ヒトの脳オルガノイドの適性

 ヒトの脳オルガノイドの適性に関する研究(Bhaduri et al., 2020)が公表されました。皮質オルガノイドは、実験室で培養され、3次元構造へ自己組織化する細胞塊で、発生段階のヒト大脳皮質の特徴をモデル化したものです。このようなオルガノイドモデルは、脳発生の研究で利用されることが多くなってきていますが、発生段階の脳とオルガノイドモデルに存在する細胞や分子のカタログの比較がほとんど行なわれていないため、オルガノイドモデルがどの程度正確なのか、不明です。この研究は、こうした論点に取り組むために、発生期や皮質領域が異なる個々のヒト初代皮質細胞約20万個の個別細胞の遺伝子発現プロファイルを記録し、それを参照リストとして用いて、オルガノイド培養物の正確性を測定しました。

 その結果、ヒトの脳内細胞とオルガノイド培養物には、いくつかの重要な違いがある、と明らかになりました。皮質の発生は、前駆細胞の成熟軌跡、さまざまな細胞サブタイプの出現、新生ニューロンの領域指定により特徴づけられます。ヒトの脳内細胞は、発生の過程でそれぞれ異なる軌跡をたどって、広範で多様な細胞サブタイプの集団を形成する、というわけです。対照的に、オルガノイドは広範なクラスの細胞を含みますが、細胞サブタイプごとのアイデンティティーや前駆細胞の適切な成熟を再現しません。オルガノイド培養物からは、成熟度の低い細胞種が生じる傾向が見られた、というわけです。

 皮質領域の分子シグネチャーはオルガノイドのニューロンに出現するものの、空間的に分離されていません。ヒトの脳細胞には領域特異的な特徴があり、皮質内の位置に依存していますが、こうした空間的構成がオルガノイドにはなかったわけです。オルガノイドは細胞のストレス経路も異所性に活性化し、これにより細胞タイプの指定が障害されました。しかし、オルガノイドのストレスやサブタイプの異常は、マウス皮質への移植により軽減されました。

 数多くの種類のオルガノイドを培養できるようになっていますが、オルガノイドを用いたヒトの脳の発生モデルは、生命の初期段階を忠実にモデル化するという点で充分とは言えず、さらなる改善が必要となります。この研究で示された知見は、ヒト脳発生モデルとしての皮質オルガノイドの正確度を評価および改善するための枠組みを提供します。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【神経科学】ヒトの脳オルガノイドの適性を調べる

 オルガノイドを用いたヒトの脳の発生モデルは、生命の初期段階を忠実にモデル化するという点で十分とは言えず、さらなる改善が必要だという考えを示す論文が掲載される。

 皮質オルガノイドは、実験室で培養され、3次元構造へ自己組織化する細胞塊のことで、発生段階のヒト大脳皮質の特徴をモデル化したものだ。このようなオルガノイドモデルは、脳発生の研究で利用されることが多くなってきているが、発生段階の脳とオルガノイドモデルに存在する細胞や分子のカタログの比較がほとんど行われていないため、オルガノイドモデルがどの程度正確なのかが明らかでない。今回、Arnold Kriegsteinたちの研究チームは、この論点に取り組むために、発生段階のヒト皮質から採取した約20万個の個別細胞の遺伝子発現プロファイルを記録し、それを参照リストとして用いて、オルガノイド培養物の正確性を測定した。

 ヒトの脳内細胞とオルガノイド培養物には、いくつかの重要な違いがあった。ヒトの脳内細胞は、発生の過程でそれぞれ異なる軌跡をたどって、広範で多様な細胞サブタイプの集団を形成するが、オルガノイド培養物からは、成熟度の低い細胞種が生じる傾向が見られた。ヒトの脳細胞には領域特異的な特徴があり、皮質内の位置に依存しているが、こうした空間的構成がオルガノイドにはなかった。数多くの種類のオルガノイドを培養できるようになっているため、Kriegsteinたちは、今回の研究とそれによって得られるカタログが、他の研究者がそれぞれの組織培養系の適性を評価する上で役立つことを期待している。


細胞生物学:皮質オルガノイドにおける細胞ストレスは分子サブタイプの指定を障害する

細胞生物学:ヒト脳発生のオルガノイドモデルには改善が必要か

 ヒト脳発生の三次元オルガノイドモデルが急速に取り入れられたことにより、神経回路の組み立てや機能について、新しい多くの知見が得られるようになっている。しかしA Kriegsteinたちは、オルガノイドの発生が脳の自然な発生を忠実に再現していない可能性があるという証拠を示している。ヒト脳の細胞は、発生中に異なる軌跡をたどって、広範で多様な細胞サブタイプのプールを生み出すが、オルガノイド細胞の運命の軌跡は、共通性が高くて成熟度が低く、細胞は似たような分子シグネチャーを示し、空間的分離を示さないようである。これらのデータや解析から、ヒト脳発生のオルガノイドモデルには改善の余地がある可能性が示唆された。



参考文献:
Bhaduri A. et al.(2020): Cell stress in cortical organoids impairs molecular subtype specification. Nature, 578, 7793, 142–148.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-1962-0