アリにおける真社会性の制御の遺伝的基盤

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、アリにおける真社会性の制御の遺伝的基盤に関する研究(Chandra et al., 2018)が公表されました。日本語の解説記事もあります。全てのアリは真社会性(eusociality、生殖役割が一部のメンバーに特化されることを含めた高度な社会性)を有すると考えられており、一つのコロニー内のほとんどのアリの個体は、自らの生殖能力を放棄して、産卵する女王アリに仕えています。この研究は、こうした行動がインスリンシグナル伝達と、インスリン様ペプチド2遺伝子(ilp2)の発現により制御されている、と明らかにしました。

 真社会性を有するアリに共通して見られる生殖役割の厳格な分化は、アリの共通祖先におけるまだ分化が不完全な社会に見られる生活周期、つまり生殖と卵の世話の役割が交互に担われていたことを反映している、と考えられます。最終的に、このような周期的な生殖行動は、現在の真社会的コロニーに見られる、産卵する女王アリと卵の世話をする働きアリという固定した役割を反映するように適応してきました。しかし、真社会性の起源とその遺伝的な基盤は不明で、なぜ女王アリが産卵するのに働きアリに限って産卵しないのか、という疑問は未解決のままでした。

 この研究はトランスクリプトーム解析の手法を用いて、様々な生殖戦略の数種のアリを対象として、生殖を行なうアリと行なわないアリの脳内で発現の仕方が異なる複数の遺伝子を検証しました。この研究は、生殖を行なうアリではインスリン様ペプチド2遺伝子(ilp2)が恒常的に高度に発現されていた、と明らかにしました。この研究は次に、それほど明確な労働分業を示さないアリ(クローナルレイダーアント)において、遺伝子ilp2が生殖サイクルに果たす役割を検証し、ilp2の発現が低下している幼虫の存在を明らかにしました。しかし、ilp2がコードするペプチドの濃度を高めることで、このような幼虫のシグナル伝達のあり方を変えることができ、働きアリと女王アリの分化がより厳格に確立されました。

 これらの知見は、インスリンシグナル伝達がいかなる真社会性の調節においても関与することを示しており、そうした行動の起源について、分化が不完全な祖先の社会において幼虫に対する栄養の与えられ方の違いがシグナル伝達により強められた、と推測されます。アリはとくに複雑な社会を形成する動物ですが、そうした真社会性が発達するうえで、単一の遺伝子の発現が決定したわけではないとしても、強い影響を及ぼした可能性が考えられる、というわけです。


参考文献:
Chandra V. et al.(2018): Social regulation of insulin signaling and the evolution of eusociality in ants. Science, 361, 6400, 398-402.
https://doi.org/10.1126/science.aar5723

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