが幼少時を回想する場面から始まります。夜と朝の境である東雲とは、黄泉の国の鬼どもが地上に這い出る刻で、幼いヤノハはその時間が怖く、いつも義母の手を握っていました。黄泉の国に連れていく鬼が怖いというヤノハを、義母は諭します。できるだけ長く生きた者がこの世の勝者ではあるものの、どんなに望んでも人は必ず黄泉の鬼に捕まり人生を終える、瀕死の時にこそ人の価値は決まる、というわけです。

 千穂では、鬼八と思われる仮面を着けた者たちがヤノハたちの前に現れ、中には人の皮の仮面もありました。ミマアキは、その者たちは人間ではない、と考えます。五瀬邑から選ばれた若い女性たちは、近くを徘徊する者たちに怯え、オオヒコは阻止しようとしますが、まだその時ではない、とヤノハは制止します。森で待機しているミマト将軍は、鬼八が何者でどれだけの数なのか、見極めようとしていました。全員配置についたが、森は恐ろしいほど静寂で、鬼どころか獣すら姿を見せない、とミマト将軍は報告を受けます。本隊への合流を進言する配下に対して、自分はここに留まり、指揮はテヅチ将軍に任せる、と言う総大将のミマト将軍を、配下は諌めます。しかしミマト将軍は、死地に赴いた兵士の近くにおらず、何が将だ、と言って動こうとしません。

 祭祀場では、鬼八らしき者たちが、大きな岩の上で儀式を始めていました。ヤノハはその言葉を聞き、昔の倭言葉に似ている、と呟きます。鬼八らしき者たちは人の頭蓋骨で作った杯で酒を飲み、踊り始めます。一方、待機していたミマト将軍は、自分たちだけでの出撃を決断し、テヅチ将軍には総攻撃を伝えるよう、配下に伝えます。ミマト将軍は、森は恐ろしいほど静かだ、という先程の伝令兵の言葉で気づかなかったことを悔やみます。森が静かということは、獣すら身を潜める恐ろしい何かが来て、祭祀場を囲む40名もその者たちに殺されたのだろう、というわけです。

 祭祀場では、岩の上で踊っていた者たちが生贄とされたミマアキや五瀬邑の若い女性たちに近づいて様子を窺います。その中の長らしき者がヤノハに近づき、ヤノハの手を縛っていた紐を外します。ミマアキはヤノハに指示を出すよう促しますが、ヤノハはまだだと言って静観します。ヤノハは、長らしき者の言葉は分からないながらも、祭壇となっている岩に上がれという意味だ、と解釈します。ヤノハは他の生贄に、鬼八は言葉を使い、二本脚で歩き、舞い、酒を飲むので人だ、と力強く宣言します。生贄とされた女性たちの足元の4人はとても若いので、これは嫁取りの儀式で女性たちは若い鬼八たちの子供を産ませられるのだろう、とヤノハは推測します。ヤノハは、五瀬邑の若い女性以外の生贄4人と「送り人」のオオヒコは祭壇で切り刻まれる、と予想します。イクメはヤノハを助けようとしますが、手遅れだ、とヤノハは冷静に言います。祭祀場の周囲は、すでに多数の鬼八に囲まれていました。絶体絶命の状況で、ヤノハが、鬼を前にして震えて死ぬか、雄々しく死ぬか、怖さを克服して死ぬ人こそ価値があり、よく観察すれば怖いものはなくなる、という義母の言葉を思い出し、祭壇に向かうところで今回は終了です。


 今回は、鬼八が初めて描かれました。鬼八が五瀬邑の若い女性たちを生贄として要求しているのは子供を産ませるためで、これは予想通りでした。では、鬼八は何者なのか、という問題になるわけですが、ヤノハが昔の倭言葉に似ている、と推測していることは重要な手がかりになりそうです。鬼八は孤立した縄文人の末裔ではないか、と私は推測しているのですが、あるいは、元々は当時の多数派の農耕民と近縁で、何らかの事情により孤立した結果、その言語は倭国の大半の地域とも通じなくなったのでしょうか。『日本書紀』の神武天皇と思われるサヌ王の呪いと関連しているのではないか、と予想しています。鬼八荒神は鬼道に通じているとされ、『三国志』によると卑弥呼(日見子)は鬼道により人々を掌握した、とありますから、ヤノハは鬼八荒神を配下とするのでしょう。それがどのようになされるのか、前半の山場になりそうです。鬼八の戦闘力はひじょうに高いようですから、ヤノハの重要な権力基盤の一つになりそうです。この絶体絶命の危機をヤノハがどう切り抜けるのか、次回以降もたいへん楽しみです。

渡邉義浩『はじめての三国志 時代の変革者・曹操から読みとく』

 ちくまプリマー新書の一冊として、筑摩書房から2019年11月に刊行されました。著者は現在、早稲田佐賀中学・高校の理事長とのことで、本書は『三国志』に興味を抱いた中高生向けに書かれたそうです。確かに、全体的に平易な文章になっており、分かりやすく解説しよう、という意図は伝わってきます。ただ、「はじめての三国志」と題している割には、官渡の戦いなどの地図を掲載しても、三国の勢力範囲図は掲載されておらず、この点はやや不親切なように思います。

 また、「三国志」と題しているのに、曹操死後の情勢についてほとんど言及がないのはさすがに疑問です。確かに、副題は「時代の変革者・曹操から読みとく」とありますが、「はじめての三国志」と題しているのですから、1章とは言わずともせめて1節を割いて、曹操死後から西晋による統一の頃までは情勢の推移を簡略に解説してもらいたかったものです。たとえば、本書が『三国志の英雄曹操』と題していたら、実質的に曹操の伝記であっても仕方ないかな、とは思いますが。

 本書は曹操を、後漢の儒教体制に挑んだ変革者として描きます。儒教に基づく「寛治」の結果として乱れた世を前に、曹操は法に基づく「猛政」により乱世を収拾していった、というのが本書の見通しです。曹操には文学の才もありましたが、それは儒教の相対化も担っていた、と本書は指摘します。一方で、曹操の文学は儒教も踏まえたもので、単純に儒教体制を破壊していっただけではありませんでした。曹操は、儒教を至上価値とする当時の知識(名士)層の支持を得つつ、儒教を相対化していく必要があり、その政権運営には困難なところがあったようです。

 本書は、曹操が名士の代表的存在である功臣の荀彧を死に追いやる一方で、名士層の取り込みも図っていった様子を叙述します。また本書は、曹操が後継者指名で迷い、けっきょくは名士層の多くが支持した曹丕を後継者と決定するものの、それが名士層の儒教的価値観の巻き返しにつながり、曹魏の君主権力は、曹操の頃よりも漢から禅譲を受けた曹丕以降の方が後退していた、と指摘します。実質的には曹操の伝記となっており、その革新性を高く評価する本書ですが、その他の人物では魯粛の構想の革新性が高く評価されています。確か、以前読んだ一般向け通史でもそうした評価でしたので、これは現在の有力な見解なのでしょうか。