中世バスク地方で見られる寒冷期におけるミトコンドリアへの選択圧とトレードオフ

 中世バスク地方におけるミトコンドリアへの選択圧とトレードオフに関する研究(Laza et al., 2019)が公表されました。エネルギーを生成し活性酸素を生産するミトコンドリアの機能障害は、神経変性疾患や代謝性疾患やリウマチ性病変や加齢および癌と関連する過程など、いくつかのヒト疾患の発症に影響を与えているかもしれない、とさまざまな証拠が示唆しています。本論文は、リウマチ性疾患の分析と、その発症および有病率におけるミトコンドリア系統の役割を検証します。

 骨関節炎の患者の軟骨細胞ではミトコンドリアの機能が変化する、と示されており、酸化ストレスを引き起こし、軟骨細胞のアポトーシス(自然死)と軟骨の分解を増加させます。現在まで、いくつかの研究は、ミトコンドリアのハプログループ(mtHg)とリウマチ性疾患との関係を分析しています。mtHg-H・Uは変性骨疾患を発症するより高い危険性と顕著に関連しており、重症度が高い、と報告されてきました。一方、mtHg- J・Tは骨関節炎の発症率と進行の減少と顕著に関連しており、mtHg-Jは乾癬性関節炎とも関連しています。

 しかし、ヨーロッパ集団のmtHgとリウマチ性関節炎との間に顕著な関連は見出されていませんでした。リウマチ性疾患の発症におけるmtHg-Hの役割は、高いエネルギー効率がより大きな酸化ストレスを生成し、軟骨の分解と変性骨疾患発症の危険性の原因となる活性酸素の生産を増加させる、というミトコンドリアの性質に起因します。他方、mtHg- J・Tの保護効果の要因としては、カロリーをアデノシン三リン酸(ATP)に変換する過程におけるエネルギー効率の低さに起因する、という可能性が挙げられます。これにより、活性酸素の生産量は低くなり、酸化ダメージは少なくなります。このメカニズムは細胞を自然死から保護し、骨関節炎の発病に関連する軟骨の変性を減少させます。

 いくつかのmtHgとリウマチ性疾患との差異を示す関連は、出アフリカ後の寒冷気候への現生人類(Homo sapiens)の適応過程と関連しているかもしれない、と示唆されています。mtHg-Hは現在、ヨーロッパで最も一般的(40~55%)で多様であり、その起源は30000~25000年前頃のアジア南西部にあり、22000年前頃以降の最終氷期極大期(LGM)以前に近東からヨーロッパへ拡散した、と推測されています。mtHg-Uの現代ヨーロッパにおける割合は11%ほどで、ヨーロッパ最古の系統と考えられており、アジア南西部で55000年前頃に出現し、ヨーロッパへと拡散した、と推測されています。mtHg-H・UはLGMにヨーロッパ南西部の待避所に存在し、その後に再拡大したため、その分布頻度は異なる人口統計学的および文化的要因により形成されました。異なる環境でのヒトの適応に不可欠ないくつかのミトコンドリア多様体は、特定の気候地域に住んでいた集団の生存と繁殖では適応的かもしれませんが、他の地域では適応的ではないかもしれません。

 本論文は、バスク州のサン・ミゲル・デ・エスカラーダ(San Miguel de Ereñozar)の13~16世紀の大規模な中世共同墓地で発見された163人の遺骸を分析することで、これらの疾患とmtHgとの関連を検証し、14~19世紀の小氷期における地球気温低下の影響を考察します。この小氷期には、北半球の気温が著しく低下し、氷河の増大と降水量の増加と不作・飢饉・紛争・疫病などの生存に悪影響がありました。これらの条件は、ミトコンドリアのエネルギー生産過程に影響を及ぼし、ミトコンドリア機能障害とリウマチ性疾患の発症を促進した、と考えられます。なお、バスク人の遺伝的起源は近隣のヨーロッパ集団と大きく違わないのですが、後期青銅器時代~早期鉄器時代以降には、他の近隣集団と比較して孤立傾向が強かった、と推測されています(関連記事)。

 この中世共同墓地で発見された163人中47人でリウマチ性疾患が見られました。本論文はこの163人のうち、リウマチ性疾患を示す47人とそれを示さない43人のミトコンドリアDNA(mtDNA)を解析し、mtHgを決定しました。中世共同墓地の90人のmtHgは、H・U・T・K・R・J・HVの7系統に分類できました。最も多いmtHgはHの73.3%で、現在の同地域でも最多の割合(55.1%)です。中世と現代とで異なる点として挙げられるのは、mtHg-U・Jの割合が現代では中世よりも多いことなどです。中世共同墓地の90人で確認されたmtHgの7系統は、さらに18系統に細分されます。最も多いmtHgはH2(36.7%)で、H1(21.11%)→H3(6.67%)と続きます。これら中世共同墓地のmtHg-Hの割合は、現代の同地域よりも高くなっています。一方、mtHg- U5・J1などの割合は、中世共同墓地よりも現代の同地域の方が高くなっています。合計すると、中世共同墓地の90人のmtHgは55系統が確認され、高い多様性を示すので、同族結婚の可能性は棄却されます。

 リウマチ性疾患を示す47人において、mtHgの7系統(H・U・T・K・R・J・HV)のうちH・U・T・R・Jが確認されました。一方、リウマチ性疾患を示さない43人では、mtHgの7系統がすべて存在しました。mtHg-Hでは、56.1%が関節障害を示しました。他のmtHgでは、Hよりもはるかに低い頻度で、Uが続き、その後のT・R・Jでは5%未満ですが、10%の割合のUでは66.7%がリウマチ性障害を示しました。mtHg-Uでは関節障害を示すのは33.3%でした。mtHg- K・R・J・HVの頻度は低く、K・HVではリウマチ性疾患を示す個体は見られませんでした。リウマチ性疾患のタイプに関しては、mtHg-Hのほぼ半数が脊椎関節症(SpA)を示した一方で、他のmtHgの4系統は、統計的評価のできない小規模な標本を表します。さらに細分化したmtHgでは、最も頻度の高いH2において、66.7%で関節障害が見られます。またmtHg-H2では、他のリウマチ性疾患と比較して、脊椎関節症が57%とひじょうに高い割合で見られます。

 現代ヨーロッパ人は、現生人類が45000年前頃にヨーロッパに到来して以降の歴史により形成されました。現代ヨーロッパ集団のmtHgで最も多いHの分布に大きな役割を果たしたのはLGMの気候変動と考えられています。また、新石器時代のヨーロッパにおける遺伝的構造の変化も、mtHg-Hの多様化と頻度増加の要因と推測されています。mtHg-Hの割合が最も高いのはバスク地方も含めたイベリア半島北部で、そこからヨーロッパの北方と東方に向かって頻度は減少しますが、ウェールズ(約50%)は例外です。

 上述のように、一部のmtHgは変性関節疾患発症の危険性を高めますが、一方で他のmtHgには保護効果がある、と指摘されています。mtHg-Hには変性骨疾患発祥の危険性が高い一方で、mtHg- J・Tなどでは骨関節炎や乾癬性関節炎発症の危険性が低い、というわけです。本論文は、バスク地方の中世共同墓地で、mtHgとリウマチ性疾患との関連を示しました。mtHg-Hでは、その下位区分でリウマチ性疾患の割合に差があり、最も多いH2でリウマチ性疾患の割合が高いのに対して、H1ではリウマチ性疾患の割合が低い、と示されています。これは、mtHg-Hでも下位区分においてリウマチ性疾患発症の危険性と強く関連していることを示唆します。その他のmtHg- U・T・K・R・J・HVに関しては、標本数が少ないことから、リウマチ性疾患発症の危険性との相関は決定できない、と本論文は指摘します。

 これらの疾患におけるmtHgと保護もしくは非保護の役割との間の関係は、上述のようにミトコンドリアの性質に基づいています。つまり、エネルギーが生成されて熱が産生され、体温が維持されますが、活性酸素も産出されます。ミトコンドリアのエネルギー生産効率が高いと体温も維持されるのですが、その分、活性酸素もより多く産出されます。ヨーロッパのmtHgは、最終氷期における低温と関連した選択圧を受けた、と以前の諸研究で指摘されています。本論文は、小氷期の気温低下と食料不足もmtHgの選択圧となり、よりエネルギー効率の高いmtHgが選択されやすくなった、と提案します。上述のように、エネルギー効率の高いmtHgの1系統であるHは、中世において現代よりも高い頻度を有していますが、それは活性酸素の産出増加により、リウマチ性疾患、とくに脊椎関節症の頻度を高めることにもなります。これは生物学的トレードオフ(交換)です。ひじょうに興味深い研究で、他地域での研究の進展が期待されます。


参考文献:
Laza IM. et al.(2019): Environmental factors modulated ancient mitochondrial DNA variability and the prevalence of rheumatic diseases in the Basque Country. Scientific Reports, 9, 20380.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-56921-x

牧野雅彦『ヴェルサイユ条約 マックス・ウェーバーとドイツの講和』

 中公新書の一冊として、中央公論新社から2009年1月に刊行されました。本書は、ドイツ視点からのヴェルサイユ条約締結へと至る交渉史ですが、副題にあるように、ウェーバーの言説と関与を取り上げることで、ヴェルサイユ条約の意義をより深く分析するとともに、外交における大きな転機となった第一次世界大戦末期から直後の世界的思潮を掘り下げています。「戦争責任」とウェーバーの「責任倫理」では「責任」に当たる原語が違うなど、基礎的知識の不足のため知らなかったことも多く、勉強になりました。

 講和条約交渉に限らず、一般的に交渉は難しいものですが、本書を読んで改めて痛感します。ドイツはアメリカ合衆国のウィルソン大統領の理想主義に期待を寄せるところがありましたが、本書を読むと、ドイツがウィルソン大統領の意図を必ずしも的確に読めていなかった、と了解されます。ただ、第一次世界大戦末期以降、世界的な民主主義の浸透とロシア革命により、一部指導層による従来の秘密外交をそのまま継続することはもはやできず、大衆の動向を強く考慮しなければいけなくなった激変期でしたから、情勢の読み間違いには仕方のないところもあり、ウィルソン大統領にしても、自分の構想の実現には挫折しました。

 ウェーバーは、第一次世界大戦の原因として第一にメシアを挙げていますが、興味深いのは、ロシアへの警戒感がひじょうに強いことです。ドイツは、フランスに負ければ領土の一部を失い、イギリスに負ければ海外貿易は麻痺するかもしれませんが、ロシアに負ければ独立を失うことになるだろうから、ロシアこそドイツに向けられた唯一の脅威であり、世界の文化に対する脅威でもある、とウェーバーは論じます。させにウェーバーは、ロシアの潜在的脅威は帝政崩壊後も存続するだろう、との見通しを提示しています。ここには、ドイツというかヨーロッパ西方知識人のロシアへの偏見もあるのでしょうが、真理の一面であることも否定できないように思います。じっさい、帝政ロシア崩壊後のソ連も、ソ連崩壊後の混乱を経たプーチン政権下のロシアにも、潜在的な膨張欲が見られます。もっとも、ロシア側に立てば、ヨーロッパこそロシアへの敵意に満ちており、防衛圏の確保はロシアの存続に必須なのだ、と反論できるでしょうし、それも真理の一面であることは否定できないでしょう。